第160話 入学式

 春、桜舞う中で、このように盛大に入学式が挙行されましたことを、新入生を代表して感謝いたします――。


 日本の学校ならばそう言うのがセオリーだろうか。しかし残念なことにこちらの世界には桜は無く、代わりにホワイトフェザーという名前の花が春の代名詞となっていた。名前の通り、白い天使の羽根のような美しい花弁が特徴的な、立派な威容を誇る広葉樹である。

 それらがさながら桜並木のように学院の中心部を走る目抜き通りを彩っている様は、既に特魔師団の団員として活動しており、かつ未来の『北将』の内定を実質的に得ていて将来に対する不安が欠片も存在しない俺をして、入学して良かったと思える美しさだった。


 この皇都中心部に位置していながら国内有数の広大な敷地を持ち、皇国の将来を担う才英を育成する名門校では、毎年何十倍もの倍率を無事に突破した精鋭達がはちきれんばかりの期待と僅かながらの不安を胸に、真新しい制服を身にまとって門をくぐる姿が恒例となっていた。もちろん、その新入生達を歓迎する在校生達の姿も、だ。

 そして流石は皇国に冠たる四大学院が一角の魔法学院だ。上級生達の歓迎の仕方もまた、普通の歓迎とはおよそかけ離れていた。


「……へえ。多重連立魔法とはな」

「しかも複数波長同調式よ。流石は魔法学院、段違いの練度ね」

「知識としては難しいらしいことは知っていますが、本当にそんなに難しいんでありますか?」

「うん。異なる波長を持った魔力同士を連動させて一つの魔法式を組み上げなきゃいけないからね。単独制御型の魔法とは訳が違うんだよ」

「うーん」

「何人かで製造箇所を分担し合って精密機械を作る感じって言ったら分かるかな?」

「ああ! しっくり来たであります。確かに技量が揃っていて、かつ円滑なコミュニケーションができていないとかなり難しそうであります」

「そういうこと」


 春なのに陽光を浴びて輝くダイヤモンドダストが空を舞い、それに虹色の光が彩りを添え、大玉の花火が空に打ち上げられる。イリュージョン魔法とでも表現すべき綺麗な歓迎の魔法の数々は、見る人が見ればそのどれもが相当な高等テクニックが必要であるとわかるものであった。


「あれは……学院長像でありますか?」

「らしいな。にしても巨大な……」

「迫力はあるけど、趣味が悪いわね」


 視線の先には、校庭のド真ん中に(おそらく特設で)建造されたと思しき超巨大学院長像が。それを見て、前世の東欧諸国に建てられていたスターリン像やレーニン像を思い出してしまったのは仕方があるまい。

 学院長の掲げる教育理念がイデオロギッシュでないことを祈りつつ、それを見守る教職員達の様子からどうやら巨大学院長像は学生有志のイタズラに近い歓迎記念作品であるらしいことを感じ取って安心する俺。どうやら学院内階級闘争はしないで済みそうである。


「ハル君、そろそろ大講堂に向かわないと。挨拶の準備しないとでしょう」

「ああ……そうだった。やりたくねぇ〜〜……」


 何を隠そう、今年の皇立魔法学院入学試験の首席はこの俺であった。座学も91点となかなかの高得点ではあったが、実技の150点での満点が特に大きかったようだ。結果は二位以下に大きく差をつけて、歴代最高クラスの241点。文句なしの首席である。


 次席は、何と意外なことにリリーではなく、第三皇子ことフリードリヒ殿下であった。得点は座学95点の実技135点。合計230点である。どうやら殿下は座学・実技の両方に秀でた文武両道タイプのようだ。


 次いで、第三位にリリーが来る。座学94点の実技132点で、合計226点。戦闘試験でイマイチ振るわなかったものの、しっかりと他の部分で挽回しているようだ。特に時空魔法の評価が高かったらしい。年が年なら余裕で首席合格クラスの成績である。


 そして四位が、フーバー辺境伯家の才女こと、エレオノーラだ。彼女は221点と、僅差でリリーの後塵を拝していた。ただ、座学は79点と微妙ながら、実技で142点というかなりの数値を叩き出している。実技試験だけなら実質学年二位という、やはり侮れない結果を残してきていた。


