第364話 爆弾発言プレゼンテーション
「魔法研究科一年のメイル・フォン・アーレンダール・ファーレンハイトであります。今回はハル殿……エーベルハルト殿との共同研究になりました。研究題目は『魔導機関を活用した大量輸送手段の開発について』であります」
講堂の巨大なスクリーンに、プロジェクター型の魔道具を通して資料画像が投影される。
ちなみにメイの名前だが、俺と結婚したことでやや苗字の部分が変わっていたりする。ついでにいえば貴族を示す「フォン」も追加されていた。皇国では平民だったメイだが、これで貴族の仲間入りである。
「今回は、以前より皇都の一部地域で試験的に運用がなされていた鉄道路線。これを利用した魔導機関車について発表させていただくであります。こちらをご覧ください」
そう言ってメイが画面を切り替える。新たに映し出された画像には、複雑な計算式とともにグラフ化されたデータが見やすくまとめられていた。
「こちらは舗装されていない道路と、鉄道の両者を馬車で走行した際の摩擦係数および、走行に必要なエネルギー量を単純に比較したグラフであります。ご覧の通り、ロスの大きい未舗装道路を走るのに比べて、鉄道はエネルギー効率の大幅な向上が望めるものであります」
このデータこそメイ自身が計測したものにはなるが、ここまでであればわざわざこの場で発表するほどの内容ではない。本命は次だ。
「このように鉄道を利用した際の効率性に関しては既に商業ギルドの研究等で証明されているでありますゆえ、ご存知の方も多いでありましょう。……ここまでの情報を踏まえた上で、私がお見せしたいのはこれであります!」
ドン、と勢いよく画像を切り替えるメイ。次に映し出されたのは、単純化された魔導衝撃機関のモデル図だ。
「これは数年前からアーレンダール工房が発売している魔導自動車のエンジンを単純化したモデル図であります。この魔導自動車の機関部にあたる魔導衝撃エンジンですが、これは隣のエーベルハルト殿の固有魔法である【衝撃】を利用したものになるであります」
そこで俺は事前の打ち合わせ通り、デモンストレーション用の軽い衝撃魔法を放ってみせる。
――――ドンッ……
そこで一瞬だけ会場がどよめく。もちろん視覚効果を重視して、威力は抑えめだ。怪我人が出るような威力ではないので、やがて会場のどよめきは徐々に収まってゆく。それを見計らってメイが発表を続ける。
「この衝撃魔法は、工夫を施せば少ない魔力でも大きなエネルギーを得られる優秀な魔法であります。……似たような現象として、火属性魔法と土属性魔法を組み合わせた爆発魔法がありますが、そちらは
話のついでに爆発魔法を利用した内燃機関のモデル図も表示するメイ。これだけで既にさりげなく新発明の発表になっているのだが、あまりに流れが自然すぎたので誰もそのことには気付いていない。……良いのか、それで! 教授陣!
