第362話 夜行列車は止まらない

「そういうことでしたら、是非参加させていただきたいであります」

「メイならそう言ってくれると信じてたよ」

「ほかならぬハル殿の頼みですから」

「愛してるぞ」

「私もです」


 ベッドの上で乳繰り合いながら、ピロートークも兼ねて例の魔王の遺骸をどうにかする件についてメイに話を振ってみたわけだが……答えは是。無事に協力してくれる運びと相成った。

 色気もへったくれもない会話ではあるが、あくまでこれが俺達の自然体なのだ。伊達に人生で一番長い時間、一緒に過ごしていない。幼馴染同士の実に気安い関係だ。


「ただ、文化祭の時期と重なっちゃうのが若干気掛かりなんだよな。俺もそうだけど、メイは今回の文化祭で特待生を狙うわけだろ? ある程度は本腰を入れないとマズイんじゃないのか?」

「うーん、そうですね。もともと魔法研究科は文化祭での研究発表が必須なので、やっつけで間に合わせようと思ってはいたんですけど……流石にいくら私でも、適当に書いた論文で査読会を突破できるほど特待生の関門は甘くないと思うであります」

「だよなぁ。まさか魔王の遺骸を研究論文に転用するわけにもいかないしな」


 何せ、特級オブ特級、軍事機密中の軍事機密なのだ。下手に情報を漏洩させようものなら、まず間違いなく俺やメイの首は物理的に飛ぶだろう。よしんば無事に逃げおおせたとしても、皇国が敵に回るというのは流石に悲しいことこの上ない。

 よって文化祭の研究題目に遺骸の研究を選ぶことはできないのだ。


「そうだ、以前から計画のあった鉄道に関する研究はどうだろう? 確か最近アーレンダール工房のほうでも試作車両を造ってたよな」

「ああ、それがありましたね」


 現在、ハイトブルクでは領内の各都市を結ぶ鉄道を敷設する計画が立ち上がっているのだ。もちろんアーレンダール工房製の機関車を用いて、である。

 そして当たり前のように新型機関車の開発陣に主任技術者として関わっているのが、今まさに裸で俺に絡みついてきているメイル・アーレンダールという女であった。


「なら俺は為政者ないしは軍人の目線で、鉄道に関係する何かしらの論文でも書くかな」

「いっそのこと、共同研究にしちゃいません?」

「いいのか? 俺がおんぶに抱っこになる未来しか見えないけど」

「そんなことないと思いますけど。ハル殿の発想にはいつも助けられてますし」

「そう言ってくれるのは嬉しいよ」


 そこで俺は左腕に絡みついているメイを振り解いて覆いかぶさると、抱き着いて首筋へとキスの雨を降らす。


「きゃっ……本当でありますよ」

「メイが嘘を吐かないのは誰よりも俺が知ってるさ」


 だからこそ、こうまで愛しいのだから。もちろん愛する理由はそれだけではないが。


「文化祭、なんとかなりそうでありますね」

「ああ。……だから今晩は思いっきりハメを外すとしようじゃないか」

「ハル殿、あっ、ちょ、待っ……あっ、あ、あ、ああっ!」


 結局、俺の機関車は明け方になるまで止まらなかったとだけ記しておく。翌朝、燃え尽きた俺達が起き出してきたのは太陽がすっかり高く昇ってからであった。



     *



 次の日。昨日あれだけヤったにもかかわらず朝になったらしっかりと自己主張をしていた元気すぎる己の半身に呆れつつ、俺は未だ夢の中のメイを起こさないようにそっとベッドから抜け出す。部屋着に着替え、備え付きの洗面台で身だしなみを整えてからリビングへと向かうと、そこには既に先客がいた。


