第212話 思わぬ待遇

 皇帝杯が閉幕してから二日ほど休暇を挟み、国を挙げてのイベント期間は終了した。お祭り騒ぎが収束して、ようやく普段通りの様子に戻りつつある街並みを歩きながら俺が学院に向かっていると、道行く人々から度々声を掛けられる。


「あっ、『白銀』だ! 試合見ましたよ! カッコ良かったです!」

「うぉおおっ! 本物の『彗星』だっ、サインしてくれ……ください!」

「きゃーっ、握手してくださぁいっ!」


 どうやら俺は、あの試合のおかげで一躍有名人になってしまったようだ。承認欲求も無いわけではないので、こうして認められると嬉しいことには嬉しいのだが、いかんせんこれが毎日続くとなると少々ややこしいことになる。

 明日から馬車通学にしようか……と思い悩んだところで、そういえばリリーの時空間魔法があったことを思い出した。


「『もしもし、リリー。明日から一緒に通学しよう』」

「『おはよ、ハル君。……いきなりそうやって誘ってくるってことは、さては通学時に群衆に囲まれでもしたのね?』」

「『別に囲まれてなくても、一緒に通学したいとは思ってたよ』」

「『……まったく口が上手なんだから。ま、惚れた弱みってヤツかしら。いいわよ、明日から一緒に通学しましょ』」


 入学したての頃は一緒に通学していた俺達だったが、やがて委員会の早朝シフトやら生徒会の活動やらで時間が合わなくなっていき、最近は一人で通学するのが流れとなっていたのだ。

 ただ、せっかく一緒に通学できる相手がいるというのに、その機会を棒に振り続けるのが非常にもったいないことなのもまた事実。特にその希少性というか、価値の重みを前世のおかげで知っている俺からしてみれば、「仕事のせいで幸せな時間が削られるのだとしたら、仕事なんて辞めちまえ」というのが本音である。

 もちろん構内がそのまま社交界の縮図とも言われる魔法学院において、将来のことを考えるとそう簡単に仕事を放り投げることなどできよう筈もないのだが、そのくらい強気でいかないといつの間にか「生きるための仕事」から「仕事のために生きる」に変わってしまいかねない。それだけは断固として御免だ。


「メイはどうする?」

「もちろん私もご一緒させていただくであります」


 今は俺の家に居候中のメイに訊ねると、彼女は悩む素振そぶりも見せずに即答した。素直なヤツだ。


 こうして俺達は、入学したての頃のように再び一緒に通学することになった。ちなみにイリスは借りている物件が学院にかなり近いため、わざわざ転移魔法なんて回りくどいことなどしないでそのまま学院に直行するらしい。どこの世界も学校や職場の近くに住んでいる人間は気楽なものである。



     ✳︎



 学院に着くなり、通学路でのそれをはるかに上回る歓声に囲まれた俺は、構内のホワイトフェザー並木の通りで立ち往生していた。今日は生徒会のほうで少しだけ用事があるのでできれば先を急ぎたいのだが、こうして俺を慕ってくれる彼らを邪険にするわけにもいかず、嬉しいんだか恥ずかしいんだか面倒なんだかよくわからない複雑な感情を覚えながら一人一人に礼を言っていく。


「一躍有名人だな」

「元から知名度はあったと思うわよ」


 それもそうだな。知らぬ者のいない大貴族家の次期当主が、入試で首席を取ったのだ。知名度自体は相当高かったことだろう。ただ、これまではどこか遠巻きにされている……「自分とは違う世界の人間だ」と思われている節があった。

 文字通り、こことは別の世界から転生してきた人間としては「その通りだよ!」と叫びたい気持ちが無いわけでもないが、まあ輪に溶け込めないのは悲しいからな。

 その点、こうして皆が親しみを込めて話し掛けてきてくれるというのは普通に嬉しかった。


「さあ、そろそろ行かないと遅刻だ」


 名残惜しそうな学生達を校舎に戻し、俺も自分のホームルーム教室へと向かう。今日からまた平常日課に戻るのだ。



     ✳︎



「えー、この度の皇帝杯優勝は魔法学院の創立以来初の歴史的快挙であり、学院の知名度およびイメージの向上に多大なる貢献ありと認め、ファーレンハイト学生を特待生に認定する」


 全学生が入ってもまだまだ収容できそうなくらいには広い大講堂、その壇上に俺の姿はあった。目の前には学院長、背後には学生達がいる。隣にはエレオノーラの姿もあった。


「フーバー学生も、同じく特待生に認定する」


 落ち着いた所作で賞状を受け取るエレオノーラ。しかしその表情はニマニマとした笑みに満ちており、あまり威厳は感じられない。


「特待生とは、めざましい功績のあった者を称え、学院内での様々な特権を付与する制度である。今回、ファーレンハイト、フーバー両学生には、卒業要件となる実技系科目の全単位を取得したものと見做す単位互換制度の適用に加え、三・四年次にならないと履修できない研究授業・演習授業の履修、ならびにそれらに必要な設備等の利用を許可するものとした」


 ――――おお、という声が講堂のあちらこちらから聞こえてくる。それだけ学院長の言ったことが大きなものだったからだろう。

 要するに、俺達は実質的に飛び級を認めてもらえたのだ。それも、既に学生レベルを超えていて特に履修する意味の無い実技系分の単位まで進呈してもらった上で、だ。

 加えて、飛び級と言っても、必ずしも学年を飛び越して卒業しなければいけないというわけでもない。残りたければ学院に残っていても別にまったく問題は無いのだ。

 これが意味するのは、これまで以上に俺は学問や研究に没頭することができる、ということである。余分な授業を履修しないで済む分、一日のスケジュールにもだいぶ余裕ができるわけで、前世の暇な大学生ばりに悠々自適な学生ライフを送れそうな予感だ。


「エーベルハルト。あんた、たまに私の修行に付き合いなさい」

「よかろう」


 せっかく自由に校内設備を使っても良くなったのだ。存分に使用させてもらうとしよう。差し当たっては俺のライバルを自称し、実際にそうなりうる可能性を一番秘めているエレオノーラとの実践形式の模擬戦をやってみるのも悪くない。


 良い意味で自由度が増して、これから更に魔法学院で成長できる期待を胸に、俺は受け取った賞状を抱えて降壇するのだった。




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