第332話 最高の弟子・最高の師匠

 木々の間を駆け抜け、街道から距離を取る俺達。数キロほど街道から離れたあたりで、マリーさんが一点を示して立ち止まる。


「あの辺でよかろう」

「お、いい感じ」


 マリーさんが見つけた場所は、家一軒分くらいの広さの林冠ギャップだ。石なんかもそこまで転がってはいないし、かなり過ごしやすそうである。


「晩御飯、どうしよっか。一応インベントリに用意はあるけど……」

「それはいざという時のために残しておいたほうがよいじゃろうな…………ふんっ」


 ――――シュパッ


 そう言いながらマリーさんが右手を勢いよく横に振る。


「ピギャッ……」


 ドサ、と何かが倒れる音がした。『パッシブ・ソナー』の索敵範囲から小さい生命反応が消える。


「森ウズラか」

「焼き鳥になるね」


 細く絞って実体化させた魔力針を放って一撃で獲物を仕留めるマリーさん。このくらいのことは俺達にとっては朝飯……ならぬ夜飯前だが、こうやって見ている分には結構カッコイイな。


「割と大きいの。半分は煮込み料理にするか」

「あ、俺あの特製ホワイトシチューが食べたいな。昔修行してた時に作ってくれたやつ」

「あれか。確かに妾の得意料理ではあるが……ミルクはあるのか?」

「あるよ」


 インベントリの中に一〇〇リットル近く貯蔵してある。時間停止機能付きで劣化しないからこそできる荒技だ。


「まあそのくらいの物資の消費なら構わんか。……どれ、では早速作ってやろう。お主は寝床の設営を頼む」

「了解だよ」


 設営といっても、簡易野営ハウスをインベントリから取り出して地面に設置するだけだ。整地作業を含めても、ものの数十秒で終わる作業である。


「終わった」

「は、早いの……。では、こっちを手伝ってくれ」

「はーい」


 血抜きと羽毛をむしり取る作業に勤しむマリーさんの隣で、コンロの用意と火熾しをする俺。メイの作ってくれた『エレメンタル・バングル』のおかげで土属性魔法が使えるようになったので、キャンプ場にあるような立派なコンロだって簡単に作れてしまうのだ。


「ほう、属性魔法か。随分と器用なもんじゃの」

「もうこの『エレメンタル・バングル』にもかなり慣れてきたよ。魔力を緻密にコントロールする技術は応用の幅が広いね」


 魔法とは、結局のところ魔力の操作にすぎない。基本ができていれば、応用は意外と簡単なものだ。


「テレジアを思い出すのう」

「母ちゃんを?」

「うむ。昔、あやつが妾の下で修行をしておった時も、こうしてシチューを作ってやったものじゃ」


 そういえば、マリーさんは母ちゃんのお師匠でもあったな。実に親子二代にわたってフレンスブルク(母ちゃんの旧姓だ)の血はマリーさんの世話になっているわけだ。


「テレジアは生命魔法が使えたから、森での生活はかなり楽じゃったな」

「周囲一帯が味方みたいなもんだからね」


 動植物――――とりわけ植物を操るのが得意な『新緑の魔女』の二つ名を持つ母ちゃん。この前実家に帰ったら、その才能は妹のロゼッタにちゃんと引き継がれていたようで嬉しくなってしまったお兄ちゃんの俺である。


「あやつは魔法に関しては一種の天才じゃったからの。おそらく才能だけなら妾よりも上だったやもしれん」

「そうなの?」

「うむ。新しい魔法の習得速度が尋常ではなかった。……惜しむらくは、戦略級魔法士になるには最大魔力量と最大瞬間出力があと一歩足りなかったことかの」


 母ちゃんの魔力量は、確か三五〇〇だかそのくらいだった筈だ。今の俺の魔力量が九万ほどあるので、その二五分の一くらいと言ったらかなり少なく感じるかもしれない。

 もっとも、三〇〇〇の大台に乗るだけで「一〇年に一人の天才」と形容されるような世界なので、三五〇〇でも充分以上に凄いんだが。実際、皇国でも有名なA+ランク魔法士なわけだしな。

