第576話 アーサーの意外な経歴

Side:Eberhard



 前方からの敵軍への対処をイリスに任せて、俺は部隊を率い渓谷を駆け抜ける。さっきから『アクティブ・ソナー』の敵性反応を感知するアラートが脳内で鳴りっぱなしだ。

 次から次へと増える魔物。気がつけばもう累計で一〇〇〇を超えただろうか。ジークフリート達がいるからそのくらいの数ならまったく問題なく対処できるだろうが、もしここに魔人やそれに準ずる敵が現れでもしたら一気にこの均衡は崩れるだろう。特戦群へのダメージはそう多くないだろうが、神殿騎士が心配だ。彼らはお荷物というほど弱くはないが、精鋭中の精鋭である特戦群と同じだけの働きができるかというと流石に怪しいところがある。それをカバーできるほどの突出した戦力は、俺とジークフリートとイリス以外にはいない。

 もう少しでヨハンもそのレベルに成長してくれると俺は踏んでいるが、流石に怪我から復活したばかりの彼にそれを求めるのは少々酷というものだろう。魔剣カタストロフの力をどこまで引き出せるかという問題もある。あの剣が秘めている可能性は、もしかしたら俺の魔刀ライキリよりも上かもしれないのだ。

 もちろん俺のライキリは俺あってのライキリである。俺の無尽蔵に近い魔力を吸い、質量をもつものなら何であっても斬り伏せるライキリは、権能がシンプルであるだけに強い。俺が所有するという前提に立てば、間違いなくカタストロフやオニマル、迅雷剣といった名だたる名刀よりも一段上の強さを発揮する。

 が、それはあくまで「所有者が俺であれば」という条件がついた場合の話だ。剣単体の可能性を考えた時に「最強の剣」と言えるのはカタストロフだろう。メイ史上最強の魔剣であると彼女は言っていた。その強さを完全に引き出した時、ヨハンは大きく化ける筈だ。


 とはいえ、それはまだ先の話。今この瞬間にヨハンが覚醒するわけではない。するかもしれないが、それを期待するのは指揮官として失格だ。常に最悪の条件を想定して作戦を練らねばならないのが将校というものである。

 それに今この時点では俺達ハイラント・カンブリア連合軍が後手に回っているのが現状なのだ。どうして俺達の所在が敵にバレているのかは不明だが、少なくとも敵は何らかの観測手段を持っているとみるべきである。それも大陸随一の感知系魔法士である俺の知覚外から一方的にこちらの状況を窺い知れるような規格外の観測手段を――――だ。


「情報は力というが、その情報レベルで負けているのはかなり痛いな」


 普仏戦争でなぜプロイセンが大陸の覇者たるフランス軍を破ることができたか。色々な要因はあるが、その一つは間違いなく近代的な通信手段を確保していたからだ。同じことが今回の戦いにも言える。敵は俺達のように高度な通信技術を持ってはいない筈だった。

 少し前にデールダム軍港で鹵獲した原始的な魔導通信具を目にしたが、お世辞にも高性能とは言い難かった。あれがカモフラージュだとしたら見事なものだが、どうも連中はその頼りないポンコツ通信機に頼りきっていたように思う。一応参謀本部が主体となって後日諸々を検証してみたそうだが、状況証拠的に間違いなくあのガラクタこそがデルラント王国の最新鋭技術の結晶であるそうだ。

 つまり、敵には何らかの観測系固有魔法が使える魔法士が――――それも超一流の凄腕観測魔法士がいるということになる。そんな話を俺は聞いたことが一度もない。そのくらい凄い魔法士であれば、よほど最近になって登場したとかでない限りは皇国の諜報部によって調べ上げられた上にデータベースに載っている筈だからだ。大佐以上の高級幹部にしか閲覧権限が与えられていないネームドリストがある。今回俺はデルラント王国とヴォストーク公国連邦の両方にじっくりと目を通してきたのだ。その俺が言うのだから間違いない。

 今回もまた、敵方の背後には魔人勢力がついている。


「クソ、一難去ってまた一難とはまさにこのことだな」


 もう少しでジークフリートの率いる部隊と合流できるだろう。あいつらの働きのおかげで敵の魔物の数も随分と減って、気がつけばもうあと数十体ほどになっている。つまりあいつらだけで一〇〇〇体近い魔物を磨り潰したというわけだ。これは並大抵のことではない。流石は俺の鍛え上げた特戦群だと胸を張って言える大戦果である。


