第572話 ぶつかり合い
翌日、明朝。カンブリア教主庁の中庭には、総勢四〇〇名もの兵らが整列していた。
「神殿騎士の諸君。本官が特殊作戦群郡長のファーレンハイト少将だ。今回、君達とともに作戦に臨めることを嬉しく思う。敵は強大かもしれないが、協力しあった我らのほうがもっと強大だ。恐れることはない。西方に平穏を取り戻そう」
「特殊作戦群の諸君。私が神殿騎士団の第一位、アーサー・グラスゴーだ。大陸にその名を轟かせる皇国軍の最精鋭らとともに戦えることを、我々神殿騎士一同心より光栄に思う」
それぞれの代表である俺とアーサーが挨拶を行い、一軍をまとめ上げた後はルクサン大公国まで進軍である。今回、移動は徒歩で行うことになった。流石に全員を乗せられるほど車は用意していないし、だからといって他国との共同作戦において魔導艦シュトルムを出してしまっては本末転倒である。ゆえに幹部の数名に教主庁から馬が貸し与えられ、後の人間は歩きでの移動となったのだ。
「慣れない……」
「そうしているとまるで白馬の王子様みたいだね」
隣の馬からそう弄ってくるのは、頼れる部下にして愛しの我がお嫁さん、イリス・フォン・シュタインフェルト・ファーレンハイト大佐殿である。彼女もまた黒毛が美しい馬に乗って、凛々しい姿を俺に見せつけていた。
「まあ、実家にいた頃に散々乗馬は仕込まれたからな……」
栄えある名門武官貴族の人間ということで、家名に恥じない程度の乗馬技術は習得済みなのだ。都市生活だとほとんど乗る機会は無いし、戦場でも自分で飛んだほうが速いから滅多に乗ることはないのだが、それでも今回みたいに軍を率いる時は一端の将軍として馬に乗ることだってある。そんな時に人から笑われないよう乗馬術を会得しておくのは、ファーレンハイト家の人間にとっては半ば義務みたいなものだ。
「わたしは特魔師団に入団してから初めて習ったけど、馬は可愛いから慣れるのも早かった」
「実際、イリスの騎馬姿は俺より様になってるよ」
少しぽんこつ気味のところもある天然娘のイリスだが、こうして傍から見る分には凛々しい乙女将軍そのものだ。階級のほうも、コネや運の要素だけでは絶対に辿り着けない大佐というだけあって、年齢や性別で侮られることも随分と減った。
英雄と持て囃される俺の隣をずっと支えてきたイリスは、気付けば自身が英雄たる
「わたしはハルトの姿も絵になると思う」
「そうかなぁ? まあ、言われて悪い気はしないな」
俺達がこうしてのんびりとお喋りなんぞをしていられるのには理由がある。それこそが総勢四〇〇名もの大軍の先頭という、この布陣位置だ。
俺はアクティブ、パッシブを問わず『ソナー』系の探知魔法が使える。似たような技を使える魔法士は他にも多いのだが、俺ほどの高精度かつ広範囲で探知できる者はそう多くない。そんな大陸一の探知系魔法士の俺が先頭で索敵を担当することで、敵軍との不意な遭遇戦を未然に防ぐのだ。
俺達はあくまで攻撃を仕掛ける側。逆に仕掛けられては元も子もない。
なお、名誉ある殿はジークフリートに任せてある。……のだが、そうする際に実は一悶着あったりする。
*
「なんで自分らがご丁寧に守られなきゃなんねぇーんすか⁉︎ これは西の戦いだ。東の皇国に一から十まで御膳立てされる筋合いはねぇっ」
俺が先鋒を、そしてジークフリートが殿を務めると伝えた時、憤慨して反対する者がいた。俺よりかは少しだけ年上で、ジークフリートよりかは少しだけ年下に見える若い女騎士。騎士の格好をしているが、立ち振る舞いからは騎士というよりも武者といったほうが近いような印象を受ける彼女の名はコンスタンス・ブラッドフォード。神殿騎士の序列四位である。
「ブラッドフォード四位、落ち着け。これは一位たる私の判断でもあるのだ。騎士団の代表は私なのだから、おとなしく従え」
「いーや、納得いかねぇっす。自分にだって騎士のプライドくらいあるんだ。こんないけすかない野郎なんかに殿の栄誉を奪われてたまるかってんだ!」
「あっ、まずい」
コンスタンスがジークフリートのことを馬鹿にしたような目で見ながらそう吐き捨てた瞬間、俺は猛烈に嫌な予感がして、即座に『纏衣』を発動する。そしてその予感は外れてはいなかった。
右手の指で挟み込むのはメイ謹製の「迅雷剣」。左手の甲ではコンスタンスの抜いた大剣の腹を受け止めている。
「なっ……!」
咄嗟のことで反応ができなかったアーサーが瞠目してうめき声を漏らした。
「な、何をやっている! ブラッドフォードッ」
「群長。止めンなよ。これはオレの喧嘩だ」
「そう言われて引き下がる上官がいるか。お前も少しは冷静になれ」
