休暇編
第214話 ディナーと旅行先
「リリー、ちょっといいかな」
次の日の放課後。たまたま空きコマだった俺は、たった今講義が終わったばかりの教室に入って、荷物をまとめていたリリーを捕まえる。
「あれ、ハル君」
「今日、この後暇?」
「うん。今日は委員会も何も無いわよ。……何、デートのお誘い?」
「まあ、そんなところかな」
そう答えると、わかりやすくリリーの表情が
「一旦家に帰ってからにするの?」
「いや、せっかくだしこのまま行っちゃおう」
俺達は無限収納アイテムのインベントリを持っているから、わざわざ一度家に帰らなくても必要な荷物などはすべて持ち運ぶことができてしまうのだ。まあ、その帰るという行程すらリリーの転移魔法があれば一瞬で済んでしまうわけだが。
「じゃあ行きましょ」
「ん」
ごく自然な流れでリリーに左手を差し出し、手を繋いで歩き出す俺。今となってはこんな振る舞いも慣れたものだ。前世の俺からしたら考えられない成長っぷりである。
ギュッと握り返してくるリリーの手は、当たり前のことではあるがやはり女の子女の子していて、その感触を感じる度に毎秒幸せを実感する俺だった。
そのまま、普段は学院やら仕事やらであまり行く機会の無い高級志向の商店をいくつか巡り、リリーとお揃いのハンカチーフを購入したところでちょうど頃合いになったので、予約してあったレストランへと足を運ぶ俺達。
「わあ、綺麗」
このレストランには一度下見で来ただけで利用したこと自体は無かったのだが、ここを選んで正解だったようだ。
レストラン内には暖色系の柔らかい明かりが満ちており、穏やかな空間を演出している。光源となっているのはシャンデリア型の魔道具だが、これの装飾がまた上品で素晴らしい。明るすぎることもなく、作業には向かない程度のわずかな薄暗さが良い味を出している。
極めつけは店内に流れる音楽だ。数名ほどからなる弦楽器――――ピアノのようなものからバイオリンのようなものまで、バリエーションは実に豊かだ――――のユニットによる生演奏である。音楽家を複数名雇い入れるのに必要な金額を考えると、やはりここは本格的な高級店なのだろうなと強く実感する。この世界の音楽と地球の音楽では曲自体はまったくの別物だが、どこの世界でも人間が心地よいと感じる旋律ってものはあるらしい。しっとりとした雰囲気に似合うBGMである。
「いいところね」
「音楽が素晴らしいね。料理のほうも高級店らしく相当期待できるみたいだよ」
「それは……楽しみだわ!」
リリーは公爵令嬢という、この国でも上から数えて数番目くらいには身分の高い人間だ。普通、貴族ともなると自分で何か家事をするといったことはまずない。それなのに「趣味だから」の一言で日常的に料理を作る、少し変わった子でもある。
そして趣味にしては尋常でないくらいの高クオリティを実現してしまうのもリリーの凄いところだ。公爵家お抱えの料理人達にさしすせそ(ビネガー風の酢ならともかく、この国に味噌や醤油は無いが)の基本から秘伝のレシピまでをじっくり教わりつつ独自に創意工夫を重ねたところ、いつの間にかプロの料理人顔負けの実力を身につけていたという感じだ。
さあ、果たしてそんなリリーの舌を満足させることができるのか否か……。ここの店の料理人の腕の見せ所だ。
「「おお……」」
コース料理なので、まず初めに運ばれてきた料理は前菜だ。だがこの前菜の時点で、既に完成された一つの料理と呼べそうなくらいにクオリティの高いものが出てきた。
「では……自然に感謝を」
「自然に感謝を」
早速ひと口いくと、見た目以上にしっかりとした、それでいて濃すぎず素材の味を存分に引き出した味わいが舌の上で芳醇に広がる。……これは確かに高級店だ。
その後も頃合いを見計らって、最適なタイミングで次の料理が供される。こういった心配りもまた高級店に相応しい。まさにホスピタリティ精神のなせる技だ。
やがて食後酒とデザートを嗜み終えたところで、そろそろ頃合いとばかりに俺は話を切り出す。
「リリー。今回こうして俺も休みを取れたことだし、リリーの都合がいい日を見繕って、ちょっとばかし旅行に行かないか」
「旅行! いいわね! 学院が始まってからはしばらく行ってなかったものねっ」
まだ入学してから三ヶ月ほどしか経っていないので、当然夏の
「わかったわ。ここしばらくは課題レポートを提出すれば単位の出る講義ばかりだから、そっちは問題無いわ。厚生委員会の仕事のほうも、日程を調整しておくわね」
「助かるよ。俺はいつでも平気だから」
「うん。……旅行かぁ、どこがいいかしら?」
「ちょっと時期が早いけど、海なんかはどう?」
「……いいわね。南都マルスバーグとかなら、もう暖かい頃だものね」
皇国は縦にも横にも広い巨大な国だ。ハイトブルクは比較的北方に位置しており、六月のこの時期でもまだ涼しいくらいの気候だが、ここ皇都はもう初夏の日差しで充分に半袖でも活動が可能なくらいだし、南方に至ってはもう汗すら滲むような気候だと聞く。まあ、日本でいう北海道と東京、沖縄みたいなものだろう。一つの国の中でも場所が違うだけで様々な季節を同時に感じられるというのは、なかなか趣深くて良いと思うのだ。
「じゃあ決まりだな」
行き先は皇国の南部。南都マルスバーグだ。
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