第49話 それぞれの思い
Side : Henriette Lilli von Bernstein
「お父様。おはなしがあります」
「どうした、リリー。言ってごらんなさい」
公爵領に帰った日、私はお父様と向かい合って椅子に座っていた。食事やティータイムというわけではない。真剣なお話があるのだ。
「今回、わたしはハルくんにすくわれました。でも、これからは守られるだけの女でいたくないのです」
「続けなさい」
私の真剣な雰囲気を察してか、お父様も真剣になって聞いてくださる。
「ハルくんはとてもつよいです。いいなずけとしてほこりに思います。……でも、わたしもただ守られるだけではいやなのです。わたしもまた、ハルくんのとなりに立って支えられるようなつよい人間になりたいのです」
「ふむ。……エーベルハルト君は6歳という年齢にしては少々常軌を逸していると言ってもよいくらい、強さがずば抜けている子だ。親が北将とはいえ、あれは突然変異と表現してもおかしくないくらいだろう。あれを支えるのは大変だぞ」
相変わらずお父様は厳しい。けど、しっかり考えた上で発言してくださる。だから厳しくても言うことを聞こうと思えるのね。
「わかっております。でも、わたしはハルくんとともにこれからの人生をあゆんでいきたい。そのためならわたしは何だってします。それがわたしにできる、わたしなりのハルくんへの気持ちの表し方なのです」
「……どうやら決意は固いようだな。それで、何をしたいんだね」
「魔法です、お父様」
魔法。わたしの魔力は人よりも少し多い。ハルくんほどではないけど、魔法士になれる可能性はあると思うのよね。
「魔法か。魔法の修行は大変だと聞く。リリーは耐えられるか?」
「たえてみせます。たえられなければわたしにハルくんと一緒にいる資格はありません。ハルくんにふさわしい人になりたい。ハルくんに甘えるだけではいたくないのです!」
私の決意表明を聞いて、お父様は目を閉じてしばし考え事をする。お父様は私が魔法を学ぶことを許してくださるかしら。それとも、許してくださらないのかしら。
「……いいだろう。信頼の置ける魔法士を指導に当たらせよう。ただ、自分の言ったことだ。決して曲げてはならんぞ」
「もちろんです、お父様。……ありがとう!」
ハルくん、私も頑張って強くなるわ。そして堂々とハルくんの隣にいられるような女になるの。そしたら一緒になりましょう。それまではハルくんにべったりするのはお預け。それが自分への戒めだわ。
……けど、たまに遊びに行くのは大目に見てよね?
Side : Mail Arendal
「こ、これは領主様!! このような暑苦しいところへどうした、じゃない
親方……お父さんが驚く声がして表に出てみると、ハルどのとハルどののお父さまの辺境伯さま、そしてリリーどののお父さまの公爵さまが我が家の前に立っておられました。
「この度は我が娘がそちらのご息女にたいへん世話になったので、その礼をと思ってな」
公爵さまがそうおっしゃって、お父さんに何やら重そうな包みを渡しているであります。……これは金の匂いがするであります。
「公爵様のご息女が? うちのメイルが何か粗相でもしたでありましょうか?」
事情を知らないお父さんが可哀想なくらいテンパっているであります。傍から見ている分にはなかなか面白いでありますなぁ。
「いや、そういう訳ではなくてな」
そう言った公爵さまに続いて、公爵さまのお供の使用人さんがお父さんに事情を細かく説明しています。話を聞く内に、お父さんもようやく事情を飲み込めたようであります。
「メメメメメ、メイ。お前いつの間にそんな大それたことを、というかいつもウチに来てたボウズは領主様の嫡男様で、ってああ! ボウズって言ってしまって申し訳ねぇ、あっ、であります、お許しくださいであります!!」
「ははは、水臭いですよ、親方。いつもみたいにボウズでいいですよ。……あとメイの独特な喋り方は親方に似たんだね、面白いね」
ハルどのが何だか楽しそうに笑っています。ハルどのが楽しそうだと私も楽しくなるであります。なんだか不思議な気持ちです。
「と、とりあえず中へお入りください。狭くて汚い工房ではありますが」
「うむ、邪魔するぞ」
「失礼する」
「お邪魔しまーす」
公爵さまをはじめ、領主様、ハルどの、お供の人達が続々と我がアーレンダール工房の中に入ってきます。一気に人が増えて、ただでさえ暑かった家の中が更に暑くなってきたであります。正直、ハルどの以外は早く出てって欲しいです。
「それで、褒美の件だが」
ハルどののお父さまが話を切り出します。
「は、はい」
「ご息女……メイルと言ったかな。彼女に直接渡しても良いのだが、あの子はまだ子供だからな。彼女が大人になったら今一度褒美を取らせるとして、今は実家であるアーレンダール工房の方に褒美を与えた方が良いと判断した」
「うちの工房にでありますか」
「ああ。聞くところによれば、この工房はなかなかに高い技術を誇るそうではないか。新しい発明をいくつも生み出したとも聞く」
それはおそらく、私がハルどのと生み出したボールベアリングや魔力タンクなどの数々の発明品のことであると思われます。開発は楽しいけど作るのは面倒なので、工房のおじさん達に作り方だけ教えて後は丸投げしているでありますからね。
「そこで、アーレンダール工房には我がファーレンハイト辺境伯家のお抱え工房になって欲しいのだ」
「お抱え!」
お父さんが飛び上がって驚いているであります。まあその気持ちもわかるであります。お抱えになれば、仕事は優先して回してもらえるし、収入も良くなるし、何より安定します。雇い主の貴族さまが改易でもされない限り潰れる心配が無いのです。商売が苦手な職人にとってはまさに
「株は辺境伯家で全て買い占めることになるが、その代わり資金力はかなり上がる筈だ。ゆくゆくは経営の覚束ない零細工房を買収・合併して、今よりもっと大きな工房になってくれたら嬉しい」
「オヤジから引き継いだこの工房がお抱え工房に……。オヤジ、苦労して故郷から渡って来た甲斐があったなぁ……。孫がこんなに立派なことを成し遂げてくれたぞ……」
お父さんが今は亡きおじいさんを思って何やら呟いています。
「とりあえずそんな方針でいきたいと考えているが、構わないだろうか?」
「親方? 嫌なら断っていいんですよ。俺が文句は言わせません」
ハルどのがそう言ってくださって助かります。お貴族さまの提案を断るなんて、我々庶民からしたらありえない話でありますから。断るつもりは初めから無いですが、選択の余地をくれるということはそれだけこちらを大切に思ってくれているということの証明であります。これは嬉しいです。
「断るだなんてとんでもない! 我らアーレンダール工房一味は喜んで辺境伯様のお抱え工房になることを希望するであります!」
「うむ、よかった。ではこれからよろしく頼むぞ」
「精一杯勤めさせていただく所存であります」
お抱え工房ともなれば、鍛冶場の設備もより充実することでしょう。これから更に色んな発明に取り組めると考えるとワクワクしてきたであります。
今回みたいにまたハルどのから頼られても、その時も同じく力になれるようにもっともっと技術力を磨いて、もっともっともっとたくさんの発明を生み出してみせるでありますよ!
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