第568話 カンブリア会談
「西方諸国の代表方よ。儂の呼び掛けに応じていただき、感謝の念に堪えぬ。儂はカンブリア教主として、たいへん嬉しく思うぞ」
カンブリア教主庁が一画、豪奢な会議室の上座に座った法王が右手に持った
序列を生まないように円卓状に配置された出席者は、
カンブリア法王の両脇には教主庁の枢機卿が。その右から時計回りにルクサン大公国、ヴァレンシア王国、リエラ公国(ヴァレンシア王国の南方に浮かぶ小さな島国だ)、ノルド首長国の代表らが、そして最後に枢機卿の左に配置する形でハイラント皇国の代表こと俺とイリスが並んで座っている。
なお、デルラント王国の代表はこの場には呼ばれていない。当たり前である。この国際会議は対デルラント王国同盟を結成するための集まりなのだから。
「まず初めに、ルクサン大公をこの場へとお連れしてくださったハイラント皇国の代表、ファーレンハイト卿に感謝の意を表したい」
法王が俺に向けてグラスを掲げてくるので、俺は恭しくお返しにグラスを掲げる。それに合わせて他の代表らも俺に対して乾杯の仕草をしてきた。
……あれぇ、おかしいな? 俺は別に皇国の代表としてやってきたわけじゃないんだけどなぁ。ただ単にルクサン大公を護衛してきただけで、別に国際会議に参加する予定なんて無かったんだけどなぁ!?
「なんで賓客対応なのかの答え合わせになったね」
右隣のイリスがこっそりと話しかけてくる。それに小さく頷き返しながら、俺もまた納得していた。
豪勢な食事。貸し切りの浴場。天蓋つきのクソデカオシャレベッド。すべては俺達がハイラント皇国の代表だと思われていたがゆえの待遇だったのだ。
てっきり俺が皇国の上級貴族で高位軍人だからかとばかり思っていたが、なるほど。他の特戦群の連中が別館の個室に案内されていたのにはそういう裏があったわけだ。
もちろん別館とやらもかなり立派な設備らしく、立場ある人間しか宿泊を許されないほどの格を有するらしいので、決して特戦群の部下らが冷遇されているわけではないのだが……。
うん、まあこうなってしまったからには仕方ない。大人しく皇国代表として振る舞うとしよう。陛下や宰相閣下がこの展開を予想していなかった筈もないのだ。ならば俺はその期待に応えるべく、皇国の意思を国際会議の場で伝えるのみである。
「この度の会議が実りあるものになることを期待する」
かくして、後に「カンブリア会談」と呼ばれる話し合いが始まった。
*
いくつかあったうちで最も重要な議題は実に単純で、いかにしてデルラント王国の横暴をやめさせるかに尽きた。これは西方諸国が軍事的に連帯し、その「五ヶ国同盟」にハイラント皇国が協力する形でまとまりを見せた。
流れはこうだ。まず五ヶ国同盟が締結されたことを国際的に周知する。次いで、開戦前の国境線に復帰させれば逆侵攻を行わない旨をデルラント王国に通達する。
もちろんここで素直に頷くデルラント王国ではないだろう。東部戦線のデールダム軍港こそ押さえられているものの、そこ以外では快進撃を続けているかの国である。現状は「勝ち戦」である以上、デルラント王国が停戦案を呑む可能性は限りなくゼロに等しい。
そこで、次に五ヶ国同盟による宣戦布告と逆侵攻を行うのだ。それと同時に法王猊下がデルラント国王を破門宣告することになっている。自身の所属する宗派の長者から破門を言い渡されることの衝撃は大きいに違いない。デルラント国王の国内での支持率は低下の一途を辿るだろうし、そうなれば戦争継続に多大なる悪影響が出ること間違いなしだ。
次に重要な議題は、戦後国際秩序の骨子案である。これは戦争を引き起こしたデルラント王国を非武装化(ないし弱体化)させた上で、五ヶ国同盟およびハイラント皇国による間接統治方式を採ると決定した。
かの国が真の意味で独立するのはずっと先の未来になることだろう。特に切羽詰まった事情もないのにいたずらに平和を乱した責任は重い。
ただ、敗戦国となったデルラント王国をどこかの国が併合したりはしない方針となった。理由は簡単で、西方における新たな戦争の火種になりかねないからである。ならばいっそどこの国の領土にもせず、国内の権益を皆で共有したほうが賢明だという判断だ。
ちなみに、デルラント王国を倒せない可能性は考慮していない。何しろ、こちら側には最強チート国家ことハイラント皇国がついているのである。いくら東と南に潜在敵国を抱えているからといって、それでたかがデルラント王国すらも磨り潰せなくなるほど皇国の国力は低くないのだ。
二正面作戦は愚の骨頂だが、ならばそうなる前にちゃっちゃか片付けてしまえば良いだけである。最近いくらか敷設の進んできた鉄道網もあるし、部分的にではあるがシュリーフェン・プランならぬ「エーベルハルト・プラン」だって実行に移せるだろう。この時代、このタイミングに限っていえば二正面作戦は皇国の足枷たりえないのだ。
「ふぅ……西方諸国の問題でありながら、皇国ありきの議論になってしまいましたね。西方の一員として情けない限りです」
「それを言うなら、ノルド首長国だってカンブリア教圏じゃないじゃないか」
「ノルドはデルラントと直接国境を接してますし、目下最大の仮想敵国ですから。この前の私掠船やスパイの件もありますし、いずれは開かれていた戦端だと思いますよ」
紅茶を啜りながらそう話す少女の名は、カリン・アーレンダール。ノルド・アーレンダール家の現当主にして、ノルド首長国の代表である。
「俺らがノルドに行かなかったら、マジで戦わずして首長国は滅んでたかもしれないからな」
「その節は本当にお世話になりました」
会議もだいぶ煮詰まってきたからこその、和やかな世間話である。カリンとは知った仲なので、国際会議の真っ最中だというのに俺はこうしてインベントリからティーセットを取り出して彼女に振る舞っているというわけだ。
「それにしても、まさかカリンがノルドの代表になってたなんてな。びっくりだよ」
「アーレンダール家の騒動が、結果としてノルド首長国崩壊の危機を救うきっかけになりましたからね。自領の政権を取り戻した後は私もノルド中の調査と改革に尽力しましたから、その功が認められたのかと思います」
「大出世じゃないか」
もとからできる女だとは思っていたが、それにしたって結果を出しすぎである。親方もメイも才能の塊みたいなものだし、アーレンダール家というのはそういった秀才を多く生む家系なのかもしれない。
「まさか私も自分が代表に選ばれるとは思っていませんでしたが……これも巡り合わせでしょうね」
「ま、俺も流れで代表になったようなもんだしな。お互いうまくやろう」
「ええ。ファーレンハイト様がいらっしゃると、心強いことこの上ないですね」
「買いかぶりすぎだよ」
アーレンダールの娘を嫁にもらった我がファーレンハイト家と、ノルド首長国の中で頭角を現してきたノルド・アーレンダール家が共に代表を務める限り、ハイラント皇国とノルド首長国の蜜月はまだしばらくは続きそうであった。
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