 それに現在では、かつてメイと俺で開発した魔力タンクがあるから、実質魔力量の問題は解決しているといっていい。皇国の国際的軍事プレゼンスが近年さらに上昇している背景には、新兵器の開発以外にもそういった要素は多分にある。

 ただ、瞬間最大出力に関してはどうしようもない話だ。たとえ魔力が無限にあったとしても、これが大きくなければ大威力の魔法は使えない。そこが戦術級と戦略級の大きな差の一つでもある。


「その点、エーベルハルトの魔法は……発想とかセンスは独特で光っておるが……その、なんじゃ。才能に関しては割と凡庸じゃの」

「やっぱりそうだよねぇ〜! わかってたけど悔しいな……」


 俺が皇国最強格と呼ばれるまでの強さを手に入れられたのは、ひとえに【継続は力なり】という固有技能があったからだ。努力が必ず報われるこの異能がなければ、今頃俺は名門北将家のボンクラ次期当主として(悪い意味で)その名を馳せていたに違いない。

 チート級の異能と、マリーさんという偉大な師匠に恵まれたからこうして立派な魔法士としてやっていけてるわけで、本当運命の巡り合わせには感謝するしかないな。


「じゃが、お主は常人を遥かに超える努力を続けてきた。それは師匠である妾が一番よく知っておる。今までそこそこの数の人間の面倒を見てきたが、お主が一番教え甲斐のある弟子じゃ。そこは誇ってよいぞ」


 いつになく師匠らしい優しい顔で俺を見つめてくるマリーさん。二人っきりの時にしか見せてくれない、超絶激レアの表情だ。


「そうさ。才能は凡庸でも、強さだけなら俺はマリーさんの弟子の中で一番だもんね!」

「強さだけではない。人格やひたむきさも妾は評価しておる」

「……急にそんなふうに褒められると照れるんだけど」


 どうした。今日のマリーさんは様子がちょっと変だぞ。故郷に帰ってきてナイーブになっているのか?


「妾は嬉しいのじゃ」

「嬉しい?」

「うむ。目を掛けていた愛弟子が、こうして妾と一緒に皇国の命運を左右するような重要な任務に就けているということが、限りなく嬉しい。自覚が無いようじゃから言っておくが、これは最大限の師匠孝行じゃぞ」

「マリーさん……」


 妖精さんみたいに可愛かったり、姉のように優しかったり、中将という大物軍人らしく鬼のように強かったりするマリーさんだが。


「エーベルハルト」

「ん、何。マリーさん」

「お主は最高の弟子じゃ」


 ――――今は世界で一番素敵な俺だけのお師匠様だ。


「……マリーさぁあああん! 大好き!」

「はぅえっ!? あぅ、す……好き、じゃと!? ば、バカモノが。そそ、そんな言葉を軽々しく言うものではない!」

「だって、本当のことだもの。俺が最高の弟子だとしたら、マリーさんは俺の最高のお師匠様だよ」

「…………そうか。まあ、そうじゃよな。当たり前じゃがこの文脈におけるはそういう意味じゃよな」

「マリーさん?」


 まさか……マリーさん、そっちの意味で捉えちゃったかな? かな!?


「マリーさーん?」

「うっさいわぼけ!  ……っのたらしが」

「なんだって?」

「なんでもないわ! さっさとシチューでも食え!」

っっっっつ!!」


 マリーさんめ、できたて熱々のシチューをたっぷり掬ったスプーンを俺の口にぶち込んできやがった! いくらお師匠様といえど、看過できない所業だ。許すまじ!


「あーあ! なんかもうしんみりしておったのが馬鹿らしくなってきたの! まったく、お主といるといつもこうじゃ」


 そうは言うものの、満更でもなさそうな顔をするマリーさん。かくいう俺もこういう気兼ねないやり取りが結構楽しかったりする。舌を火傷させられたのはマジで許さんが。


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