第161話 第三皇子 フリードリヒ殿下
「それではクラス分けの発表になります。クラス毎に氏名と学籍番号を昇降口前と中庭、正門前の三ヶ所に掲示してありますので、ご確認の上で各自自分のクラスへと向かって下さい。集合時刻は11時となります。それでは解散して下さい」
「ぬわー、疲れたなぁ」
ステージ下の控えスペースで小さく呟いて背伸びをする俺。だらけた様子は周りからは見えていない筈なので、安心して
やはりと言うべきか、首席の人間は毎年のようにものすごく注目されるようだ。それも学院生だけでなく、教師や学院外の人間からも、である。加えて俺の場合はかの有名な北将家出身に、『白銀の彗星』だ。属性盛り盛りが祟って、連日街中を歩くだけで注目の嵐であった。
野次馬だけではない。店員やら新聞記者やら吟遊詩人やらがこぞって俺の一挙手一投足に注目してくるので、熱が冷めるまでまともに外を歩けないと覚悟したほどだ。
ほどなくして「
✳︎
「まあ、Sクラス以外ありえないよね」
「とはいってもクラス分けなんて、ホームルームと行事の時くらいしか意味をなさないじゃない」
「そもそも魔法研究科と魔法科が
魔法学院には、一応クラスというものが存在している。しかし前世の日本の学校であったような「クラス毎にお勉強」といったシステムは存在しない。魔法学院は、学科毎に決められたカリキュラムの範囲内で自由に履修を組める、単位制の学校なのだ。
そのため、平日の朝に毎日行われる20分くらいのホームルームと、毎週特定の曜日の一時限目に行われる学級活動の時間以外は、基本的に各自が履修している授業の教室にバラバラに向かうことになる。つまり、ほとんどクラス分けが意味をなさない。だからこそ、こうしてリリーやメイが謎に包まれたシステムに辛口コメントをしているという訳なのである。
「履修要項を見る限りにおいては、どうも所属してるクラスによって履修できる授業が変わってくるみたいだよ。特に定員が少ない演習系の授業なんかだと、抽選でけっこう有利になるみたい」
ここでも実力社会らしい風潮が幅をきかせているようだ。ただまあ、実力の伴わない人間がハイレベルな授業を受けてもいまいち効果が認められないという現実には文句のつけようもない。実力別にカリキュラムを少しずつ変えていくことで、成績優秀者を更に伸ばすのと同時に学生全体のボトムアップも図るという、流石は皇国トップクラスの教育機関だと感じざるを得ないシステムだった。
「なるほどね……」
「そういう裏があった訳ですか。効率的なシステムでありますな」
クラス分けシステムに納得がいったのか、うんうんと頷いているメイ。そのほっぺたをぷにゅぷにゅしながら、俺は二人に告げた。
「さて、幸い三人とも同じクラスになれたことだし、教室に向かおうか。いつまでもここにいても邪魔になるだけだしな」
「そうね、いきましょ」
「いふであいまふ」
メイのほっぺたはもちもちしていてたいへん触り心地が良かったとだけ記しておく。
*
一年S組のホームルーム教室は、一号棟の一階の一番奥に位置していた。階段を上らなくてもいいのは助かった。朝から三階も四階も上り下りするの面倒だからな。とはいっても授業の度に移動しなければいけないことに変わりはないので、あくまで気休めでしかないのだが。
教室に入ると、既に数名の学生が席に着いていた。これが前世の学校であれば知り合い同士で固まっているのが普通なのだろうが、ここは皇国最難関の魔法学院だ。そう簡単にお仲間同士で受験して合格できるような学校ではない。しかもここは最上位クラスのSクラスなのだから、なおさらだ。入学初日のSクラスは俺達以外の全員が初対面同士らしく、教室内はシーンとしていた。
「これ、俺達だけ浮いてない?」
「知り合い同士でいるのが私達だけだものね」
「めちゃくちゃ見られているでありますな」
首席の俺に公爵令嬢のリリー、そして座学首席のメイの三人組だ。これで注目されない方がおかしい。
「あ、ハンス」
適当な席に座って駄弁っているとハンスが教室に入ってきた。入試成績五位の彼もまた、当たり前のことながらSクラスのようだ。
「エーベルハルト! スピーチ見てたよ。流石だね。ぼくも触発されて頑張ろうって思えたよ。……あ、リリーさんもこんにちは」
「こんにちは。一年振りかしら? ここでも一緒になったわね。よろしく」
「うん、よろしくお願いします。それで、そちらは?」
