第48話 「風斬り」戦。その後。
魔力が底をつきそうな中、疲労でフラフラになりながら俺はフェリックスの側まで近寄る。万が一を考えて警戒しながら近づいたが、今度こそは確実に気絶しているようだった。
「しっかし、これだけやっても気絶とはな……」
フェリックスは重症だった。頭を撃たれて朦朧とした状態の中にあっても尚、俺の『衝撃弾』を斬ろうとしたのか、右腕でたくさん攻撃を受けた跡が見られる。
ただ、剣は折れ、右の肩から下の腕は粉砕骨折している。一応、回復魔法の一つ『診断』で診てみると、左足骨折、あばら骨、他にも脳震盪や内臓への深刻なダメージ等が複数見受けられた。
……「風斬り」はとても強かったが、この腕ではもう二度と剣は振れないだろう。フェリックス本人は生きているが、「風斬り」は死んだのだ。
それにしても普通、これだけ酷い怪我を負えば死んでもおかしくないと思うのだが、これだけやっても死んでいないのはそれだけフェリックスの生命力がずば抜けているということだろう。メイの狙撃が直撃した脳だってこめかみを少し切って脳震盪を起こしているだけだしな。正直、意味が分からん。あの魔導衝撃銃、俺の『衝撃弾』より威力は落としているとはいえ、木の板を貫通する威力だぞ。普通死ぬでしょう。
「……このまま復活でもされたら堪らんな。縛っとこ」
フェリックスならありえない話でもないので、気絶している今の内に『縛縄』で自由を奪っておこう。
「『縛縄』」
俺の手から魔力のワイヤーが伸びて、複雑に絡み合って意識の無いフェリックスを拘束する。無意識下にあっても痛みは感じるのか、身動ぎをするフェリックスだが、起きる気配はない。流石にダメージがデカすぎるようだ。
「……エーベルハルト様!」
ちょうどフェリックスを拘束し終えたところで、公爵家の護衛隊長が何人かの部下とカナードの町の警邏隊を連れてやってきた。どうやらあちらは無事に雑魚どもを拘束できたらしい。
「エーベルハルト様、お怪我はございませんか」
「俺は大丈夫。それよりもリリーを保護してやってくれ」
「はい。して、お嬢様はいずこに」
俺は無言で月明かりに照らされた鐘楼を示す。
「お嬢様の無事を確認しろ! 急げ!」
「「はっ」」
リリーを保護しようとする護衛隊の動きはなかなか機敏でしっかりしていた。予想外の強敵に不覚は取ったが、これでも公爵家の護衛だけあって優秀であることには違いないようだ。
「……ハルくん!」
「リリー」
鐘楼からメイと一緒に降りてきたリリーが、一目散に俺に駆け寄ってくる。
「わたし、ハルくんが負けちゃうかと思ってこわかったわ……」
「俺が負ける訳ないだろ」
「でも、こわかったの」
「俺もリリーが心配で怖かったよ。でも無事でいてくれた」
「…………ありがとう」
「なに、ヒロインのピンチに駆けつけられないで、何が許嫁だよって話さ」
「ハルくん」
「何?」
「好きよ」
「えっ」
――ちゅっ
「ああああああ! こいつ、ぬけがけしやがったであります! いくら今回はヒロインポジだからって、これはさすがにゆるせないですよぉぉ!!」
「お、お嬢様! なりません、公衆の面前でございます!」
「おぉ、これがお貴族様の騎士物語か。絵になるな。早速、知り合いの吟遊詩人に歌ってもらおう」
「それいいな。酒を飲みながら聞くのが楽しみだ」
おい
「まあ、何にせよリリーが無事でよかった」
「わたしも、ハルくんが無事でよかったわ」
こうして今回のリリー誘拐事件は誰も傷つくことなく、幕を下ろしたのだった。
✳︎
「エーベルハルト君。今回は本当にありがとう。父親として何とお礼を言えば良いか」
「閣下、頭をお上げください。僕は許嫁として、リリーのピンチを救ったに過ぎないのです。当たり前のことをしたまでですから、僕のことはお気になさらぬよう」
事件から数日後。報せを受けたリリーの父親、ベルンシュタイン公爵は、いつもより多めの護衛と大量の謝礼を持ってハイトブルクの辺境伯家邸宅にまでやって来ていた。今は彼からリリーを救った謝礼を聞いている最中だ。
「とはいえ、今回のは護衛を少数に絞った私の失態でもある。父親として情けない」
「何を仰いますか。今回は我が辺境伯領で起こった事件。全責任は私にあるのです。私が全責任を負います」
「北将殿。それは、そなたの息子が代わりに解決してくれたではないか。辺境伯家全体で見れば何の落ち度もない。やはり私が」
「横から失礼いたします。この度の事件は、私ども護衛隊に力が無かったことが全ての原因でございます。つきましては腹を切ってお詫びいたします故、どうかお館様方はお気に病まれぬよう」
「何を言うか! そなたらは文字通り命を懸けて護ろうとしたではないか。今回はあまりに相手が悪かったのだ。武芸に詳しくない私とて『風斬り』の異名は耳にしたことはある。そなたら護衛隊が恥じることはない」
「しかしそれでは示しがつきませぬ!」
議論が紛糾してきた。唯一の救いは、最終的に実害が何も無かった上に、皆が自分に責任を感じて詫びようとしていることくらいか。これが責任の押し付け合いとかになろうものなら、軽く地獄を見る羽目になる筈だ。皆が人格者でよかった。
それはさておき、このままでは話が進まないな。
「それでは、こうしましょう」
