第573話 伏兵
「む」
「敵?」
「ああ、そうみたいだ。数は……二〇〇程度か。正面からぶつかれば怖くはないな」
カンブリア教主国から徒歩で北上すること約一週間。そろそろヴァレンシア王国を抜けてルクサン大公国領へと差し掛かろうかというところで、俺は敵の伏兵の存在を感知した。
「いや、待てよ。これは……挟まれたか」
前方一〇時の方向に二〇〇。これはまだいい。数ならこちらのほうが倍以上あるし、兵の質もこちらのほうが高い。負ける要素は万に一つもないだろう。
だが後ろのほうが問題だ。
「ジークフリート中佐。聞こえるか」
「《こちらジークフリート。どうした群長、敵か》」
「ああ。後方二〇時の方向から三〇〇近い兵が接近している。ただ、それにしては反応が変だ……。半分は人間だが、もう半分は――――魔物か?」
「《なに?》」
敵との距離はまだ一〇キロ以上ある。感知が遅れたというわけではない。全力で『アクティブ・ソナー』を放てばもう少し早く発見できたかもしれないが、そんなことをすればこちらの位置を敵に暴露するようなものだし、魔力の消耗だって激しい。いくら俺が『
何はともあれ、まだ充分に対処をするだけの時間がある。問題はどう対処するかだ。
「前後合わせて五〇〇近い敵がいるが、そのうち一五〇ほどはどうも人間じゃないみたいだ。おそらくは魔物を使役する魔道具か何かで調教された、使い捨ての魔物軍団が混ざっていると思われる」
「《厄介だな。人間ならビビらせりゃあ引くが、血の気の多い魔物相手だとそうもいかねェ》」
魔物は殺戮衝動に支配された、動物の成れの果てである。寿命は概して短いが、その短い寿命を燃やし尽くすかのように闘争本能が強化された、醜くて哀れな生き物だ。
その魔物を使役した軍団がすぐそこまで迫ってきている。別に脅威というほどではないが……これは少し面倒かもしれない。
「ジークフリート中佐」
「《なんだ》」
「挟み撃ちされるのは避けたい。今から軍を二つに分けるから、お前はそっちの切込隊長をやってくれ。指揮はアイヒマン少佐に一任するが、階級はお前のほうが上だ。最終的な判断はお前がすることになる」
俺が想定するのは、逆・挟撃作戦である。前後を挟み撃ちされてしまえば不利になるのは明白だ。ゆえにまずは部隊を半分に分け、長距離火力に秀でた特戦群が前方からの敵の接近を妨害しつつ、神殿騎士団を迂回させて後方の敵のさらにそのまた後方に移動するのだ。
その間は残り半分の特戦群と神殿騎士団が連携し、後ろから接近してくる敵とぶつかり合って持ち堪える。銃魔法に長けた特戦群が撃ち漏らした敵を神殿騎士が討ち取ることで、しばらくは問題なく耐えきれる筈だ。
自分達が挟み撃ちをしていると勘違いしている敵は「このまま押せばいける筈だ」と焦って、何がなんでも押し切ろうとするだろう。そこを俺の率いる別働隊が背後から突く。まさかの奇襲に敵はてんやわんやとなるに違いない。
そうして流れに乗って敵を撃破した後は、前方に残った敵を各個撃破しておしまいである。
「いけるな?」
「《テメェ、オレを誰だと思ってやがる》」
「頼り甲斐のある、口の悪い戦闘狂か?」
「《わかってンじゃねぇか。任せろ。ひょっとしたらオレ達だけで後ろの敵を倒しちまうかもしれねぇけどな》」
「そうなったらそうなったで、また作戦を変更するさ。とにかく、任せた」
「《ああ》」
通信が切れる。これで後ろは大丈夫だ。後はいかにして前方の敵を足止めするかだが――――
「わたしがいる」
「頼めるか」
「うん。こういう多対一の戦いは、わたしの一番得意とするところ。今日は晴れているのも大きい。晴れの日なら、わたしは絶対負けない」
そう自信満々に言いきってみせる「
俺は背後を振り返って、後ろに続く特戦群の幹部陣営に命令を下す。
「よし。ハーゲンドルフ中尉。騎士の本領発揮だ。神殿騎士に負けぬ気概を見せて、作戦の要たるシュタインフェルト大佐を敵の魔の手から守りきれ」
「はっ」
ハーゲンドルフ中尉は、護衛としての戦い方を鍛えてきた生粋の騎士だ。守る対象がいたほうが彼は本領を発揮できる。護衛の腕前に関してはピカイチだ。誰かを守る戦いにおいて、特戦群で彼の右に出るものはいない。
「コルネリウス中尉。大佐の周囲に罠を張りまくって、敵の接近を許すな」
「了解だよ」
デールダム攻略作戦後の訓練などで度重なる功績を上げてきたマルクスは、この度俺の推薦もあって中尉に昇進している。幹部養成校ではない工兵学校の出だが、その優秀さで幹部候補生待遇を与えられていたマルクスだ。今では立派な幹部である。彼にかかれば即席の要塞を築城するのだってお茶の子さいさいである。並の兵では彼の要塞を攻略できないだろう。
「シュナイダー伍長。好きに暴れて敵の注意を集めるんだ。くれぐれも味方の攻撃に巻き込まれるんじゃないぞ」
「わかりましたっ!」
ヨハンともども、大きな怪我を負ってしばらく安静にしていたエミリア。彼女は今回の戦いから、ようやく戦線に復帰することになる。リハビリはしっかりやっていたみたいなので、戦う準備はもうバッチリのようだ。ここでたくさん暴れて戦いの勘を取り戻してもらいたい。
そんな彼女が手にしているのは、黒光りする刃渡り六〇センチ弱の双剣。アダマンタイト、ミスリル、そしてオリハルコン合金製の鍛造剣だ。あの超頑丈な金属アダマンタイトに加えて、神代の希少金属たるオリハルコンを鍛造できるような凄腕の鍛冶師などそういる筈もない。一体誰が――――という茶番はよそう。あの剣を鍛えたのは世界一の名工、メイル・フォン・アーレンダール・ファーレンハイトである。
何を隠そう、俺がお願いしてシュナイダー兄弟の剣を打ってもらったのだ。兄のほうは魔剣ディアブロの折れた刀身があったが、エミリアのほうはまったくのゼロから鍛えた。おかげで随分と値が張ってしまったみたいだが、エミリアはむしろ嬉しそうにしていた。
ほんのわずかにではあるが、オリハルコンを含有しているので摩訶不思議な特殊能力まで付与されているらしい。
「残りは俺に続け! 全速力で敵の背後に回り、一気に追い詰めるぞ!」
魔刀ライキリを振りかざした俺は残りの兵に告げる。馬上からだと部隊の様子がよく見えるので、指揮も随分としやすい。俺の場合だと馬に乗るとむしろ戦闘力が落ちてしまうのだが、こうして指揮を執る時は騎乗したほうが効率がいいかもしれないな。
何より絵になる。後世の画家が俺のどこを切り取って絵にするのかは知らないが、少なくとも従軍記者から聞く話はこういった号令を掛ける場面が多いに違いない。まあ、その従軍記者とやらは今回の作戦には同行してはいないわけだが。
「では行動開始!」
接敵まで残り数キロ。その間にどれだけ距離を稼げるかが肝だ。西方の闇を払う反撃の狼煙は上がりつつある。
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