ハンスがメイの姿を認めて訊ねてくる。メイは魔の森の修行にはいなかったし、ハンスとは初対面になるからな。全体の首席と違って座学単体での首席では広く顔が知られているということもないし、ハンスは彼女のことを知らなかったようだ。
「私はメイル・アーレンダールという者であります。ハル殿の幼馴染です」
「アーレンダールって、あの?」
「ええ。アーレンダール工房は私の実家でありますよ」
近年、急速に規模を拡大し、皇国中にその名を馳せているアーレンダール工房。宮廷魔法師団をはじめとした、皇国軍でもアーレンダール工房製の武器や装備が一部で使われていることもあり、父親が宮廷魔法師団員のハンスは名前を知っていたようだ。
「三人は幼馴染なんだね」
「そうなるね」
幼少期から共に過ごしてきた二人と、こうして同じ学び舎で机を並べることができるのはとても幸せなことだ。
それからしばらく四人で会話していると、ふと教室の空気が変わった。張り詰めている訳ではないが、つい背筋が自然と伸びてしまうような無視できない存在感を感じたのだ。
「ハル君。フリードリヒ殿下よ」
「何?」
教室の入り口に目をやると、これまでの人生で何度か参加したことのある社交パーティーで見かけたことのある顔が現れた。
輝く金髪。すらりと通った鼻筋。比較的小柄ながら、カリスマ的な雰囲気を漂わせる聡明そうで優し気な顔。ハイラント皇国第三皇子、フリードリヒ殿下のお成りである。
「これは、フリードリヒ殿下。こうしてお言葉を交えるのは初めてになりますね。陛下より北将の地位を賜っておりますファーレンハイト辺境伯家が嫡男、エーベルハルトでございます」
「同じくエーベルハルトの婚約者にしてベルンシュタイン公爵家が長女、ヘンリエッテ・リリー・フォン・ベルンシュタインでございますわ」
失礼にならないよう、必要以上に馴れ馴れしい態度を取ることなく、それでいて遠ざけすぎないように絶妙な距離感と声色で挨拶をする俺とリリー。この辺の礼儀作法は実家が貴族なので、幼い頃から徹底的に叩き込まれているのだ。突然の皇子の登場に他の皆が固まっている中、すんなりと望ましい対応を取ることができたのは我ながらよくできたと自分で自分を褒めてやりたい。
俺とリリーの挨拶を受けた殿下は果たして、穏やかな笑顔で朗らかに返事を下さった。
「やあ。噂は聞いているよ。いつも皇国のために尽くしてくれてありがとう。父の代わりにお礼を言わせてもらうよ。ベルンシュタイン、君の父上の働きもたいへん国の助けになっているよ。公爵に直接お礼を言えない代わりにここで伝えさせてもらうよ」
「勿体なきお言葉にございます」
「殿下にそう仰っていただければ、父も喜びますことでしょう」
初めて会話した筈なのだが、もう殿下の醸し出す温かい空気に取り込まれている気がする。これが生まれながらの皇族か。凄まじいな……。
「それと、ここでは身分は関係ないからね。できたら私とは友人として接して欲しいんだ」
「は、恐れ入ります」
「敬語もいらないよ。同い年なのに、むずがゆくなってしまうからね」
「は、しかし」
「私は君達と友になりたいんだ。……駄目かい?」
そう、身長の関係で若干上目遣いになりながら訊ねてくる殿下。ああーもう、仕方ない!
「は、……うん、わかったよ。これでいいかな?」
「うん、ありがとう! これからよろしくね」
そう言って嬉しそうに手を差し出してくるフリードリヒ殿下。その手を握り返しながら、俺もまた挨拶を返す。
「こちらこそよろしく」
「よろしくね、殿下」
横ではリリーも敬語を解いて、フランクに殿下に挨拶をしている。友人が一気に二人もできて、殿下はとても嬉しそうだ。まさか『流水の貴公子』の正体がこんな可愛い男の娘だったとはな……。
これまでは遠くから見ていただけだったので、予想と全然違う殿下の姿に衝撃を受けてしまう。自分の抱いていた殿下像がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じながら、新たな性癖の扉が開いてしまわないよう、両脇の幼馴染二人の存在を強く意識することで理性を保つ俺であった。
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[補足]
いつもありがとうございます。殿下の登場に戸惑われる方がいらしたので補足をば……。
残念ながら(?)彼がヒロインになることはありません! エーベルハルトとそういう関係になるのは女の子だけです。期待された方には申し訳ないです……。
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