 そして毎年特に注目される成績上位5名の最後の一人が、何と意外や意外。魔の森で同じ釜の飯を食った仲間であるハンスであった。合計点数は208点と、他の4名に比べればやや見劣りするとはいえ、平均点が2割を切り、合格最低点が5割であることを考えれば、かなりの高得点ではある。伊達に宮廷魔法師団員を目指している訳ではなさそうだ。ヴェルナーともども頑張って欲しいと思う。


 ちなみに総合および実技の学年一位は俺であったが、座学の学年一位はやはりと言うべきか、メイであった。あの超絶難関の試験を「あの程度」呼ばわりである。さぞ高得点を取っていることだろうと訊いてみれば、まさかの100点満点であった。明らかに捨て問と思しき絶望的な難易度の問題も含まれていた筈なのだが、どうやらその問題ですらメイにとってはお茶の子さいさいであったようだ。まったく、恐ろしい子!

 一方で実技試験では89点とイマイチ結果が振るわなかったらしい。戦闘試験21点、基礎魔法18点とかいうカスみたいな点を取っていながらも89点というボーダーの5割を余裕で超える点を取れていたのは、やはり得意魔法での工学魔法が高評価であったからのようだ。何か強みがある人間は勝つ。そのことが証明された試験でもあった。



 ……とまあ、長々と前置きをしたが、要するに首席合格を果たした俺には、新入生総代の挨拶が待ち構えているという訳だ。そこは皇子がやれよ! と思わなくもないのだが、実力が伴わなければ王侯貴族とて容赦なく落とす学風が売りの魔法学院だ。立場や身分への忖度を期待するだけ無駄というものであった。

 まあ、なんだ。つまりは、決して逃げられないということだ。諦めて腹をくくるしかあるまい。



     ✳︎



「では、新入生総代のエーベルハルト・カールハインツ・フォン・フレンスブルク・ファーレンハイト君。挨拶を」


 司会に名前を呼ばれて壇上に上がる俺。厳かな雰囲気に満ちる大講堂も、この時ばかりは首席の登場にいくらかざわめきが起こる。


「あれが今年の首席か……」

「ファーレンハイトだってさ。『北将』はやっぱり格が違うな」

「聞いたか? 数年前から巷で話題の『白銀の彗星』の正体。どうやらあいつらしいぞ!」

「私、実技試験の会場で見たわ。噂に違わぬ白銀の鎧! どれだけ魔力があったらあんなことできるのかしらね……」

「あれと一緒の学校で学べるとか、なかなか無いチャンスだよね。ぜひお近づきになりたいな」

「でもお貴族さまなんだろ? 俺らみたいな一般人なんて相手にしてくれんのか?」

「さあ……。でも座学で首席だった魔法研究科の人なんか、平民らしいけどあの人のお友達だって聞いたよ」

「へえ……。なら、よくある高慢な貴族って訳じゃないのかもな」


 ちらほらと俺がどんな人間かを窺おうとする発言が聞こえてくるが、大丈夫だよ。俺は庶民的な元日本人だからね……!


 アニメや漫画なら、ここで「俺はテメェら愚民共とは違うんだぜ!」なんて啖呵を切るパターンもあるのたが、社交界の縮図とも言われる魔法学院の入学式で、そんな今後の人生を棒に振りかねない阿呆な真似はしたくはない。家で執事長のヘンドリックに相談しながら書き上げた原稿を広げて、俺はできる限り好青年に見えるよう明朗快活に話すことを意識して朗読を始める。


「…………暖かな風に誘われホワイトフェザーの蕾も満開に花開く中、私達新入生全100名はこうして無事に皇立魔法学院の入学式を迎えることが出来ました。本日は、このような素晴らしい式を……………………」


 下手なことを言って敵を作る馬鹿はいない。そんなものはフィクションの世界だけでいい。

 面白いネタなど挟む余地もなく、つまらん祝辞を述べて、入学式は粛々と進められていったのだった。内容はありきたりなものだったが、噛まなかったことだけは自分を評価したいと思う。




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