第569話 ノルド・デルラント戦争

 四方を敵に囲まれたデルラント王国ではあるが、その勢いはとどまるところを知らなかった。なんと彼の国は、破門宣告を受けるや否や、「デルラント国教会」なる新宗派を立ち上げ、破門のダメージ自体を無効化してしまったのだ。

 まさに寝耳に水の大ニュース。それを聞いた俺は、思わず「はぁ?」と間抜けな声を上げてしまったくらいだ。

 デルラント国王は、デルラント国教会のトップに就任することで、世俗の王であると同時に宗教的な権威としても君臨することになったわけだ。おかげで国際的に四面楚歌状態のデルラント国民はもはや国王を祭り上げて挙国一致することでしか己のアイデンティティを守りえず、結果としてデルラント王国では空前のナショナリズムが勃興していた。

 これに頭を抱えたのは、他の誰でもないカンブリア法王猊下である。法王はまさか自分の決断がこのような結果を招くとは思ってもみなかったのだろう。破門宣告で戒めを与えるどころか、敵の暴走を助長する原因を作ってしまったのだ。聖人とはいえ所詮は人間ということか。過ちを犯してしまった法王はしばらく落ち込んでいたらしい。

 おかげで俺は、皇帝陛下の書いた励ましのお手紙を運ぶとかいう郵便屋の真似事までする羽目になってしまったのだが……些細なことなので詳細は割愛させていただくとする。


「しかもノルドへの侵攻……。アーレンダール家のおかげで魔導小銃の配備が間に合っていたのは不幸中の幸いだったな」


 ノルド・アーレンダール家のお家騒動の際に、人間兵器工廠のメイが数日で大量生産した銃があの国にはまだ残っている。むろん、いくらノルド首長国が友好国だとはいえ魔導小銃は最新技術の塊なので、製造のノウハウをはじめとする技術供与はもちろんしていないし(手入れの方法だけはアフターサービスとして教えた)、配備したのだって皇国軍の全軍に配備されているボルトアクション式の量産型モデルだ。特戦群で使っているような、セミオート式のハイエンドモデルまでは配備されていない。

 だが、敵の得物はいまだに旧世代のフリントロック式である。しかもライフリングすら施されていない、前装式の非魔魔導銃なのだ。なんであれば、敵の保有している銃のうち約半数が骨董品レベルの火縄銃である。デルラント王国は西方諸国の中では比較的銃の配備数が多い国ではあるが、それにしたって全兵士が銃を装備しているというわけではない。ほとんどの兵が槍か弓か剣であって、銃はあくまで絶対的に数の足りていない魔法士を非魔法士で補うといった運用しかなされていないのが現状だった。


「まったく……連中、やりたい放題ですな」


 ルクサン大公国、亡命政府の置かれる臨時の首都。その中枢である大公殿の一室にて、特戦群船務長のアイヒマン少佐が呟いた。


「ノルドにはカリン率いるアーレンダール家がいる。皇国の支援がなくてもしばらくは問題なく持ち堪えられるだろう」


 大公の館の一室を貸し与えられた俺達は、そこを臨時の特殊作戦群本部としていた。ルクサン遠征中は、自慢の魔導飛行艦シュトルムの出番は無しである。軍事機密の塊であるあれを自由に動かせない以上、本国の指示があるまでは俺のインベントリに、文字通り「お蔵入り」だ。軍艦一隻が問題なく収まってしまうインベントリの容量(容量は保有者の魔力量に依存する)に、我ながらびっくりである。


「ですが、いくらカリン様が優秀であるといっても、閣下の奥方がご用意なされた武器だけでは流石に限度があるのではありませんか?」

「アイヒマン少佐。仮にもノルド首長国は鍛冶の本場だぞ。アーレンダール重工業からの技術供与がなくても、自前の兵器開発や製造くらいこなしてくるに決まってるだろう」

「そういえばそうでしたな。彼の国は手先の器用なドワーフ族の国でした」


 この前の「カンブリア会議」の時にカリンが言っていたことだ。

 メイ謹製の銃はブラックボックスなので製造法は教えないが、それをヒントに自前で兵器開発することまでは止めはしないと、以前お家騒動の際に俺は伝えていた。これは俺の意思ではなく、中将会議の意思だ。俺はあくまで代弁者にすぎない。

 で、実際に優れた鍛冶師の集団である彼らは見事にやってのけたわけだ。

 「魔石マギアロック式」なる、前装式・ライフリング装備の新型魔導銃である。皇国の水準からしたらまだまだの領域ではあるが、威力や命中精度、有効射程の長さでいえば遜色ない程度には仕上げてきたあたりは流石だと評せざるをえない。

 生産性や連射性能、安全機構、保守運用のしやすさ、価格、規格化された設計など、克服すべき課題はいくらでもある。だが敵弾の届かない遠距離から一方的に殴れるだけの強さを秘めたこの新型魔石式銃さえあれば、ノルド首長国は揺るがないだろう。カリン率いるノルド・アーレンダール家のおかげで、ノルド首長国は一躍、列強の座に躍り出たわけだ。

 ちなみになぜボルトアクション式でないのかと以前のカンブリア会談時に訊ねたところ、カリンは少しだけ情けない顔をして小さな声で教えてくれた。


「弾薬と薬莢が規格化できないのです」


 なるほど、いくら鍛冶の本場といっても、別に工業化がなされているわけではないのだ。機械が全自動で製造していない以上、一から十まで職人の手作業ということになる。ドワーフ族は種族柄、熟練の職人が多種族よりも多いので、その優れた技術力でなんとか量産できてしまっているということらしい。

 ゆえに逆説的ではあるが、規格化された金属製の薬莢が作れない。そういう事情もあって、紙製薬莢を用いた前装式を採用しているとのことだった。


「まあ、なんにせよノルドが負けることはないよ」

「それを聞いて少し安心いたしました。友好国に滅んでもらっては困りますからな」


 ノルド首長国は地政学的にとても重要な国だ。あの国と仲良くしておくことで、皇国はデルラント王国の東部艦隊(今では海の藻屑と化してしまったが)を狭いデールタム湾内に閉じ込めておくことができる。それだけで広い北方の海の制海権を確保できるのだ。


「だが、悠長に推移を見守っている時間は無いぞ。ノルド首長国は国力の小さい国だからな。ノルドが北で持ち堪えてくれているうちに、俺達は南から戦線を押し上げなきゃいけない」


 考えるべきことはまだまだある。そんでもってまた俺達特戦群も色々と動く必要があるだろう。








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