第570話 暴れたくてウズウズ

「ノルドが持ち堪えてくれているうちに、俺達も南から戦線を押し上げなきゃいけないわけだが……」


 そこで俺はアイヒマン少佐の目を見て、一拍置く。


「正直な話、五ヶ国同盟の軍事力はたいしたことがない。真正面からぶつかっても、せいぜいが今の戦線を維持するので精一杯だろう」

「で、ありましょうな。頼りになるのはカンブリア騎士団とヴァレンシア王国軍くらいのものでしょう。リエラ公国は小国すぎてあてになりませんし、ここルクサン大公国もギリギリ持ち堪えているとはいえ、未だ滅亡寸前であることに違いはありません」


 数ならヴァレンシア王国軍が、質の話をするならばカンブリア騎士団が、ノルドを除く五ヶ国同盟の中では一番だ。ただ、敵はその両方において上を行く。

 ノルド首長国は北部戦線を支えるので手一杯だし、南部戦線も押し返すにはかなりの出血を覚悟しなければならない。戦局をひっくり返すためには、何かとてつもない衝撃をもたらす一撃が必要だ。


「敵の背後を突く一撃……シュトルムを限定的に動かすか?」


 軍事機密とはいえ、魔導飛行艦シュトルムは兵器である。兵器を運用しないまま蔵に放り込んでおくのでは、いくらなんでも無駄がすぎるだろう。

 どうせいずれは情報など世に広まるのだ。だったらいっそのこと、シュトルムをフル稼働させるのもありではないだろうか? 中将会議にかけあって、一気に方を付けてしまうのが賢明な気もするが……。


「動かすにしても、時期尚早でしょう。まずは敵の西部艦隊を撃滅してからでなくては、満足に友軍が動けません」

「やっぱりそこだよな」


 いくらシュトルムが暴れ回ったところで、結局のところ最後に上陸して敵地を占領するのは歩兵の役目なのだ。

 だが、西の海は未だデルラント王国が制海権を保持している。おかげで五ヶ国同盟の歩兵部隊が敵地に直接上陸しようとても、敵の強大な海軍によって阻まれてしまうというわけだ。これを攻略するのはなかなか至難の業である。


「うーん、八方塞がりだな」


 今の千日手な状況はあまり好ましいとは言えない。悠長に手をこまねいていたら、東のヴォストーク公国連邦が動きだす可能性が非常に高いのだ。もし東西で同時に戦線を抱えることになったら、皇国の援助は一気に手薄くなるだろう。そうなる前にちゃっちゃと西のゴタゴタを片付けたい。


「よし、決めた。法王猊下に直談判して、手頃な神殿騎士をいくらか借りてこよう。精鋭で前線を荒らしまわって、少しでも戦局を動かしたい」


 我らが特戦群と、精鋭と名高い神殿騎士団が力を合わせれば、少人数でも都市の一つや二つ、奪還できる筈だ。そうこうしているうちに皇国からの援軍が到着して、デルラント海軍を粉砕してくれればもうあとはこっちのもんである。

 海から敵の後背地を強襲するのだって余裕だし、俺達のせいで前線に縛りつけられていた敵主力は迎撃にすら向かえない。そうなればデルラント軍は満足に抵抗することもできず、総崩れまで待ったなしである。


「何も、真正面からぶつかって戦線を押し上げようってわけじゃないんだ。短期決戦で敵の目を逸らすのが目的なら、多少は無茶な運用だって融通は効くだろうさ」


 俺の率いる特戦群は理不尽な環境にも文句を言わず真面目に働くし(その分給料が良いからな!)、神殿騎士達だってカンブリア教主庁の威信を背負っているのだ。そう易々と音を上げたりはすまい。

 それに何より、いいかげん俺も暴れたくなってきたのだ。あれこれ難しいことを考えるのは嫌いじゃないし、そもそもそれが少将たる俺の本分だが、こうも面倒な出来事が重なると流石に嫌にもなってくるのが人間である。半ば人間を辞めつつある俺とてメンタリティは人間のまま。ストレスだって溜まるのだ(子種汁は軍人嫁ズのおかげで溜まっていない。ムヒョッス、最高だぜ!)。

