魔王の遺骸編
第363話 文化祭
ホワイトフェザーの木の葉が綺麗に紅葉する秋の日。カラッと晴れた空の下で、魔法学院は文化祭当日を迎えていた。
「いやー、なんとか間に合ったな」
「小規模ながら実証実験を行えたのが大きかったですね」
事前に行われていた査読会で選ばれた優秀論文の発表会が行われる講堂の最前列で待機しながら、そんな会話をして自分の順番まで暇潰しをする俺達。
ちょうど今は一つ上の学年の女の先輩が、水魔法の農業への応用について発表しているところだ。魔法で生み出した水に豊富に含まれる魔力と、作物の栄養価の関係性に着目した、なかなかに興味をそそられる良い論文だった。
「————以上が、魔力が作物に与える影響についてのレポートになります。何か質問はございますか?」
「一つよろしいかな?」
「どうぞ」
そこで魔法経済学の教授が挙手して、発表をしていた先輩に質問を投げかける。ちなみに魔法経済学とは、魔法技術が経済に与える影響について研究する学問のことだ。実体としてはただの経済学なのだが、まあ魔法を主題に据えているということで、こうして魔法学院で扱われている分野になる。
「魔力が作物の成長ならびに栄養価へ良い影響を与えるという、以前から経験則で語られていた事実に対して科学的にアプローチを掛けたのは、たいへん良い着眼点だと思いました。その上で一つ質問が。資料にあったものと同等の魔力濃度で水を生み出せる魔法士の希少性や、仮にその希少な存在である彼らを雇った際の俸給を考えると、どうも経済性に問題が残っているように思われますが……それについてどうお考えでしょうか?」
「あ、えっと……今回は技術検証にのみフォーカスして研究を行ったため、経済的合理性に関しては今後の課題としたいと思います」
しどろもどろに、そんな回答を行って発表を終了する先輩。
「ありがとうございました」
先輩は教授や外部研究機関の人間といった
まあ、もっぱら戦闘や実技が中心の魔法科とはいっても、普段から座学はそれなりに多く履修しているし、何よりあの超絶難関な入学試験を突破してきているエリート達なのだ。当たり前だが、学問に対してひたむきな層というのは世間一般と比べると明らかに厚い。
あとは友人の発表を応援しに来た学生だろうか。俺達のいる最前列は発表者席なのでここにはいないが、後ろのほうの席にはリリーやイリス、ユリアーネに、魔法哲学研究会の面々が俺達の発表を見に来てくれていた。
「ハル殿、次は私達でありますよ」
「そうだな、行くか」
ついにお披露目、「ノーム=ジェネラル」名義での共同研究発表会である。
「いやぁ、業界人にはバレバレだったみたいですが、こうして学生達の前で『ノーム=ジェネラル』の名を出すのはなんだか恥ずかしいでありますね」
そう言ってモジモジしながら準備をするメイ。そんな彼女に、俺は自分のエピソードを話す。
「俺なんて、長年正体を隠してきた謎のSランク冒険者『白銀の彗星』として入試に臨んだからな。しばらく登校が大変だったの覚えてるだろ?」
「なんか、ありましたね。そんなこと」
まあ、少なくともそれと同じくらいには大きな衝撃を与えるであろう「ノーム=ジェネラル」の名前だが、その正体がメイ(と俺)なのだ。驚きこそあっても、納得のほうが占める割合としては大きいかもしれない。
だからそこまで気負うことなく、「気楽にいこうぜ」とメイの肩を軽く叩いてから俺は壇上へと上がる。今回は共同研究ということで、二人揃って登壇するのだ。
「えー、続きましては、期待の一年生コンビによる共同研究の発表になります。文部委員会の研究開発室で目覚ましい成果を日々上げている魔法研究科のメイル・フォン・アーレンダール・ファーレンハイトさんと……髪の色が以前と若干違うような気もしますが、文武両道の特待生として校内一の有名人であるエーベルハルト・カールハインツ・フォン・ファーレンハイトさんです」
パチパチパチ、と講堂に拍手の音が満ちる。俺の髪色は茶から白へと、若干どころではない変化をしているわけだが、まあそのくらいで取り乱すような連中はこの学院にはいない。
魔法学の最先端を行くことの弊害か、魔法学院にはずば抜けた能力を持つ代わりに色々と頭のネジが吹っ飛んだような奇人変人酔狂変態がゴロゴロそのへんに転がっているのだ。多少髪の毛の色が変わったところで、いちいち動揺していては精神が保たないのである。
「このお二人はメイルさんの旧姓からもおわかりの通り、北鎮都市ハイトブルクで急成長を続けるアーレンダール工房の関係者でもあります。業界人の間ではその名を知らぬ者などいない謎の超有名発明家『ノーム=ジェネラル』、その正体はなんとお二人なのです! 今回は、正体を明かしてからは初めての発表になります。それだけ自信のある発表ということなんでしょうか。それではよろしくお願いします」
聴衆の期待を煽りまくって、司会が舞台の端に引っ込んでいった。やり辛ぇ……!
審査員の教授やら企業の重鎮やらが、目をカッ開いてこちらを凝視してくる様子なんて、見られている側からしたら軽くホラーだ。だがそんな
「魔法研究科一年のメイル・フォン・アーレンダール・ファーレンハイトであります。今回はハル殿……エーベルハルト殿との共同研究になりました。研究題目は『魔導機関を活用した大量輸送手段の開発について』であります」
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