第553話 エルフ流結婚式

 エルフ族の暫定政府が置かれる首都イグドラシル。その中心地に位置する「森の御所」の式典の間に、大勢の人々が集まっていた。

 広間の正面には二人の若人の姿がある。片方は皇国貴族の正装に身を包んだ青年で、もう片方はエルフ族の伝統的な巫女衣装に身を包んだハイエルフの少女だ。

 彼らを取り囲む人々の服装は実に様々である。エルフの民族衣装姿の者が多数派だが、皇国貴族らしい格好の者や、軍服姿の者も大勢いた。その軍装のほとんどが勲章だらけの大物ばかりなのは、いったいいかなる事情によるものだろうか。

 傍目には完全に謎の集団だが、皇国の大物武官貴族とエルフ族の棟梁の結婚式だと知ってさえいれば、誰もが頷ける納得の構図だった。


「……」


 隣をチラリと見やる。さっきからずっとだんまりのマリーさんだが、その顔に浮かぶ表情はネガティブなそれではない。ほんのりと上気したような薄紅色は、彼女にしては珍しく化粧によるものだった。

 かく言う俺も、髪をしっかりとセットしていたりする。お互い、どこに出しても恥ずかしくない立派な晴れ姿だ。ようやく俺にも「馬子にも衣装」と言わせないだけの貫禄が出てきたらしい。


「見違えたようですよ、閣下」

「オレリア。それでは普段の妾が子供っぽいと言っておるように聞こえるぞ?」

「あら、私はそこまで腹黒くはないですよ。閣下が内心で気にしておられるから、そう聞こえるのでは無いですか?」


 うふふふ、と口元を袖で隠して笑うマリーさんの元副官、オレリア。相変わらずの態度だが、これで本当に嫌味ではないというのだから不思議な奴だ。

 マリーさんもそれはわかっているのか、呆れたように笑いつつ、オレリアの手を取って感謝を述べていた。


「オレリアよ、お主には長いこと心配を掛けたな。今まで本当によく尽くしてくれた」

「これからだって誠心誠意、お仕えいたしますとも」

「うむ。時代は変わってゆくし、妾達も変わっていくじゃろうが……この気持ちだけは変わらぬと約束しよう」


 マリーさんがオレリアの手をぎゅっと握る。そこでオレリアは感極まったのか、涙を流して泣き崩れた。感情の読みづらい彼女にしては珍しい、本気の感涙だ。


「オレリア殿。ここで泣いては後が大変ではないか?」

「む、ヴェルネリか」


 そこで声を掛けてきたのは、アルフヘイム解放戦線のリーダーだった強面の戦士、ヴェルネリ・ジャルディノ・エスケリネンだ。

 今回の進駐作戦において、非常に大きな働きを見せた英雄の一人である。指揮能力もさることながら、個人としての戦力にも優れた彼は、皇国謹製の魔導無線機を駆使して広域に散開したエルフ族狙撃手達をまとめ上げながら、自身もまた数十以上の敵を撃破した凄腕の戦士なのだ。

 そんなヴェルネリは現在、エルフ族暫定政府の中枢に収まっている。マリーさんを名目上のトップに据えた政権は、内務をオレリアが、外務および軍務をヴェルネリが統括する形で一応のまとまりを見せた。

 これからどんどん分権化やシステム化が進んでいくのだろうが、今はまだ暫定的な政権が樹立したばかり。その不安定な時期にこうして結婚式を行うことで、エルフ族の未来は明るいと内外にアピールするという政治的な意図もまた、今回の結婚式には含まれていたりする。

 だがそんなことは結婚する当の俺達にとっては些事にすぎない。ようやく想い人と一緒になれるという幸せの前には、そんな政治の事情なんて霞んでしまうというものだ。


「我が閣下にお仕えして五〇年……。長いようで短い、そんな不思議な感覚がします」

「……妾には途方もなく長かったの。これでようやく兄らも浮かばれるというものじゃ」

「そうっ、ですな。……んっ、ぐぅ、ふぐぅ」


 オレリアに忠告したそばから、同じく男泣きに泣くヴェルネリ。マリーさんの兄とヴェルネリの妹は夫婦であったと聞く。故人を偲ぶ思いが胸を占め、思わず涙してしまうのは仕方のないことかもしれない。