 そういうわけで、俺は動くことにした。千日手フォウニー・ウォーなら、無理矢理にでも駒を進めてやればいいのだ。それで負けるほど俺は、俺の率いる特戦群は弱くない。そう言えるまでちゃんと育てたのだから。



     *



「ふむ、貴殿の言っていることは理解した。……が、皇国は本当に動くのか? 儂が気になるのはそこである。無論、儂とて貴殿に協力するに吝かでない。皇国を疑っておるわけでもない。……が、儂も西方を預かる身である以上、希望的観測ではおいそれと許可は出せぬのだ。確かな保証が欲しい。理解していただきたい」


 俺の意見具申に対して、法王は難しい顔をしてそう答えた。皇国の代表者たる俺を無碍に扱うわけにもいかない。だが立場ゆえに大規模な兵の運用をおいそれと行うわけにもいかないというジレンマが透けて見える表情である。


「それについてはご安心いただきたい。こちら、中将会議よりの機密文書にございます」


 そう言って、俺は今朝方送られてきた中将会議からの親書を法王に手渡す。


「これは極秘情報ですが、中将会議は停滞した戦局を打開するため、大規模な艦隊決戦を計画しております。敵艦隊を撃滅し制海権を確保したのちは、間髪を入れず敵港湾要塞を占領。そこから部隊を南進させ、敵の最前線主力を前後から挟み撃ちする予定です」


 俺が脳内でイメージするのは、シンガポール要塞攻略のために海からではなくマレー半島から侵攻することを選んだ日本軍の用兵手腕である。むろん、それは中将会議の与り知らぬところだ。とはいえ彼らもまた俊英中の俊英。理屈が正しければ、どの世界の人間でもしっかりと重要性を理解してくれるものだ。


「上陸作戦を成功させるためには、敵に計画を察知されてはいけません。しかもその上で敵主力を現在の戦線に縛りつけておく必要がある。そのためには、今我々が海軍の行動にタイミングを合わせて敵軍の気を引いておかねばならないのです」


 特殊作戦群のやるべき仕事は多い。まずは敵主力を前線に張り付かせるだけの働きをしつつ、どうにかこうにかして戦線を撹乱。敵の消耗と動揺を誘う。

 次に、ハイラント本国の艦隊が敵西部艦隊を撃破。上陸部隊の進路を確保する。そうしたら特戦群はまたもや駆り出され、いつだかの模擬演習がごとく、要塞化された敵軍港を上空から強襲して友軍の揚陸作戦を援護し、上陸後は遊兵として臨機応変に戦局に対応するのだ。

 …………仕事が多い!

 まったく、実にクソ仕様である。俺はのんべんだらりと日々を過ごして、嫁ズとひたすらイチャイチャしてさえいられればそれで良いのだ。

 にもかかわらずこの働きっぷりである。俺には社畜ならぬ軍畜の才能があったのかもしれない。


「……これは、実に失礼な真似をした。そこまで皇国が計画を入念に練っていたとはつゆ知らなんだ。謝罪しよう」


 部下の面前であるにもかかわらず、頭を下げる法王猊下。俺は慌てて頭を上げるように促す。


「猊下! 頭をお上げください。いくら私が皇国の代表だからといって、猊下が頭を下げられることは何一つないのです。私はあくまで一介の軍人。お気になさることなどございません」


 口ではそう言いつつ、目下の人間に対して真摯に対応してくれる法王のことを俺は評価していた。こういうところで上に立つ人間の価値というものは変わってくる。あまり軽率に頭を下げすぎると威厳を示せなくなってむしろ逆効果だが、然るべきタイミングできちんと感謝を示せる人間には、ちゃんと部下や仲間がついてくるというものだ。


「うむ。それではファーレンハイト卿よ。貴殿に、我が近衛にして槍たる神殿騎士を同行させよう。人数は必要な分を連れて行くがよい。この際じゃ、近衛が数人残っておれば儂は何も言わん」


 このあとは当の神殿騎士らと実務者同士の話し合いをして指揮権や方針などを詰めていくことになるだろうが、ひとまずはこれで当初の目的は達したことになる。

 さて、これから積極的に戦局を動かしていくとしよう。俺は珍しく暴れたくてウズウズしているのだ。





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