第574話 対魔物戦闘

Side:Siegfried



「テメェら! 群長の到着を待ってるようじゃ特戦群の名折れだ! 特戦群の意地を見せつけてやれ! 騎士どももだ! 騎士道精神とやらを疑われたくなけりゃあ死に物狂いで敵を斬り殺せッ」

「ジークフリートの言う通りだ! 今こそ自分らの騎士道を示す時! いくぞッ」


 ルクサン・ヴァレンシア国境付近。その渓谷地帯にて、二つの軍がぶつかろうとしていた。かたや皇国の誇る特殊作戦群と、西方の平和を司る神殿騎士団の連合軍。もう片方は数百もの魔物を従えたデルラント王国の兵である。

 両者ともに戦意は充分。となれば勝敗を分けるのは采配の腕と勢い、そして兵の質である。


「コンス、まずはオレらが銃で遠距離から敵を牽制する。敵の勢いが削がれたら一気に突っ込め」

「なめんなよ、神殿騎士は最強だ!」


 怒鳴りあう二人の指揮官。だが不思議と敵を前にしていがみ合っているようには見えない。彼らもまた優秀な武人である。己の沽券は己の活躍でもって示し守るものと互いに理解しているのだ。


「敵の魔物集団、来ます!」

「来やがったか」


 呟くジークフリートの視線の先には、二〇〇を超える魔物がひしめいている。群長ファーレンハイトからの報告では一五〇かそこらという話だったが、どうも数を増やしているようだ。その多くは狂狼ベルセルク・ヴォルフだが、中には大刃鹿キルソード・カリブーの姿もある。

 群れをなす狂狼と、単体で無差別に暴れ回る大刃鹿。それらが協働するというのは自然界ではありえないことだ。確実に魔物を操る術を持った者がいる。それもかなり強力な使役術の持ち主だ。


大刃鹿キルソード・カリブー……。厄介なモン連れてるじゃねえか」

「怖いのか?」


 馬鹿にしたようなコンスタンスの挑発に、しかしジークフリートは乗ることなく不敵に笑ってみせる。


「ンなわけあるかよ。ただ、こっちの馬がビビっちまうからな。騎乗したままじゃあむしろ実力を発揮できねェ。……おいテメェら! 死にたくなけりゃ馬から下りろ! 敵のクソでけェトナカイ相手には、馬じゃ分がわりい!」


 大刃鹿キルソード・カリブーは草食寄りのトナカイのくせに大型の肉食魔獣である。その鋭い刃状の角で獲物を切り刻み、殺戮を楽しんでから貪るようにして肉を食うのだ。魔物ではない草食動物の軍馬には、いささか荷が重いと言わざるをえない。


「馬が逃げねぇように縄で木にくくりつけておく。終わったら回収するから、水だけ与えておけ」


 ジークフリートの指示で数頭の馬が木に繋がれていく。もともと幹部陣しか騎乗してはいなかったので、数はそう多くない。あっという間に作業は完了し、後にはつぶらな瞳で主人達を見つめる馬達が残された。


「馬は大丈夫でしょうか」


 空挺揚陸部隊の部下が、心配そうな顔をしてジークフリートに訊ねる。それに答えたのはジークフリートではなく、副隊長のヨハン・シュナイダー少尉だった。


「どちらにせよ、俺達が死ねば馬達もまた無事では済まないのだ。馬が心配ならまずは無事に敵を撃破し、自分が生き残ることを考えろ」

「は。……確かに少尉殿のおっしゃる通りですね」


 先の世界樹における戦いで、大怪我を負いしばらく休養を余儀なくされたヨハン。妹エミリアと同様、彼もまた今回の任務から原隊復帰となっている。満足に動けなかった期間が長い分、ヨハンは戦意――――否、殺意に満ち溢れていた。