 今はそっとしておいてやろう。そう思って敢えて声を掛けずにいた俺だが、意外なことにヴェルネリは俺に話しかけてきた。


「皇国の英雄、ファーレンハイト卿よ。貴官は皇国のみならず、我らがエルフ族にとっても英雄だ。その英雄がこうして閣下を幸せにしてくださる……我は夢を見ているのかと思うほどだ」

「ヴェルネリ殿」


 そこでヴェルネリは手を差し出してくる。その手を俺が掴むと、彼はがっしと握り締めて俺をまっすぐに見つめてきた。


「初めは貴官の実力を疑うようなことを言って済まなかった。今では人族の誰よりも貴官を信頼している。……これからも閣下のことを頼むぞ」

「もちろんだ、ヴェルネリ殿。頼まれなくても幸せにしてやるさ」

「良い返事だ。これなら閣下を安心して任せられる」


 そう言ってヴェルネリはオレリアともども下がっていった。

 続いてやってくるのは俺の家族達だ。


「お師匠様。この度はおめでとうございます」


 我が母テレジアが、同じく我が父カールハインツを伴って挨拶に来る。辺境伯爵夫人という高位貴族にふさわしい見事な所作で礼をした母ちゃんに対し、マリーさんもまた珍しく頭を下げて挨拶を返していた。


「こちらこそ、妾との結婚を認めてくれて感謝の極みというものじゃ。お主も、義理の娘が自身の師匠とあっては色々とやり辛い部分も出てくるじゃろう。そういうときは遠慮なく言ってくれて構わぬからの」

「もちろんですよ、お師匠様。これはこれ、それはそれですからね」

「はは、お主も言うようになったの。エーベルハルトは母親に似たか」

「それは間違いないないでしょうな」


 そこで親父が突っ込みを入れた。ははは、と皆で笑って空気が弛緩する。


「我が息子が若人育成計画に名を連ねた時から早数年……。思えば、随分と遠いところまで来たような気がします」

「妾もまさか自分が弟子に恋愛感情を抱き、あろうことか結婚までしてしまうとは想像すらしておらんかったわ。隔世の感とはこのことじゃな」


 この数年間で皇国を取り巻く状況は大きく変化した。その渦中にいた俺とマリーさんがこうして結ばれるのは、ある意味で当然の結末なのかもしれない。

 俺は運命論者ではないが、こういった幸せな未来が待っているなら今だけは運命論者に転向しても良いかなと思えるくらいだ。


「エーベルハルトよ。お主とおると、まったく退屈せんな。こんなの二〇〇年生きてきて初めてじゃ」

「二〇年も生きてない俺の人生は、マリーさんには少し目まぐるしすぎるかな?」


 冗談めかして言うと、マリーさんは軽く俺の額を小突いて怒る。


「たわけ。嫌ならこうして結婚なぞせぬわ」


 やはりマリーさんはマリーさんらしい。素直に「楽しい」と言えばいいのに。


「俺、マリーさんに出会えてよかったよ」

「妾もそう思うぞ」


 どちらからともなく俺達は手を絡める。それが合図となって、皆が口を閉じ、こちらを向いた。

 エルフ流の結婚式は、あれこれ段取りが決まっているわけではない。機が熟したと皆が感じた時、その瞬間に新郎新婦は結ばれるのだ。


 俺の持つ盃に世界樹の神酒が注がれる。一口含めば、ピリッと辛い蒸留酒の刺激と、ほんのりと鼻の奥を通り抜けるような爽やかな緑の香りがした。

 中身が半分残った盃をマリーさんに手渡す。彼女もまた、神酒に口をつけて飲み干した。ゴクリ、と喉を鳴らす音がする。


「これにて、婚姻の儀は成立いたしました。新郎新婦の未来に幸あらんことを」


 司会のオレリアがそう宣言して、俺達の結婚式は結びとなる。割れんばかりの拍手が式典の間に反響し、イグドラシルの街を波紋で揺らして、大森林にこだまする。

 窓の外からフワリと風に乗って、木の葉が舞い込んできた。大森林の魔力を吸って薄く輝く緑の葉は、世界樹のものだろうか?

 淡い光が弾けて、室内をほんのりと照らす。いつまでも消えない輝きは、まるで世界樹が俺達の未来を祝福してくれているかのようだった。





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