ちなみに魔導衝撃エンジンは俺の固有魔法である【衝撃】を使っているので、事実上アーレンダール工房の独占技術であるが、魔導内燃機関に関しては俺以外にも使える人間がそこら中にいるので、汎用性という意味ではこちらのほうがよっぽど優れているのだ。なお環境にはよろしくない。
「で、こちらが燃費効率であります」
さらりと「燃費」という新しい概念を打ち出したメイ。ご丁寧なことに、燃費に関する説明書きがスライド画像の端っこのほうに小さく書いてある。相手の知識水準を想定して独りよがりな発表にならないよう工夫しているあたり流石だ。
「まずは馬車の場合であります。馬車は当然ですが生きた馬を使いますから、餌代、水代、
都市と都市を結ぶ街道であれば馬糞の処理など別にしなくても勝手に微生物が分解してくれて土に帰るから放置で構わないのだが、街中ともなると話は別だ。かつて近代のロンドンでは数十年のうちに街が馬糞で埋もれると予想されたこともあったくらいである。
今はまだ皇国は中世末期、近代前夜くらいの社会だからそこまで馬糞に苦しめられることもないが、もう数十年ほどしたらそれこそ産業革命時のイギリス並みの発展を見せることだろう。俺はこの美しい皇都の街並みが馬のクソで満ちる光景なんて絶対に見たくはない。馬はかわいいので好きだが、馬糞は嫌だ。
「竜車でもこれは同じであります。むしろ竜自体の飼育コストが高いので、燃費云々言っている場合ではないですね」
なかなかに厳しいコメントで竜車の経済合理性についてバッサリと切り捨てるメイ。この呟きを拾った魔法経済学の教授が激しく首を縦に振ってウンウンと頷いている。
なるほど、竜車は確かに険しい山道だろうが魔物の多い森だろうが構わずものすごいスピードで駆け抜けることができる素晴らしい輸送手段だが、こと経済性という意味では他の手段と比べ物にすらならないのだろう。要するに運賃がバカ高いのだ。
「そこで提案したいのが、鉄道を利用した魔導列車であります! ご覧ください」
また画像をスライドさせたメイが、今度は実際の写真を映し出して聴衆に見せる。ちなみにこの写真だが、カメラ型の魔道具を使って撮影しているので絵ではなく本当に写真だ。このカメラ型の魔道具、何気に超お高い値段がするレア物である。
「こちらは私がアーレンダール工房で作った魔導列車の試作車両であります。今回はエーベルハルト殿のご実家であるファーレンハイト辺境伯家の協力を得て、北都ハイトブルクにおいて試験運転を行いました」
「「「おおお……」」」
と、そこで先ほどとは別の感情で会場がざわつく。前世の観光鉄道でよく目にした蒸気機関車。その煙突が無いバージョン……強いて言うなら気動車のようなそれが、威風堂々たる姿を聴衆に見せつけていた。
「その際の運転データがこれであります。……パワー、速度ともに既存の輸送手段をはるかに凌駕しており、貨車を複数車両連結させることで一度に大量の輸送を可能にするものであります。――――加えて強調したいのが、その経済性であります! 初期導入コストこそなかなか手が出にくいものではありますが、長期的に運用する場合……たとえばこれはハイトブルクと隣のカナードの町を結んだ路線の想定ですが、重量あたりのコストで考えれば相当な廉価での輸送が可能です。領主や大商人、商業ギルドなどが主体となって運用すれば、充分に利益を見込めるでありましょう」
会場が先ほど以上にどよめく。技術的問題だけでなく、経済的問題に関しても既に解決済みとは! ……というお偉いさん方の心の叫びが聞こえてきそうな勢いだった。
と、そこでメイはパンッと手を叩いて会場を静かにさせてから、爆弾発言をぶち込む。
「これはまだもう少し先の話にはなりますが、今度この魔導列車を使った鉄道輸送会社でも立ち上げようかなと考えているであります。投資を募っていますゆえ、ご興味がおありの方はアーレンダール工房までご連絡ください。これで私の発表は以上になるであります」
「「「おおおおッッ⁉︎」」」
まさかの投資勧誘だと! これは俺も知らなかった……いや、会社を立ち上げる話はチラッと聞いてはいたのだが、まさかこの場をプレゼンの場にするとは思っていなかった!
それに関しては文化祭実行委員の司会役の人も知らなかったようで、あんぐりと口を開けて固まっている。……皇国の財界、学会、政界の重鎮らに若者の才覚を示すプレゼンテーションという側面もある以上、文化祭の趣旨には反していないんだろうが、やることなすことの規模がデカすぎるような気がしないでもない。
どうするんだ、これ。俺このあと自分の発表なんだけどな……。メイの発表の後だと霞んでしまいそうで非常〜〜に不安だ。
メイのことは大好きなんだが、今だけは少々彼女のことが恨めしく思えてしまう俺であった。
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