第213話 辞令、そして……
その日の午後。学院を出た俺は、事前に呼び出しを受けていた特魔師団の皇都駐屯地に出向いていた。わざわざ師団長であるジェット直々のお呼び出しなので、辞令か何かが下るのだろう。
いつも通り守衛に挨拶してから駐屯地内に入り、ジェットのいる師団長執務室へと向かう。駐屯地で一番立派な扉をノックすると、中からジェットの声が聞こえてきた。
「入れ」
「ファーレンハイト少佐、失礼します」
中に入ると、書類にサインをしていたジェットが手を止めてこちらを見てきた。
「おお、エーベルハルトか。辞令だ」
「やっぱりか」
普段の任務であればジェット直々に……ということはそこまで多くはないので、やはり俺の読みは当たっていたようだ。
「……ではファーレンハイト少佐、辞令を告げる。えー、貴官は皇帝杯において華々しい活躍を見せ、
「昇進!」
まさかの昇進であった。てっきり特別手当でも出るものとばかり思っていたので、それをはるかに上回る辞令に正直言って驚きが隠せない。
「あのなぁ……、驚いているようだから言っておくが、仮にも俺は特魔師団の師団長だぞ。それを倒すことの意味をよく考えろ。エーベルハルト、お前はもう立派な抑止力だ」
「抑止力……」
どうやらいつの間にか、俺は皇国の最前線を任される重責の身になっていたらしい。
「皇国を背負って立つ人間の階級が少佐では、示しがつかんからな。ここからの昇進は早いぞ」
「今までも相当早かったと思うけど……」
入団してから三年で中佐なのだ。よほどのコネでも無い限り、普通は無理だと思う昇進速度である。
「ははは、お前はもしかしたら史上最年少で師団長になるかもしれんな」
そう豪快に笑いながら俺に辞令書を手渡してくるジェット。それを受け取りつつ、俺は更に仕事が増えることに微妙な感情を抱いていた。確かに昇進は嬉しい。嬉しいが、仕事はしたくない……!
「お前は文官ではなく武官として採用されている。もちろん事務仕事も無いわけではないが、お前に一番期待されている役割は、とにかく強くあることだ。……まあ、昇進と同時にお前に任せている戦術魔法小隊も中隊規模に拡大となる。それに合わせて秘書官を数名つけることになっているから、事務仕事は彼らに投げればいいさ」
「そうするよ」
ジェットに心を読まれながら、今後の部隊の方針をぼんやりと考える俺。部隊の規模が大きくなれば、その分作戦運用の幅も広がるからな。新戦術の実験部隊としての側面が強い戦術魔法小隊……中隊だ。隊長権限でかなり自由にやっても許されはするだろう。
ただ、なんにせよまずは休暇だ。せっかく一ヶ月も休みをもらったのだ。この突如降って沸いた休暇をどう使うか。目下の悩み事はそこである。
これは……あれだな。前々からやろうと思っていたアレをついにやるかな。学院のほうも自由な時間の使い方ができるようになったことだし、ちょうどいい機会だ。
俺はそのための準備と相談のため、ファーレンハイト家皇都邸宅に戻り、転移魔法陣を起動してハイトブルクの実家へと飛ぶ。久々に帰ってきたので、やや懐かしい気持ちを感じつつ、俺はオヤジのいるであろう執務室へと向かうのだった。
✳︎
「そうか……。お前ももうそんな歳か」
しみじみ、といった
「わかった。ベルンシュタイン公とカルヴァンのシュタインフェルト殿、アーレンダールの親方殿にはこちらからしっかりと伝えておこう。本人達には内緒にするようにも申し伝えておく。……お前は存分に決めてこい」
「ありがとう」
ハイラント皇国において、成人の時期には厳密な決まりがあるわけではないが、概ね一五歳から一八歳の間とされている。とはいっても一八になってようやく成人するような人はほとんどおらず、大多数の人間が一五の歳に日本でいう元服の儀を済ませるようだ。
かく言う俺も例外ではない。特に貴族はかなり早い時期から成人の儀を行うことが多く、当主が早死にしてすぐに代替わりをしなければならないなどの事情があったりする場合だと、一三歳くらいで成人……なんてことも普通にあったりする。
幸い我が家は特に不幸に見舞われることもなく、俺も通常通り一五歳で成人ということになるわけだが、ここで貴族ならではのとあるイベントが発生することになる。
そう、結婚である。
俺は許婚であるリリーや、実質的に側室扱いのメイ、イリスとの結婚を考えるべき時期にきたのだ。
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