第267話 人生初の属性魔法

「思ったより注目されてしまったな……」


 リンちゃんとの組手を終え、ふと視線を感じたので周囲を見渡してみるとあれまびっくり。屋外演習場にいたほとんどの学生が俺達のことをじっと眺めていたのだった。視線が合うと皆ぼちぼちと自分達の修行に戻っていったが、修行に戻らずにこちらをずっと見てくる人達もいる。中には座り込んでそのまま観戦し出す学生もいて、なんだか軽く見世物状態になっていた。


「……まあこれも有名税かな」


 実害はないし、彼らに悪気があるわけでもない。何より人に見られて緊張するほど柔なメンタルはしていないので、気にせず次の修行に取り掛かるとする。


「さて、お次は人生初の属性魔法だ」

「まほー! たのしみ!」


 メイがくれたエレメンタル・バングルを撫でながら、体内の魔力を練り上げる。今まではすっかり諦めていたが、いざこうして実際に属性魔法を使うとなるとなんだか凄く緊張するな。


「……大丈夫。魔法自体は使い慣れてるし、魔力操作だって得意分野だ。任意の属性を指定してやれば、あとはバングルが自動で属性魔力に変換してくれる」


 俺は、初めてなのでやや少なめの魔力を注ぎ込み、バングルを起動する。


「――――エレメンタル・バングル起動! 水属性」


 ――――ヒュイイン……ッ!


 小さく甲高い作動音を響かせ、俺の魔力を吸い込んだエレメンタル・バングルは属性魔法を紡ぎだす。俺の身体から出て、魔導回路内で水属性に変換された魔力が、再び体内に戻ってくるのを感じる。


「……こ、これが属性魔力!」


 凪いだ海のように穏やかな、それでいて静かに流れるせせらぎのように滑らかな流動性を持った不思議な感覚。

 ひんやりと冷たい水の流れを意識しながら、俺は知識として知っている初級水属性魔法『水球』の魔法陣を空中に投影する。


「――――『水球』」


 ポワッ……という擬音が聞こえてきそうな具合で、身体の正面に突き出した俺の左手からバレーボール大の透き通った水塊が生まれた。水温は常温よりやや冷たい程度。ゆっくりと回転を続けながら、綺麗な水球は空中に浮かび続ける。


「……す、凄い! 魔法だ、属性魔法だ!」

「きれーい!」

「うぉおおおおおお‼︎」


 あんまりにも嬉しくて、公衆の面前だというのに思わず大声で雄叫びを上げてしまう俺。普通なら変人扱いされて終わるんだろうが、俺の場合は有名人だということ、そして属性魔法が使えないということが学院内においては割と一般に知られていることもあって、誤解を招くことはなかったようだった。初級とはいえ、俺が水属性の魔法を使っている様子を目撃した学生達は何やら驚きの表情でこちらを見てきている。

 だが、今の俺にそんなことを気にする余裕はなかった。今すぐにでもこの『水球』を放ちたい。水属性魔法を使ってみたい。その思いで頭がいっぱいだ。


「い、いくよリンちゃん。見ててね」

「うん!」

「ふー……、よし。――――『水球』!」


 ――――ドパンッ


 突き出した掌の前にプカプカと浮いていた水球は、魔法式に従い前方に向かって勢いよく射出される。そのまま十数メートルほど飛んだ水球は、目標に設定していた地面にぶつかると土を数センチほど弾き飛ばして砕け散った。


「お、おおお……! す、凄ええええっ!」


 俺は今、生まれて初めて属性魔法を使ったんだ! なんというか、感無量だ。もはや息をするように自由自在に使える【衝撃】魔法ほどではないが、割と操作も難しくはない。概ねイメージ通りに使うことができる。

 魔法は科学。やはり魔法式を正確に記述することさえできていれば、そこまで大きく失敗することはないみたいだ。


「つ、次は火属性! ――――『火球』」


 ――――ボウッ


「風属性! ――――『風刃』」


 ――――ヒュッ


「土属性! ――――『石礫』」


 ――――ドッ


 成功だ……。火・水・風・土の四大属性、そのすべてが大成功だ……!


「やった、やったよリンちゃん! よっしゃあああああ!」

「はる、すごーい! リンもうれしい!」

「イヤッフぅぅぅうう!」


 狂喜乱舞した俺は、飛びついてきたリンちゃんを抱き上げてそのままくるくると回り出す。年端も行かない少女に抱っこ版ジャイアントスイングをかまし続ける俺を見た学生達は、若干引いていたとかなんとか……。



     ✳︎



 次の日。本日は履修している講義は無いので学院はお休みだが、特魔師団の任務も無く暇をしていた俺は、昨日同様に魔法学院へと登校していた。

 特待生特権で学院内設備がほぼフリーパスで使えるのをいいことに、本日は設備の充実した屋内演習場へとやってきていた次第である。

 いくつかある屋外演習場の内、第二演習場を借りてリンちゃんと二人で修行に励むことしばし。一通りやりたかったノルマをこなしたちょうど良いタイミングで昼時を迎えたので、俺達は一旦休憩を挟むことにした。


「うーん、良い汗かいたぜ」

「かいたぜ〜」


 リンちゃんと二人で三つ星レストラン並に美味しいと巷でもっぱら噂の学院食堂にやってくれば、カウンターの前には先客がいたのだった。


「あらエーベルハルト、聞いたわよ。あんた属性魔法が使えるようになったんですって?」

「エレオノーラか。……ああ、そうだよ。とはいってもメイがくれた魔道具がないと使えないけどな」


 カウンターの前でメニューと睨めっこをしていたのは、俺のライバルを自称し、俺もそれを認めているフーバー辺境伯家の才女こと、エレオノーラであった。


「またあの子、そんな意味のわからない大発明をしでかしたのね」

「あいつが一人技術革命パラダイム・シフトをしてるのはいつものことさ」

「それに首を突っ込んでるあんたも大概だと思うわよ」


 まあ確かにメイの科学技術というか発想に、俺の二一世紀地球知識が影響を及ぼしているのはまず間違いない。とはいえ俺が知っているのは趣味で雑学をちょっと齧った高校生程度のもので、本当に恐ろしいのはそんなフワッとした曖昧な知識を基に確固とした理論と技術を思考と実験の果てに確立してしまうメイのほうである。

 だがはたから見ればそんなことわかる筈がないのもまた事実。エレオノーラ的には、俺もまた充分奇人変人枠に入っているんだろう。


「ちょうどいいわ。お昼一緒にどう? その後は……」

「修行に付き合え、だろ。構わないよ。俺も色々と属性魔法について訊きたいこともあったしな」

「話が早いわね。じゃあせっかくだし今日のお昼はこれにするわ。すみませーん」


 消化に良いメニューを指差しながらカウンターに注文を入れるエレオノーラ。それを見て、俺もまた何を食べるか考えるのだった。



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