第196話 『豪炎』オスカー

「お見事でした、ニコラウス先輩」

「お前に認められると、随分と自信になるな」


 見事、相手を完封してみせたニコラウス先輩にそう伝えると、彼は薄っすらと笑ってそう言った。

 まあ、俺は数少ない皇国騎士であることに加えて勅任武官の地位すらも持っているわけで、そんな人間にお墨付きを貰えたとなれば、そりゃあ自信にも繋がるだろう。客観的にそういう話だとわかっているだけに、どこか気恥ずかしい思いがあるのも否定できない。


「ダンゲルマイヤーの試合はいつだ?」

「もうしばらく後ですよ」


 本日の魔法学院生の試合は、残すところオスカーだけである。彼もまた相当気合を入れているようなので、きっと良い結果を見せてくれるだろう。

 駆けつけた学院生達に囲まれて勝利を祝われているニコラウス先輩の下から離れつつ、俺は自分の席へと戻るのだった。



     ✳︎



「さてさて、お次は皇国南方にて活躍している冒険者パーティ『海神わだつみの嵐』のリーダー、『津波』のゲルトルーデ! 対するは、最近巷で話題の『豪炎』のオスカーです! 両者ともに二つ名こそ国に登録された正式なものではありませんが、それでも二つ名がこうして広まっていることそれ自体がもはや強さの証明と言っても過言ではありません! さあ、二人はどんな闘いを見せてくれるのでしょうか!? ――――試合開始です!」


 オスカーの試合が始まった。オスカーが火属性であるのに対し、相手は水属性。属性の相性だけでいえばオスカーにとっては最悪の相手である。であるのだが……


「ご自慢の海を干上がらせてやるぜぇぇぇ!」


 と、まあ、彼は相当にテンションが高いようだった。苦手属性が相手でそのテンションを保っていられる肝っ玉はなかなか珍しいだろう。オスカーはそれを大切にしたほうが良い。


「あらあら……、随分と余裕があるのね。……私が海の恐ろしさを教えてあげるわ!」


 そして『津波』のゲルトルーデもまた、同じく勢いに乗っていた。そんな勢いに乗った者同士がぶつかり合うとどうなるか。

 すなわち、この惨状である。


 ――――ドパァァアアアアアンッッ!


 会場全体に満ちる水蒸気。大気に触れて一気に冷やされた蒸気が白い煙となって闘技場を覆い尽くす。


「うわっ、派手にやったなオスカーの奴」

「魔の森の時よりも火力が高いわね。彼も学院で修行を続けてたのかしら?」

「まあ、あいつは生徒会の執行部だからな。必然的に鍛えられたんだろ」


 それにしても、仮にも『津波』の異名を持つ相手の攻撃を一瞬で蒸発させる火力とはな……。元から相当攻撃力の高い奴ではあったが、今は更に凄い。これなら天敵・水属性相手でもなんとかなりそうだ。


「今のを防いだの!? ……やるわね!」

「そっちこそ、全力だったのに相殺するだけで終わるだなんて、スゲェ魔法じゃねえか!」

「……相性の良い属性相手に互角、だなんて恥ずかしい真似はできないわ! 『ディザスター・オーシャン』!」

「『サラマンダー・ブレス』!」


 お互いにお互いを認め合いつつも、だからこそ負けられない、とでも言うように全力で魔法をぶつけ合うオスカーとゲルトルーデ。二人のスポーツマンシップ溢れる闘いぶりに、会場は大いに沸き上がっている。かく言う俺も、試合に熱中してしまっていた。手に汗握る、とはまさにこのことだろう。放っている魔法的に絵面が相当派手なので、エンタメ性が高いというのも理由の一つかもしれないが。


「はぁあああっ!」

「ウォォォォオオオッ!」


 互いが魔法を撃ち合い、相殺し合い、フェイントを織り交ぜて裏をかけば、それを華麗に避け、まるでダンスを踊っているかのような美しい魔法戦を繰り広げる二人。

 だが、やがてその舞踊も終わりを告げる。


「くっ……、まさかこの私が魔力切れだなんてっ……」

「かく言うオレも、もうそろそろ限界だぜ……」


 二人の魔力が底を突いたのだ。見るからに青ざめた顔で、しかし毅然と相対するオスカーとゲルトルーデの姿はまさに誇り高き魔法士そのものだ。その姿に不覚にも感動してしまった俺は、大きく息を吸い込んで声を張り上げる。


「オスカーッ、勝てェ!」

「……おうっ!」


 こういうの、キャラじゃないんだけどなぁ、などと思いつつ。こうやって全力で青春を楽しむことも、前世で報われなかった俺の「青春のやり直し」なのだと思えば、すんなりと受け入れることができる。


「はぁああああっ!」

「オラァアアアッ!」


 両名ともに最後の魔法が放たれ、闘技場の中央で交錯する。


「――――勝者、オスカー選手!」

「……よっしゃあああっ!」


 俺達は今、最高に青春をしていた。



     ✳︎



 その後、情報確保のために数試合ほど、見ず知らずの選手達の試合を観戦して、皇帝杯の初日は終了した。一日目に出場した魔法学院陣営は無事に皆が第一回戦を突破。今は今日試合に出た面子の祝勝会と、明日に試合を控えた残る三名の壮行会をしている最中である。


「しかしエーベルハルトさん、実に見事でしたわ。あそこまで危なげない勝利は、皇帝杯では滅多に見られませんでしてよ」

「そうだな。皇帝杯に出場している人間は、皆が皆、一角の人物だ。当然、差も生まれにくい。お前のように突出している人間はそうそういるものではないだろう」


 そう褒めてくれるのはクラウディアさんとニコラウス先輩の四年生陣。いわば学院の顔である彼らにそうやって褒めてもらえるのは、やはりとても嬉しいものだ。


「いやぁ、そう言ってくださると素直に嬉しいですね。月並みなことしか言えませんが」

「流石はハル殿であります!」

「許婚として誇らしいわ!」


 脇からヌッと出てきて俺の左右の腕に絡み付くマイ・ヒロインズ。するとそれに嫉妬したのか、青髪癖毛ボブカット娘が背中からヌルリと抱き着いてきて、スレンダーに見えて意外と膨らみを押しつけてくる。


「あら、モテモテですわね」

「羨ましい限りだぜ」


 クラウディアさんとオスカーが茶化してくるが、そんなのはもう慣れっこだ。


「リア充万歳」


 もう俺は前世かつての冴えない非モテ野郎ではないのだ。周囲の茶化しや嫉妬すらも承認欲求の充足に利用し尽くしてやろうじゃないか。


「はーーーー末永く爆発しやがれ」

「式には是非呼んでくださいまし」


 明日に試合を控えた選手は影響が出ないよう適度に、明日がフリーの人間はそれなりに、俺の左腕に絡み付いてひたすら酒を勧めてくる(だから絡み酒はマジでやめろ!)うわばみドワーフ娘はそこはかとなく過剰に酒をたしなみつつ、夜は更けてゆく。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る