「……俺はもう二度と弱い姿を晒しはしない」

「屈辱を味わった奴は強くなる。テメェもまたオレ同様に群長に影響された身だ。もう情けねぇ姿は晒すんじゃねぇぞ」

「もちろんです。俺はあの日、もっと強くなると誓いました」

「誓うだけなら誰にだってできる。結果で示せ」

「了解」


 敵が近づいてきた。もう充分に特戦群の射程圏内である。


「総員、構え!」


 ジークフリートが号令をかける。数十名の特戦群兵士らが魔導小銃えものを構え、引き金に指をかけた。


「風通しの悪い峡谷で『爆撃』は愚策だ。ここは『貫徹術式』でいく。――――撃てェッ!」


 ファーレンハイト少将をはじめとする魔法の専門家らによって開発され体系化がなされた軍用銃撃魔法。その十八番おはこである『貫徹術式』を組み上げた特戦群銃士隊の面制圧能力は大陸随一である。射程距離延伸と貫通力増大に加え、命中精度の向上までもが組み込まれた『貫徹術式』を防げる魔法士は、世界広しといえどそう多くはない。いわんや魔物風情が、である。

 横殴りの雨のような攻撃を喰らい、敵先鋒が一網打尽にされた。凶暴な魔物といえど、流石に死の雨には抗えなかったようだ。巻き添えで後方に控えていた敵兵らしき影も倒れ伏すが、そのようなことを気に病む特戦群ではない。


「非銃士は突撃だ! 銃士隊は次弾を装填後、左右に分かれて斜めから敵後方を叩く! 進めェェェェッ!」

「我らも負けてはいらんねえ! 神殿騎士ども、自分らも突撃だっ。かかれーッ!」

「「「おおおーッ」」」


 近接戦が得意な者達が待ってましたとばかりに抜剣し、一気呵成に敵部隊へと突撃していく。次々に斬られ、突かれ、焼かれていく魔物ども。だがいかんせん数が多い。明らかに増えているのだ。この短い戦いの最中に、今もなお魔物の数は増え続けている。


「はあああああっ。――――『暴風刃ウインド・ザ・リッパー』!」


 戦場に似つかわしくない、高い女の声が響き渡った。かと思った瞬間、十数体はいた魔物の群れが一気に薙ぎ払われる。


「やるじゃねえか」

「自分は口だけじゃねえって、これでわかったかよ」

「吠えるだけのことはあンだな」

「あ⁉︎ んだと!」


 神殿騎士の序列四位、コンスタンスの魔剣術である。自らの身長ほどもある大剣に風属性の魔力を込め、振るうと同時に圧縮した魔力を解き放つだけの単純な技だ。だが単純であるがゆえに、小細工抜きで強い技でもある。純粋な斬撃の暴力を前にした魔物達は、何の抵抗もできずに物言わぬ肉塊と化すだけだ。


「しかし……いくらなんでも数が多い。これは召喚者がいると見るべきだ」

「召喚者ぁ?」


 大剣を肩に担いで、小首を傾げるコンスタンス。彼女に難しいことはわからない。


「どこからか魔物を呼び寄せてるクソが敵側にいるってことだよ」


 その粗暴な態度と言動からしばしば誤解されがちであるが、ジークフリートは決して馬鹿ではない。そもそもがエリート集団である特魔師団の出身者で、階級も中佐という幹部クラスの人間だ。間違いなく学究肌ではないが、与えられた課題を己の頭で考え抜いて解決するくらいのことはできる優秀さを彼は持っていた。

 その明晰――――かは怪しいが普通に性能の良い脳みそが高速で回転して、一つの結論を叩き出す。

 すなわち。


「敵の召喚魔法士を直接殺らねぇと埒があかねぇ。魔物の流れを見て、どこから湧いてくンのかを見極める」

「えっと、つまりどうすんだよ?」


 コンスタンスは混乱している。


「ここにいる魔物を一旦、全部ぶっ殺すってことだ」

「わかりやすい! 気に入ったぜッ」


 ジークフリートはエリートではあるが、同時に脳筋でもあった。そんな彼とコンスタンスは馬が合うだろうと予測したファーレンハイト少将の人を見る目がさらに評価されることになるのは、まだ少将のあずかり知らぬところである。






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