第278話 部長さん

「あなたがエミリー・シェーファーさんですね」

「え、ええ。そうだけど……あなたは確か生徒会の……」

「執行部のファーレンハイトです。少しお時間よろしいですか?」


 ナディアに連れられて部長さんを訪ねてみれば、そこにいたのはエレオノーラとはまた違った意味で勝気そうな見た目の三年の女子生徒。しかしどこかギャルっぽい印象とは裏腹に、その表情からはどこか暗い雰囲気が漂っていた。


「……少しだけなら」

「ありがとうございます。……ここで立ち話もなんですし、場所を変えましょうか」


 ひとまずは俺が生徒会の人間ということで、話を聞いてくれそうだ。警戒はされているみたいだが、こちらとしても話ができないんではそれこそ話にならないからな。とりあえず真っ当にコミュニケーションができそうな状態だったのは歓迎こそすれ、気にすることではないだろう。



     ✳︎



「それで、話って何?」


 傍らにナディアもいるせいか、大方の内容は予想しているんだろう。俺を見る視線には若干の敵愾心が潜んでいる。


「単刀直入にいきましょう。……シェーファー先輩。失礼ながら事情は聞かせてもらいました。従魔愛好会を潰したくないのなら、活動報告書にサインしてください」


 ナディアの話では、部長はおよそ部活動に参加できる精神状態ではないとのことだったが、こうして受け答えの様子を見る限りはそこまで問題なさそうだ。サインさえしてくれれば生徒会としても猶予を設けることが可能になるから、お互いにとってウィンウィンな話であるわけだし。

 ところが予想に反して、シェーファー先輩は目を伏せて俯くとゆっくりと首を横に振ったのだった。


「……それはできないわ」

「理由を窺っても?」


 従魔が怪我を負ってしまったことは悲しいことだし、彼女の気持ちは察するに余りあるが、サインすらできないとはどういうことだろうか。まさか手を怪我していてペンが持てない、というわけでもあるまい。現にこうして授業には出席していて、その上ノートさえ取っているのだから。


「……剣術部の連中に知られたくないのよ」

「はあ」


 いまいち言っていることが要領を得ないな。どういうことだ?


「活動報告書って、請求すれば誰でも見ることができるでしょう? もし事情の書かれた報告書が剣術部に見られでもしたら、うちの部は笑われ者間違いなしだわ。……それに私の家は従魔を育てる家系なのは知っているでしょう。もし事が世間に露見したら商売上がったり。一族の恥よ」

「……」


 そんなこと、と切って捨てるのは簡単かもしれない。でも一歩下がって落ち着いて考えてみれば、歳上とはいえシェーファー先輩はまだ学生。一七歳の少女なのだ。この年頃の女の子にとってみれば、今回の件も一大事件たりうるわけで。


「つまらないプライドと笑いたければ笑うといいわ。……でも家族に迷惑は掛けられないの」

「部長……」


 シェーファー先輩を気遣うように、ナディアが寄り添って肩に手を置く。先輩は力なく笑うと、ナディアに優しく語りかけた。


「あなたにも迷惑は掛けられないわね。せっかくこの部を選んでくれて申し訳ないけど……私、部を辞めるわ。あなたが部長になれば、この問題も解決するんだし。それで良いわよね、ファーレンハイト君」

「……ええ。生徒会としてはそれで問題ありませんね」

「じゃあそれで……」

「だめです!」


 だがそれに待ったを掛ける人間が一人。ナディアは猫耳をぴこぴこ忙しなく動かし、尻尾を逆立てて憤慨していた。


「部長は従魔が大好きなんですよね⁉︎」

「それは……もちろんそうよ。でも私が不甲斐ないばっかりに、あの子達に辛い思いをさせてしまった……。今でも怪我の後遺症で苦しんでいるわ。もう二度と戦えなくなってしまったあの子達のことを思ったら、私なんかが再び従魔に関わっちゃいけないのよ。……私には従魔を扱う資格が無い」


 すべてを諦めたように呟くシェーファー先輩。その姿を見ていると、俺はなんだか無性に憤りに近い感情を覚えた。

 これはシェーファー先輩が悪いのか?

 ……確かに状況を見誤って無理をしたせいでこうなっているのは事実だ。だがその原因となったのは剣術部との諍いだ。

 ならば剣術部が諸悪の根源か?

 それもまた違うだろう。剣術部と従魔愛好会の間にどんな因縁があったのかは知らないが、別に剣術部の連中はシェーファー先輩達を囮にして逃げたりだとか、あるいは悪意を持って罠に嵌めたりだとかはしていない筈だ(もちろん犯罪があってはいけないので、後でそのあたりの事実関係は調べるつもりだが……)。

 では何が悪いのか。単純な話だ。弱いことが悪なのである。

 城壁で囲まれた街の中で、一市民として生きるのであれば別に弱いことは悪いことではない。納税さえしていれば市民としての義務は充分に果たせるし、そもそもの話、大多数の弱い立場の者を守るために国家というものは存在しているからだ。

 だが戦うことを生業とする人間が弱いのは、明確に悪である。ここでいう悪とは、倫理的に悪かどうかという意味ではない。

 考えてもみよう。そもそも何故人は戦うのか? ……それは自分にとって譲ることのできない絶対的な価値・利益を踏み躙ってくる敵を、実力を以て排除するためだ。対話が通じないから殴るしかない。守るためには倒すしかない。だからこそ人は戦いの道を選ぶ。否、選ばざるを得ない。俺やイリス、ジェットやマリーさんがどこまでも強く在りたいと願い、そして実際に強く在ろうとしているのはそういった想いが根底にあるからだ。

 そんな、大切なものを守ろうとする人間が弱くては、守るべきものが守れなくなってしまう。弱い戦士に存在価値は無い。俺が「弱さは悪だ」と言い張るのは、そういう理由からだ。

 しかしシェーファー先輩のように、力及ばず「弱き者」のレッテルを貼られてしまう者はやはり少なからずいる。この世の中が弱肉強食である以上は、どうしても弱者の立場に甘んじて苦汁を嘗めざるを得ない者は出てきてしまう。

 ……だったら、弱い人間はどうすれば良い?


 簡単な話だ。強くなればいいのだ。




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