ご丁寧に雷属性の魔力まで纏っての不意打ちだ。おかげで少し右手が痺れている俺である。
「じ、自分の剣を片手で……」
左からは緊張で冷や汗を滲ませたコンスタンスの呟きが漏れ聞こえている。二人ともかなりの太刀筋ではあったが、なんとか未然に激突を防ぐことができたみたいだ。
「チッ」
剣を下ろして引き下がるコンスタンス。だがそれを許すアーサーではなかった。
――――ゴスッ、と響く鈍い音。アーサーがコンスタンスを思いっきり殴った音だ。
「愚か者! 仲間同士で諍いあってどうする! 敵はデルラント王国だ。皇国の兵ではない!」
「それは今関係ねぇっす! 自分には騎士として名誉を守る権利があるんだッ」
「その名誉を汚しているのはどこの誰だ! 自分の胸に手を当ててよく考えてみろ!」
両者ともに一歩も譲らない神殿騎士達。まったく、これでは先が危ぶまれるな。
「そんなに言うならコンスタンス殿も
「オレは売られた喧嘩を買っただけだ。別に一緒に殿をやりてェってんなら止めはしねえよ」
「じゃあ、そういうことで」
「なっ、なんでてめえが勝手に決め……」
「くどい」
「がっ……」
ゼロ距離で顎を打ち抜かれ、衝撃波をもろに浴びたコンスタンスがその場に崩れ落ちる。先ほどの太刀筋といい、身のこなしは悪くないんだが、いかんせん少し興奮しすぎだな。これじゃあ暴走して言うことを聞かなくなるのは目に見えている。なので一旦意識を飛ばして物理的に黙らせたわけだが……。
「アーサー殿。部下の教育はちゃんとやってくれなきゃ困るよ」
「申し訳ない限りだ。ただ、一つだけ言い訳をさせてもらえるだろうか」
特に怒っているわけではない(呆れていただけだ)ので、黙って頷いて釈明を許すと、アーサーは本当に申し訳なさそうな顔をして続けた。
「皇国軍のような縦社会とは違って、実は序列が一桁の神殿騎士の間には明確な命令系統が存在しないのだ。発言力に差こそあるものの、本来はそれぞれが独立した騎士団の長という立ち位置でな。その中でも特にブラッドフォードは上司も部下も持たない特殊な騎士なのだ」
「へえ?」
なんだか興味深い話である。正式な軍隊を持たない宗教国家ならではの組織構造に、俺の興味は吸い寄せられた。
「ブラッドフォードは孤児院の出でな。親を知らずにスラム街で育ったところを修道女に拾われた経緯があるから、粗暴で礼儀も知らず、社会の不正や横暴に対して人一倍義憤を覚えるきらいがあるのだ。今回の件も、それが悪いほうに出てしまった典型例だろう。よくいっては聞かせているのだが、いまいち自分の認めた相手にしか素直にならないところがある」
「それ、軍人としては致命的じゃないか?」
と言ってから気付いた。
「ああ、神殿騎士は軍人じゃないのか」
「理解が早くて助かる」
自分で言い出しておいてなんだが、今回の作戦、特戦群だけで動いたほうがよっぽど楽だったかもしれないな。西方で皇国が堂々と動くためには国際社会に示せる大義がなくてはならない以上、飲み込むべきところではあるんだろうが……。
「代わりと言っては変かもしれないが、その分戦いになったらブラッドフォード四位はきちんと働きを見せてくれる女だ。もちろん私も迷惑をかけた以上はしっかりと動くつもりでいる」
「じゃあ、とりあえずはそういうことで納得しておこう。期待してるぞ」
「……皇国の英雄に期待されると、途端に肩が強張ってしまうな」
そう言って少し引き攣った笑みを見せるアーサー。トップが常識人なのは俺にとっても幸いだった。コンスタンスのほうも我が強いだけで別に悪い奴って感じではなかったし、同じく我の強いジークフリートとうまく化学反応を起こしてくれたら俺としても言うことはない。
「ジークフリート。これもいい機会だ。暴れ馬をうまいこと制御してみせろ」
個としての強さを求めるのもいいが、それではいつか必ず限界にぶち当たる時が来る筈だ。なればこそ、仲間の力をうまく引き出して活用するという能力もこれからの人生では大事になってくる。
先ほどのコンスタンスの太刀筋は悪くなかった。否、そう言うと語弊があるかもしれない。ひと抱えもあるほどの大剣を、あれだけの鋭さで振るってきたのだ。強くないわけがない。
戦闘力だけならSランクに準ずるかもしれない。もしかしたら保有魔力量の関係でAランクかもしれないが、それにしたってAランク高位の筈だ。
ジークフリートは、更なる強さを求めてわざわざ特魔師団から
「ああ。そういうことなら、うまくやってみせる」
憮然とした表情ではあるが、納得していない顔ではない。ジークフリートは仏頂面が
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