第194話 会長のやる気
試合を終えた俺達は、リリーとメイのいる最前列の観客席に向かう。今日はもう特にすることも無いので、魔法学院の仲間達の試合を観戦するだけだ。
観客席に向かうと、すぐにリリー達の居場所はわかった。最前列でこちらに向かってブンブンを手を振ってる金髪と赤髪の二人の姿は、遠目にも目立っていた。しかもその手を振っている二人が相当な美少女であるため、注目度は尚更高い。今が試合中でなくてよかった、と思うくらいだ。選手より目立ってしまっては申し訳ないからな。
二人の陣取る観客席には、今日は試合の無いヒルデにヒューベルト先輩、そしてエレオノーラの姿もあった。ドリンク片手にスナック菓子を摘みつつ観戦とは随分と良い身分だな……。
「二人とも、お疲れ様」
「なんか、凄かったであります」
メイの感想が小学生並みでなんだか面白い。ただまあ、訓練を積んでいるリリーはともかく、ド素人のメイに関しては戦闘のセンスは皆無なので、当然、どう凄かったのかを見る目も持っていない。多分、ただ漠然と「凄いなー」くらいにしか思っていないだろう。でもメイはそれでいいのだ。かわいいし。
「ハル、お前なかなかやるじゃねぇか」
とはヒルデの台詞。
「……流石は期待の新人だな」
「私が認めたライバルなだけはあるわ!」
さっきまで緊張で死にそうだったヒューベルト先輩と、エレオノーラも声を掛けてくれた。ヒューベルト先輩は、流石にそろそろ緊張にも慣れてきたようで、学院を出た時に比べたらいくらか元気そうな顔をしている。エレオノーラはいつも通りだ。取り柄である勝ち気な姿勢が健在なようでなにより。
「まあ、一回戦だしね」
とりあえず、嫌味にならない程度に謙遜しておく。世間一般的には一回戦とはいえ勝ち進めば褒められるべきことなんだろうが、俺が目指しているのは優勝なのだ。この程度で浮かれてはいられない。
「……シュタインフェルトの噂は前々から学院でも聞いていたが、やはり噂に違わぬ戦い振りだったと思うぞ」
「エーベルハルトの同僚なだけあるわね」
隣のイリスも褒められていたが、彼女も同じく目標は高い。その割には満更でもなさそうだったが、そこはまあご愛嬌だ。
✳︎
「さあ、まもなく皇帝杯初日、午後の部が始まります! 皆さま、準備のほうはよろしいでしょうか!? それでは午後の部一試合目の選手の紹介をいたします。まずは皇国西方で活躍する冒険者にして風魔法の使い手、『風雲』のハインツ選手! 対するは魔法学院の生徒会長、クラウディア選手! こちらも同じく西方出身です! 西方出身同士、果たしてどちらが錦を飾るのでしょうか!?」
舞台に上がってきたのは、我らが魔法学院の愛すべき生徒会長、クラウディア・カレンベルク先輩だ。マリーさんの下で修行し、学院に戻ってからも修行を続けた
対する『風雲』のハインツとやらは、名前こそ聞いたことが無いが、ここからでも感じ取れる膨大な魔力量やピリピリと肌を突き刺すような殺気からも、相当の強者であろうことが予想できる。B+からA−ランクくらいはあるかもしれない。これはなかなか良い勝負になりそうだ。
「クラウディア会長ーーっ! 頑張ってください!」
「会長頑張れーっ!」
観客席の、魔法学院の学生達が陣取っている辺りから声援が上がる。クラウディアさんは優雅な所作で右手を挙げ、自信満々な表情でファンサービスをしていた。
「もちろんですわ。会長として魔法学院の素晴らしさを世に知らしめて差し上げますわ!」
いつになくやる気に溢れるクラウディアさん。どうやらこの祭りの雰囲気に、彼女もまた当てられているらしかった。なんだかんだでミーハーだな、あの人も……。
「嬢ちゃん、言ってくれるな」