「こちらファーレンハイト。ジークフリート中佐、聞こえるか?」

「《こちらジークフリート。ああ、聞こえてるぜ。特戦群が強ェのは当たり前だが、思ったよりもコンス達が頑張ってくれてる。状況はそこまで悪くない》」

「こちらでもおおよそは把握している。敵の召喚術師の位置は掴めたか?」

「《ああ、だいたい絞り込めた。ここから一キロ北西の洞窟……そこから魔物が湧き出してるみてェだ》」

「洞窟……これか。俺も見つけたぞ」


 空を飛んで『望遠視』で探してみると、規模は小さいが確かに洞穴のような窪みが存在しているのが見えた。そして今まさにそこから魔物の一群が飛び出してくるところも、だ。


「どうやらそこで間違いないらしい。俺はあの洞窟を潰す。援軍をそちらに回すから、あとはうまいこと挟撃してくれ」

「《任せろ》」


 ジークフリートとの通信を切ると、俺は連れてきた部下達に命令を下す。


「魔物の発生源と思しき洞窟を見つけた。俺はそこを襲撃する。Aランク以上の戦士、魔法士のみついてきてほしい。残りはジークフリートの指揮下に入って敵部隊を挟み撃ちだ」

「「「了解」」」


 部隊をさらに分割し、少数精鋭の班を組織する。筆頭は俺だ。次席指揮官はアーサーになる。彼は俺以外では唯一のSランク魔法士らしいので、まあ当然の流れだ。その他に特戦群と神殿騎士から二〜三名ずつ兵が抽出され、合計で七名の臨時パーティが結成された。奇しくも万能型オールラウンダー、魔法士、剣士二名、銃士二名、弓術士と良い感じにバランスの取れた編成となっている。


「なんだか冒険者として活動している気分になってくるな」


 もう最近ではすっかり冒険者活動なんてしなくなったが、これでも昔はそこそこ稼がせてもらった身だ。軍人としての俸給とアーレンダール重工業関連の投資運用、それからランタン遺跡探索時に手に入れた莫大な資産がある俺をしてもなお「そこそこ多い」と言えるだけの額を稼ぐことができるのだから、冒険者という職業には夢がある。

 もちろん夢があるとは言っても、それは一部の実力者に限られる話だ。最底辺のFランク程度では街中での雑用で日銭稼ぎをするくらいしかできないし、一般に一人前と言われるDランクであっても年収換算で三〇〇万エルもあれば平均より多いほうである。だったら同じDランクでも軍人をやっていたほうが安定しているし、社会的な身分だって高いのだ。それなのに冒険者を続けている人間というのは、どこか社会に馴染めない者だったり集団生活が苦手だったり、はたまた素行が悪い者だったりするのである。


「意外だな。ファーレンハイト卿もかつては冒険者だったのか」


 アーサーが面白いことを聞いた、という感じの顔で言ってきたので、俺は軽く頷く。


「まあ、半分お遊びみたいなものだったけどな。俺の本業はあくまで軍人こっちだよ」


 そう言うとアーサーは小さく笑って言った。


「実は私も昔は冒険者をやっていてな。その時に先代の一位殿に声を掛けられて、神殿騎士団に入団したという経緯がある」

「へえ! てっきり代々騎士を輩出するエリート家系の出かと思ってたよ」

「そんなことはない。生まれは普通の石工職人の家だ」


 それでここまで出世するんだから、大したものである。言うなれば突然変異なんだろうか。基本的に魔力量や魔法への適性は、知能や運動神経と同じように遺伝による要素がかなり大きい。もちろん教育や生育環境によっても大きく変わるが、やはり蛙の子は蛙だ。鳶が鷹を産むことは稀にあるが、あくまで稀である。

 そんな辛い現実はこの世界にもあるのだ。だからこそ俺は「努力」という言葉が好きだった。才能に恵まれない人間が努力で力を掴み取る。才能のある人間が努力して更なる力を手にして、己の限界を超える。俺もそうだし、嫁達や周りの人達だってそうだ。

 アーサーもそういう人間なのだろう。才能はあるし、人格も良い。だがその幸運にあぐらをかかず、ひたすら努力と研鑽を積み重ね、今の強さと地位を手に入れた。実に好ましい人間性だ。


「神殿騎士の一位がアーサーで良かったと俺は思うよ」

「藪から棒に、どうされた?」


 怪訝な顔でこちらを見返してくるアーサー。果たしてこいつはどんな魔法を使うのか。少し不謹慎かもしれないが、この後の戦いが楽しみでしょうがない。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る