第571話 神殿騎士序列第一位アーサー・グラスゴー
「お初にお目にかかる。私がカンブリア神殿騎士の序列第一位、アーサー・グラスゴーだ。ファーレンハイト卿とともに戦えることを光栄に思う」
「ハイラント皇帝陛下より少将の位を賜っている、エーベルハルト・カールハインツ・フォン・ファーレンハイトだ。こちらこそ映えある神殿騎士団の首席殿と協働できることを嬉しく思う」
法王猊下への謁見、談判を終えた俺が実務者会議の行われる部屋へと案内され、待たされること数分。現れたのは神殿騎士団の正装に身を包んだ偉丈夫だった。
背丈は一九〇センチ近くあるだろうか。スラッとしている印象を受ける割には筋肉質な体格をしており、さぞ女性受けが良いだろう見た目をしている。
だが見てくれの良さだけで序列第一位になれる筈もないので、中身のほうも相当に優秀なんだろう。
歩き方、立ち振舞一つ取ってもわかる。このアーサーという男はかなり戦える人間だ。
「早速で悪いが、神殿騎士団は何人ほど借り受けることができる? 指揮権に関する部分もしっかり詰めておきたい」
「まずはじめに断りを入れさせてもらう。申し訳ないが、我々神殿騎士団が卿の指揮下に直接収まることはない。……というよりかは、できない」
「ふむ」
言いづらそうな顔をして告げるアーサー。俺が肯定も否定もせずにひとまず頷いて続きを促すと、彼は事情を説明してくれた。
「我ら神殿騎士団は、実態としては教主庁所属の騎士だが、形式的には神々に……もっと言えば開祖たる大神官様に忠誠を誓った身だ。たとえ国家の非常事態にあってやむを得ないとしても、カンブリアの門徒でない者に指揮権を委譲することは教義上できない」
「なるほど」
もし他宗派の人間に頭を下げてしまえば、それは信仰を捨てるに等しいということか。
「だが貴官は名の知れた英雄であり、将としても名高い。貴官の下について動くのが最も合理的であるということくらいは、私も理解しているつもりだ」
話が複雑になってきたな。要するに、アーサーが言いたいのは「いかにして信仰に背くことなく俺の指揮下に収まるか」ということだろう。
「そこで、こうすることを提案したい。まず神殿騎士団の指揮権はすべて私が持つことにする。ファーレンハイト卿の率いられる特殊作戦群とは、あくまで協力関係を築くのみという形を取るつもりだ。ただ、卿には外部の参謀として我ら神殿騎士団に助言をしていただきたく思う」
「……つまり、神殿騎士団は私の助言に基づいて作戦案をアーサー殿の判断で決定し、もって我らが特戦群と協働して事にあたるという理解でよろしいか?」
そう問うと、アーサーは苦笑して小さく頭を下げた。
「そういうことになる。実態としては卿の指揮下に入るという認識で構わない。回りくどくて済まないな」
「いや、構わないよ。他国との連合作戦をするなら、どうしてもそういう問題は出てくるもんさ」
「ご理解に感謝申し上げる。こういう形を取らないと、どうしても反対する者は出てきてしまうのだ。特にタカ派の原理主義者は抑えが利かない」
「どこの国でも事情は同じらしい」
「まったく、人の国であるからしてな」
「ははは」
なんだか為政者トークで盛り上がってしまったが、結果的には俺にとって都合の良い形に収まることになったわけだ。これなら「前線で大暴れ」作戦もそう失敗するようなことにはなるまい。
「して、人数はいかほどに?」
既にこちらの人数は二〇〇名ほどと伝えてある。魔導艦シュトルムを運用せずともよくなったので、艦の維持に必要な人員も戦闘に回せるようになったのだ。
「数としては、そちらと同じく二〇〇名ほどとなるだろう。神殿騎士は国外の者も含めると数万ほどいるが、すぐに動かせる数はそう多くない。差し当たって教主庁に詰めている第一騎士団からの派遣が主となる予定だ」
「なるほどな。となると合計四〇〇……少なくはないが、多くもないな。少しの間暴れ回るだけなら問題ないが、前線を押し返すにはやや心許ない」
「そこに関しては、もう少ししたら大規模な動員を行う計画を立てているのだ。機密ゆえ公には明かすことはできないが、卿主導の今回の作戦がうまいこと効果を上げれば動員時期もそれに伴って多少は早まるだろうと見込んでいる」
「へえ、そっちのほうの数は?」
「二万だ」
「一気に膨れ上がったな」
「本来はそのくらい動かせて当然なのだ。それだけ動員には時間が掛かる」
アーサーの言っていることにおかしなところはない。むしろもっと短い期間でより多くの大軍を動員できてしまう皇国軍のほうが異常なのだ。平時でも相当数の常備軍を抱えていて、常日頃から入念に研究・策定された動員計画が複数あり、加えて一部ではあるが国内には鉄道による輸送網も敷設されつつある。なるほど、この時代の水準にあって皇国は頭ひとつ抜けていると言えるだろう。
「とりあえず、補給物資はインベントリに入れていけばかなり移動時間も短縮できるだろう。これを貸すから、活用してくれ」
そう言ってインベントリをいくつか手渡すと、アーサーは驚いた様子で恭しく受け取った。
「こ、これは……こんなに貴重なものを簡単に貸していただいて良いのか?」
同盟関係にあるとはいえ、しょせんは他国だろう。そう言外に語るアーサー。
「いいよ。別にこっちじゃ貴重品ってほどでもないからな」
「……ご厚意、ありがたく受け取らせていただこう」
まあ、兵站は軍略の土台である。これが揺らげばどんな名作戦とてふとした拍子に簡単に崩れかねないのだ。だから戦略物資ではあるが、俺の判断で一時的にレンドリースするくらいは許されるだろう。別にタダであげるわけじゃないんだ。だったら貸したほうが作戦の成功率だって上がるし、それをする権限だって俺にはある。ならば貸さない手はない。
「その代わりと言ってはなんだが、神殿騎士団の働きには期待しているよ」
「もちろんだ。決して卿の期待を裏切らないと約束しよう」
一般の兵士とは違って銃を装備することは少ない神殿騎士だが、それは言い換えれば銃を必要としないくらい魔法や剣の腕が立つということでもあるのだ。存分に期待できるとみて構うまい。
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