第50話 それぞれの思い・その二

Side : Eberhard Karlheinz von Flensburg Fahrenheit




「エーベルハルト」

「何? 父さん」

「今日は稽古を付けてやる。食事が終わったら訓練場に来なさい」

「わかった」


 俺が朝食を食べていると、オヤジがいつになく真剣な様子で伝えてきた。稽古がある日はこうして稽古の有無を伝えるのが慣例になっていたが、今日はいつもとはどこか違うようだ。


 朝食を食べ終え、身支度を済ませた俺は裏庭にある訓練場に向かう。訓練場では、オヤジが腕を組んで瞑想して待っていた。


「お待たせ」

「エーベルハルト。今からお前に北将武神流『裏』を伝授する」

「えっ、『裏』?」


 北将武神流「裏」。資料には残されておらず、オヤジも今まで教えてくれなかった秘密に満ちた武術だ。「表」では型や身体の動き、身体強化などの基礎的な補助魔法をメインに修行するが、「裏」で何をやるのかはまるで知らない。およそ通常の武術に必要な要素は全て「表」に含まれているので、余計に「裏」で何をやるのかが予想できないのだ。

 これまでは、まだ俺には早いと思われて教えられていなかったが、今回のフェリックスとの戦いでオヤジが考えを改めたのかもしれない。


「自分で言うのも変だが、北将武神流の異常なまでの強さの秘密は、この『裏』にある」

「強さの秘密……」


 「守るものがあるから負けられないんだ」みたいな精神論ではない、文字通りの「強さの秘密」が今、明かされようとしている。


「本来なら、この『裏』は十になってから始める修行だ。エーベルハルトはまだ七つだが、お前なら問題ないと俺が判断した。……ただ、忘れるな。この『裏』にはそれ相応に危険がつきまとうぞ」

「うん、わかってる」

「なら良い」


 オヤジは組んでいた腕を解き、自然体の構えになる。


「見ていろ」


 そう言うが早いか、オヤジは体内の魔力を練り上げ、全身を魔力強化し出した。


「…………これが北将武神流『裏』、内の型『纏衣まとい』だ」

「『纏衣』……」


 ただの『身体強化』とは格が違う。Cランク無属性魔法『身体強化』ではあそこまで高密度な強化は難しい。


「攻撃してみろ」

「どのくらいで?」

「一般人なら死ぬレベルで、だ」

「わかった」


 俺は魔力を練り上げ、そこそこの威力の『衝撃弾』を放つ。オヤジが避けることはなく『衝撃弾』は直撃するが、オヤジは怪我一つしていなかった。


「擦り傷すら無い……」

「それだけじゃないぞ」


 続けて、オヤジは高速で移動し出した。今の俺では【衝撃】を応用しても絶対に出せないスピードで、縦横無尽に駆け回る。


「はぁッ!」


 ――ドゴォォン……!


 更に、5、6メートルはありそうな巨岩に拳を叩き込んで砕いてしまう。


「岩が!」


 およそ人間業とは思えないスゴ技を一通り見せられて、オヤジの実演は終わった。


「これが『纏衣』だ。お前にはこの内の型『纏衣』ともう一つ、外の型『将の鎧』を覚えてもらう」

「『纏衣』と『将の鎧』……」

「北将武神流の『裏』には二つの要素しかない。『纏衣』が内から強化する技だとすれば、『将の鎧』は外からの強化にあたる」

「『将の鎧』はどんな感じなの?」

「『将の鎧』は『纏衣』に比べれば比較的簡単だ。既にお前もそれに近いものを使っている」

「えっ! 『将の鎧』に近いものを?」

「魔力刃だ。『将の鎧』とは、魔力の実体化を極めたものに過ぎない。既に魔力の実体化を使えて、しかも膨大な魔力を持つお前なら『将の鎧』をマスターするのは容易いだろう」


 そう言ったオヤジは、今度は魔力を体外に出し、身体を覆う感じで実体化させる。


「魔力の鎧だ」

「そうだ。魔力を実体化させて、身体を包み込む。これで防御力を上げるという訳だ」


 ただ、そう言うが早いかオヤジはすぐに『将の鎧』を解除してしまった。


「ただ、これは恐ろしいまでに燃費の悪い技だ。俺の魔力量ではすぐにバテてしまう。なので俺はあまりこれは使わない」

「なるほどね」


 どうりでいつも修行の時には『纏衣』しか使っていなかった訳だ。


「『纏衣』にはかなり繊細な魔力コントロールの技術が求められる。ただ、その代わり燃費はかなり良い。北将武神流が最強たる所以は、この『纏衣』にあると言ってもいいだろう。歴代北将は『纏衣』の技術を継承することで、その強さを世に知らしめていた」

「凄い……」

「これをマスターできれば、晴れて免許皆伝だ。俺がお前に教えることは何も無くなる」

「じゃあ早速……」

「ただ、これをマスターするには普通は十年かかるがな。俺も八年かかった」

「…………」


 そりゃあ、あれほど強力な技なのだ。一年や二年でマスターできて良いものではないだろう。


「ただ、お前は魔力量が尋常じゃないからな。通常の何倍も多く練習できる筈だ。ひょっとしたら他の歴代北将よりもずっと早く習得できるかもな」

「おっしゃあああ! じゃあ早速やり方を教えてよ!」

「いいだろう。俺を超えてみせろよ」

「もちろん!」


 フェリックスを倒した俺の名声は、俺の知らないところで勝手に高まっていくのだろう。ただのモブならいざ知らず、強くなればなるほどそれを利用しようとしたり、排除しようとするような厄介ごとも舞い込んでくる筈だ。

 だから、俺はその手の輩から身を守るため、大切なものを守るためにもっと強くならなければならないのだ。

 しかし、理不尽から大切なものを守るために強くなることを目指しているというのに、強くなればなるほど面倒ごとが向こうからやってくるというのは如何なものかね。これも有名税みたいなものか、と割り切るにしても、どこか納得がいかないのは俺がわがままなんだろうか?

 まあ、要するにそんな面倒ごとを軽く吹き飛ばせるくらい強くなってしまえばいいのだ。色んなしがらみに縛られるのは、しがらみをぶち壊して突き進む強さが無いからにほかならない。

 ……だから、俺は強くなってみせる。リリーやメイ、ノエルや弟、妹、アリサに両親、使用人達、そして領民達などの大切な皆を守り、誰が相手でも自分を貫き通せるくらい強くなる。

 不可能とはこれっぽっちも思わない。俺には固有技能【継続は力なり】がある。

 努力は俺を裏切れないのだ。









(たぶんこれで第1部「転生・幼少期編」完! 第2部「少年編」に続く)

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