この中で唯一責任が無く、かつ功績のあった俺が仲裁案を言うことで話を纏めるしかない。
「皆が責任を負うのです。ファーレンハイト辺境伯は、領内で重大な犯罪が起こっていることを察知できず、あわや一大事になりかねないところだった。ベルンシュタイン公爵も、娘の護衛を過少に見積もった結果、他領との外交問題に発展させてしまうところだった。護衛隊も、主君から任された護衛対象を守りきれなかった。どれも一理あることですし、誰か一人の責任という訳にはいきません。ならば全員が責任を負って、もう二度とこのような事態が起こらないよう、今後の教訓として活かすのです」
「……そうだな、今回の事件は皆がきちんと対策を取っていれば起こらなかった問題だ」
「今後二度とこのようなことが領内で起こらないと約束いたしましょう」
「次こそは我が命に代えましても、お嬢様をお守りいたします」
皆が神妙な顔で決意を口にする。
「まあ、その決意を実行するにあたり、細かな具体策などはおいおい詰めていくとして、今回はこれで終わりましょう。幸いにしてリリーに怪我は無かったのですし」
「……そうだな。今回はエーベルハルト君にとても助けられた。このように何事も無く解決したのは君と赤髪のドワーフの子がいたからだ」
「……あの子、よくお前がうちに連れてきて一緒に遊んでいる子だよな? あとで家まで礼を持って伺おう」
「親方、びっくりするかもな……」
自分ンとこの領主と他領の公爵が揃って自分の工房にやってきて、しかもお礼を言いに来るというのだから驚きだろう。普段から遊びに来ている俺の正体を知って腰を抜かすかもしれない。
「メイへの褒美は弾んでやってください。メイがいなかったら今回の救出劇はありえなかった」
俺はメイが発明した魔導飛行機「M-1号」や、魔導衝撃銃による最後の援護射撃について詳しく話す。
「何!? ……それは軍事革命が起こるな」
「恐ろしいまでの才能だな……。エーベルハルト、お前もよくそんな天才にツバをつけたものだな」
「まあ、たまたま見つけたんだよ」
海千山千の為政者たる彼らにとっても、メイの才能は空恐ろしいものがあるようだ。領主としては確保したい人材。そのような人材が眠っていることに気が付けなかったことを悔やんでいるのかもしれない。
「もしかしたら、案外天才ってのは普段は気にも留めないようなところにゴロゴロ転がっているのかもしれませんね」
この世界の話ではないが、平民出身で天下を取った男だっているのだ。何が起きてもおかしくはない。
「今回の件ではエーベルハルトと、そのメイという子に頭が上がらんな」
「まったくその通りだ。身が引き締まる思いだよ」
「私も負けぬよう、今後も精進して参ります」
リリー誘拐事件で苦い思いをした三人はそれぞれ思い思いの感想を述べる。
「そういえば例の商人とフェリックスはどうなったの?」
今回の事件を一番ややこしくした奴らの処遇が気になり、俺はオヤジに訊ねてみる。公爵令嬢が囚われるという醜聞は領地を治める貴族的にはあまり流布されたくない事実なので箝口令が敷かれているだろうが、当事者たる俺相手に機密もクソもあるまい。
「商人は財産没収の上、処刑。フェリックスは利用価値があるかもしれないので生かしてはいるが、あの怪我だ。未だに目を覚まさん」
「処刑か、まあ妥当だなぁ。フェリックスも目を覚ましたとして、とても言うことを聞くとは思えないけど」
「そこはまあ、目が覚めてみないとわからんとしか言いようがないな。だからいつ目覚めても大丈夫なように常に見張りは付けてある」
あのフェリックスのことだ。大怪我をしていても気合いで脱獄しそうだ。
「とりあえず、お前はリリーちゃんの側にもう少しいてやれ。彼女もお前と一緒にいたいだろう」
「私からも頼む。娘と遊んできておくれ」
「……わかりました。それでは僕はこれにて失礼」
必要なことは話し終えたので、俺はリリーの元へと向かう。別に自分から進んでおっさん達と話していた訳ではない。当事者として、そして次期当主として必要だったからだ。俺だって女の子とキャッキャウフフお話ししたいに決まっている。
さあて、リリーは今頃何をしているかな。メイや姉のノエルと一緒に庭でティータイムでもしているだろうか。
俺はこの後ののんびり女の子タイムに心踊らせながら、庭へと向かうのだった。
✳︎
「さて、ここからは大人の時間だ」
「アーレンダール工房への謝礼はいかがしましょうかね」
「聞けば、あの工房はなかなか技術も高いらしいではないか。いっそ、お抱え工房として抱き込んでしまえばよいのではないか?」
「それもそうですが、それだと何か問題があった時に反発されかねませんよ」
「ううむ、なら取引先の筆頭に持っていくしかあるまい。領主として工房と関わる時に全てそこの工房に仕事を発注するのだ」
「それか、税や特許で優遇してもいいかもしれませんな」
「まあ、私は公爵家の人間なので謝礼は金品になるだろうな」
「いいですな、閣下はお気楽で」
「自分の領地にあれほどの人材を抱えている北将殿がそれを言うかね?」
「ははは」
「ははははは」
エーベルハルトが抜けた応接間では、大人達の汚い笑い声が響き渡っていた……。
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