「マリーさん、おはよう」

「む、エーベルハルトか。……遅いな」

「まあね」


 曖昧に濁す俺に、マリーさんが俺の分の紅茶を淹れながら鋭くツッコミを入れてきた。


「そりゃあ、あれだけ盛っておったら起きるのも遅くなろう」

「ぶーッ」


 せっかく淹れてくれた紅茶が台無しだよ! ……ていうか。


「聞こえてたの⁉」

「他の人間には聞こえておらんじゃろうな。じゃが忘れてはおらんか? 妾はハイエルフじゃぞ。耳が良いのじゃ」


 ほれ、とその可愛らしいお耳をぴこぴこ動かしながら、そう答えるマリーさん。なんかこのやり取り、前にもやったような……。


「そういえばそうだったね」


 マリーさんの隣に座った俺は、彼女を抱き上げて膝の上に乗せる。そのままお耳をフニフニと揉む俺。


「え、エーベルハルト! 流石にこれはちと、恥ずかしいのじゃが」

「そんなつれないこと言わないでほしいなぁ」


 マリーさんの首元でそう囁くと、彼女はぶるりと耳を震わせて叫んだ。


「くすぐったい!」

「良い匂いだ」


 深い森の奥の、マイナスイオン溢れる清涼で落ち着いた匂いだ。


「お主からは、他の女の甘ったるい匂いがするわ」

「ごめんって」


 ちなみに俺とマリーさんは、まだにはなっていない。多分どころか間違いなくマリーさんは俺のことをただの弟子とは思っていない。明らかに一人の異性と……男として見ているし、俺もまた同様にマリーさんのことをただの師匠ではなく愛しい女性ひとだと思っているが、お互いにそれを言葉にはしていないのが現状であった。

 ただ、それは一歩踏み出す勇気がないとか、今の関係を崩したくないだとか、そういった理由からではない。万年処女のマリーさんがどうかは知らないが、少なくとも年齢相応以上に恋愛経験を積んできている俺は別に告白をためらっているわけではなかった。

 ではどうして言葉にして関係を進めていないのかといえば、単純にまだ旧エルフ族領の奪還が完了していないからだ。

 今までの長い人生でマリーさんが色恋沙汰と距離を取っていたのは、その問題があったからである。状況を考えればまず間違いなく旧エルフ族領が帰ってくるとわかっているとはいえ、あくまで現状では「そうなるであろう未来」というだけでしかない。


 だから、俺はあえてマリーさんとの関係を進めることをしていなかった。そしてそれはマリーさんも同じなんだろう。ゆえに彼女は何かと理由をつけて俺の家————ファーレンハイト辺境伯家皇都邸宅に長期滞在をしつつも、こうして俺と付かず離れずの微妙な距離を保っているのであった。

 ただ、明らかに以前にも増して精神的な意味でも肉体的な意味でも距離は縮まっている。具体的には意味のないボディタッチや視線がかち合うことがやたらと増えた。今もそうだ。恥ずかしいだのなんだの言いながら、結局はこうして俺の膝の上でいいようにされているわけで。


「あらあら、仲がよろしいようで」

「りりり、リリー! のわあああっ」


 恥ずかしい状況を俺と同じく弟子の一人であるリリーに見られたからか、慌てて飛び降りようとして失敗し、ドスン、ゴンッ……と痛そうな音を立てて頭から床に落下するマリーさん。そんな師匠の様子を生温かい目で見つめながら、リリーは俺の横へと座って密着してきた。


「今夜は私の番だからね」

「可愛いこと言ってくれるじゃないか」


 正妻としての余裕は見せつつも、ちゃっかり俺の確保を忘れない強かなリリーである。


「痛い」


 そう言ってひっくり返っているマリーさんだが、ワンピースが思いっきりめくれあがっていて、可愛らしい真っ白なおパンツ様が丸見えである。体勢が悪いのか、ちょっとだけ食い込んでいて……なんというか、もの凄く犯罪的だ。


「…………」

「ハル君、硬くなってるわよ」

「触るんじゃありません」


 相も変わらず、節操のない俺の邪竜であった。







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