それを聞いて、面白くなさそうな表情でクラウディアさんにふっかける『風雲』のハインツ。
ちなみに選手には小型の集音器型魔道具の着用が義務づけられているので、離れていても会話を聞き取ることが可能なのだ。このあたり、コスト度外視でエンタメに走る皇帝杯の運営陣の気概が感じられてたいへん好ましかったりする。
「あら、勝負事に際して勝つ意志を表明することは当然のことではなくて?」
「そりゃそうだ。だからこそ、オレ様が勝つって未来に反する戯れ言に我慢がならねぇのさ」
「強気なことをおっしゃいますのね」
「強気なんじゃねえぜ。本心だ」
「ふふ……」
「はっ……」
睨み合う二人。
「……おおーっと! なにやら険悪な雰囲気になっている模様!? 同じ西方出身らしい嫌味の応酬だーーっ!」
「うぉおおおお! 腹黒いぜぇ!」
「ここは皇都だぞーっ」
「そんな会長も素敵ーっ!」
なかなか笑えない会話だと思うのだが、観客的には面白ければそれでいいらしい。なんとも自由なもんだ。まあ、かく言う俺も楽しんでしまっているわけだが。
「会長ーっ! 勝ったら生徒会室に空調魔道具を私費で設置すると約束します!」
「エーベルハルトさん! それは確かですのね!?」
「っ、もちろん嘘なんて言いませんよ」
「
クラウディア会長のキャラが崩壊しだしている。もっとこう、古都出身ならではの独特の落ち着きというか、気品溢れる空気みたいなものがあったのに……。祭りはこうも人を狂わせてしまうというのだろうか!
「ハル殿、お買い上げありがとうであります」
「メイ……。開発陣営に俺もいるってこと、忘れてないよな」
「ハル殿的には赤字でありましょう。開発陣へのロイヤリティは売り上げの数パーセントでありますゆえ」
俺が生徒会室に導入すると約束した空調魔道具は、俺のアイデアを元にアーレンダール工房の研究開発室(室長:メイ)が開発したものだ。世の中に冷房魔道具自体は数多く存在すれど、そのすべてが魔石で強引に気温を下げるという魔力のゴリ押しにすぎないため、いずれもランニングコストが馬鹿にならないのだ。
ところが我が現代知識チートとメイルちゃんのウルトラ技術力が合わされば、技術基盤ギャップもなんのその。現代文明の利器だって簡単に創れちゃうのである。それも他の魔道具に比べて圧倒的にローコストで、だ。
というわけで、冷暖房並びに加湿・除湿等の機能を備えたオーパーツ的エアコン魔道具は、『ノーム=ジェネラル』謹製の製品として、アーレンダール工房の主力商品の一つとなっているのだった。
「……それでは、試合開始です!」
「いきますわよ! 『
「
試合開始と同時に、二人が魔法を発動する。しかし会長の『
やがてクラウディアさんは、彼女を取り巻く真っ白な雲の渦に覆われて見えなくなってしまった。
「この雲には魔力を吸収する効果がある……。その魔力を基に、更に雲は大きく、風は強くなるって寸法だ。雲が大きくなればなるほど吸収のスピードは上がるから気をつけろよぉ」
強い。これは強い。広範囲に影響力を及ぼせる技を持っていない人間にとっては、天敵とも呼べるほどの脅威だ。そしてクラウディアさんの『
「あっ!」
思わず叫んでしまった。雲の渦の中から巨大なシルエットが浮かび上がったかと思った次の瞬間、雲海が吹き飛ばされてクラウディアさんの姿が露わになる。
「何っ!?」
「『風雲』敗れたり、ですわ!」
声高に叫ぶクラウディアさん。彼女の背後には、全長数メートル以上もありそうな巨大かつ強大な岩の巨人が聳え立つようにして仁王立ちしていたのだった。
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