第195話 皇都流魔闘術

「なるほど、質量か。考えたな」


 範囲攻撃の手段を持たないクラウディアさん。彼女がどうやって雲の渦を吹き飛ばしたかといえば、大きな質量を持つゴーレムに腕を振るわせることによって空気を押し出し、あたかも団扇のように暴風を起こしたのだった。


「なっ……!」


 ハインツが驚愕の表情でクラウディアさんを凝視している。何が起こったかわからない、といった様子だ。


「さあ、畳み掛けますわよ!」


 ゴーレムがその巨体に似合わぬスピードでハインツに迫り、腕を振るう。


「っ!」


 風魔法を発動し、反動で辛うじて避けたハインツだが、その表情には焦りが浮かんでいた。ただでさえ、風属性魔法と土属性魔法は相性が悪いのだ。『風雲』の二つ名の由来である魔力を吸い取る雲海が効かなかった以上、彼にはもう碌な攻撃手段が残されていなかった。

 ……これは勝負あったな。


「……『ウィンドバレット』っ、『ウィンドカッター』っ、『ウィンドバースト』!」


 雲海が効かずやけになったのか、効果の薄い風属性魔法を発動しまくって牽制するハインツ。だがゴーレムに守られたクラウディアさんはその程度では動揺しない。


「チェックメイトですわ!」


 ――――バゴォンッ! という鈍い音を立ててゴーレムの拳がハインツにクリティカルヒットする。あわれハインツは、その巨大な質量と衝撃によって場外まで吹き飛ばされていった。


「勝負あり! 勝者、クラウディア!」


 ――――ワァアアアッ


 主に魔法学院の関係者達が座る辺りから、黄色い歓声が飛ぶ。思ったよりも随分と余裕を持って勝利したかに見えるクラウディアさんは、Vサインを掲げていた。



     ✳︎



「負けるかと思いましたわ」

「ですよねぇ。ハインツはああ見えて相当強かった」


 試合終了後、俺達のところにやってきたクラウディアさんの第一声がそれだった。実は余裕そうに見えて、彼女はかなりギリギリで勝利を収めていたのだ。

 クラウディアさんを襲ったあの雲海。魔力の吸収速度が尋常ではなかったらしい。それは遠くにいた俺からも、クラウディアさんの魔力量の減り方からなんとなく読み取れてはいたが……。当事者たる彼女にとっては相当な脅威だったようだ。巨大ゴーレムを作ったことで魔力もほぼすっからかんになってしまったようで、最後のほうはほとんど勢いと運任せだったらしい。


「あそこで集中を切らして『土人形ゴーレム』を維持できなければ、負けていたのはわたくしのほうですわね」


 流石は皇帝杯。選手陣は皆、粒揃いだった。



     ✳︎



 続いてはニコラウス・エルスター先輩の試合だ。彼は魔法学院の学生にしては珍しく無属性魔法を得意とする魔法士で、『身体強化』と『念動力』を柱とした「皇都流魔闘術」の使い手だった。

 皇都流魔闘術とは、北将武神流にも少し似ている部分がある魔法格闘術で、近接戦闘の際に無属性魔法を用いることで相手を翻弄・撃破するというコンセプトが特徴である。違うところがあるとすれば、北将武神流がどちらかというと「剛」寄りであるのに対し、皇都流魔闘術は「柔」寄りであるということだろうか。

 もちろんどちらかに偏ってしまっては良くないので、どちらの流派もバランスよく柔剛を採り入れてはいるが、まあある程度はどっちかに寄るよね、という話だ。


「さあ、お次は皇都流魔闘術の使い手であるニコラウス選手! 対するは二刀流剣術の使い手、ジャン選手! 徒手空拳と剣という、一見ニコラウス選手に不利に見えるこの試合ですが、果たしてどちらが勝利するのでしょうか!? ――――それでは試合開始!」


 小太刀くらいの長さの剣を持った二刀流の使い手、ジャンは構えを解かず、じりじりとニコラウス先輩ににじり寄っている。ニコラウス先輩もまた、相手の隙を窺うようにり足で間合いを詰めている。二人の距離が三メートルを切ったと思われた次の瞬間、ジャンが一気に距離を詰めた!


「はぁああっ!」


 剣のリーチがある分、間合いはジャンのほうが広かったようだ。先に間合いに入ったからには、試合はジャンに相当有利に進むであろうと多くの観客、そしてジャン本人すらも思ったに違いない。

 だがニコラウス先輩は、伊達に魔法学院代表の選手に選ばれているわけではなかった。

 見えない魔力の波が押し寄せるのがわかった。見えるわけではない。ただ、波動として感じられたのだ。

 その魔力の波に押し流されるように、ジャンの剣戟は誘導されてゆく。うまいこと相手の力を利用するようなその闘い方は、さながら前世における合気道のようだ。いや、むしろ合気道よりも武術としての完成度は高いだろう。なにせ、この世界には魔力がある。魔法を組み合わせた分、相手の力を受け流せる度合いははるかに大きくなるに違いない。


「っ!」


 地面を蹴り、強引にその場から退くジャン。再び両者の間に距離が生まれる。


「おおーっ! なんだ? 今、いったい何が起こったのか!? 私の目にはジャン選手の剣が一瞬脇に逸れたように見えましたが、もしやニコラウス選手の仕業なのかーっ!?」


 分厚い筋肉質な肉体とは裏腹に、しなやかで流れるような高度な闘いを見せるニコラウス先輩に、会場は静まり返っている。熱狂に沸くのではない、固唾を呑むような空気に会場が包まれている。


「……見かけに反して、随分とけったいな闘い方をするのだな。やりにくい」


 ジャンが双剣を構え直しながら、ニコラウス先輩に話し掛ける。


「力はとても大切だ。しかし、力だけがすべてではない」


 そう言い切るニコラウス先輩は相当カッコ良かった。男として憧れるね。


「言ってくれるな。なら私も同じく、力がすべてではないことを見せてやろう。ゆくぞ」


 そう宣言したジャンは、全身に魔力を纏うと一気に加速しだした。その動きは初見でさえ堂に入っているとわかるものであり、あれがジャンの定石なんだな、と一発でわかった。

 ……さあ、定石は強いぞ。ニコラウス先輩はどう対応する?


「はぁあああっ! 必殺、二四連斬ッ!」


 限界まで速度を上げたジャンが、最小限の動きでニコラウス先輩目掛けて双剣の連撃を繰り出す。先ほどは受け流せた先輩だが、果たして今度の二四連撃は受け止め切れるだろうか。


ッ!」


 超高速の剣戟がニコラウス先輩を襲う。しかしニコラウス先輩は一歩も引かぬまま、その攻撃のすべてを受け流していく。


「二、四、六、八、十ッ……」


 ジャンの表情に焦りが浮かぶ。自慢の必殺技は、もうすぐ放ち終えてしまう。


「二ッ、……四ッ…!」

「王手、だ」


 ついにすべてを捌き切ったニコラウス先輩が、ここへきて初めての「剛」の技を繰り出す。全力で握り締めた拳を、ジャンへと叩きつけた!


「ぐっっっ!」


 辛うじて双剣をクロスさせて受け止めたジャンだが、奴は踏み止まることすらできずに吹き飛ばされる。そのまま十数メートル先の地面に叩きつけられ、何度かバウンドしながら転がり、やがてピクリとも動かなくなった。


「勝者、ニコラウス選手!」


 ニコラウス先輩勝利の判定が出て、ようやく会場に熱気が戻ってくる。

 こうして、ニコラウス先輩もまた、無事に勝利を飾ったのだった。



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