第159話 磁力魔法
俺は地面に叩き落とされた無数の鉄扇の一つを慎重に手に取り、ダガーナイフに近付けてみる。
――――キンッ
「ほーん……。まさかこの世界に磁力の概念があったとはな」
俺のダガーは鉄製だ。当然、磁石にはひっつく。そしてダガーにひっついた鉄扇の先にまた別の鉄扇を近づけると、それもまたジャラジャラと鎖のようにひっついていく。
「なるほどな。レベッカさんには磁力を感じ取る力でもあるってことか」
まるでハトのような能力だ。きっと彼女はこれまでの人生で道に迷った経験など皆無に違いない。
さらなる検証として、俺は地面に落ちているたくさんの鉄扇の内、比較的最近に叩き落としたものを選んでタガーに近づけてみる。
――――ギンッッ
「おっ、さっきよりも強くひっつくな」
どうやらレベッカさんの能力は、磁石にひっつく性質のある物質……今回であれば鉄扇に磁力を付与して、それを操る能力なのだろう。物体ではなく磁力自体を操るので、鉄扇を叩き落としまくって一時的に磁力が移った俺のダガーも若干操ることができたという訳だ。
加えて、その磁力は一定時間が経つとだんだんと弱まっていく。一次関数的に鉄扇が増えていくことなく、飛来しては落ち、飛来しては落ちを繰り返していたことからも、それは間違いなさそうだ。
「なるほどねぇ、よく考えてんなぁ〜」
鉄扇を弾くには素手では厳しいから、相手は鉄の武器を使わざるを得ない。その結果、相手の武器には磁力が移り、自分の磁力魔法が影響を及ぼしうる対象となる。最後にここぞというタイミングで相手の武器に干渉してしまえば、隙だらけの相手にドカンと一発決められる訳だ。
「だが俺には効かぬのである」
魔の森でマリーさんに習った1021の魔法が一つ、『分身』。俺は、それを使った攻略作戦を思いついていた。
さて、まずその『分身』であるが、あれは別に自我を持った俺が二人に増える訳ではなく、魔力で俺を
要するに、意識は実質二人分の働きをしなければいけないので、いわば右手で手紙を書いて左手でピアノを弾くに等しい作業が課せられる訳だが、まあ同じくマリーさんによって覚えさせられた『
流石にオリジナルの俺と同じような動きは不可能だが、それでも並みの冒険者程度には負けないくらいにはしっかりと操ることができるのだ。我ながら、化け物みたいな魔法だと思う。つまりあの技を俺に叩き込んだマリーさんは化け物だ。二百年も生きてるし。妖怪マリーである。
さて、肝心の作戦であるが、実はそこまで複雑なものではない。レベッカさんは、俺が魔法の正体が磁力であることに気がついたとはまだ思っていないだろう。それを逆手に取ってやれば良い。
まず、俺が今までと変わらないように鉄扇を叩き落としながら三階に進めば、レベッカさんは最後のタイミングで俺のダガーナイフを操ってくるだろう。ダガーの動きを止められたら、どうやったって隙が生まれてしまう。その役を『分身』に押し付けるのだ。
レベッカさんが感じ取れるのは、あくまで磁力だけ。つまり『分身』の影に隠れつつ、バレないように背後から回り込めば奇襲を掛けることができる。
鉄扇の嵐を潜り抜けるためには鉄製の武器を持っていなければならない。それこそがレベッカさんの狙いだ。はじめの方こそランダムに攻撃を仕掛けていたレベッカさんは、途中からはその磁力の移った武器を目掛けて攻撃を放ってきていたのだ。
「伊達に学科試験も難しい訳じゃないね……」
ただ高火力の魔法を放つだけなら、魔力が多い奴が強いに決まっている。より高ランクの魔法を理解し、かつそれを適切に運用するには一定水準以上の頭脳が必要だからこそ魔法学院の入学試験があそこまで難しいのだということを、俺は今こうして実技試験を受けている中で痛烈に感じていた。
✳︎
「やるねえ! けど鉄扇はまだまだたくさんあるんだよ! ぼくはまだ負けないよ!!」
鉄扇の嵐を処理しつつ三階に上ってきた『分身』を相手に、話し掛けているレベッカさん。そうやって俺を焚きつけて近寄らせ、己の磁力が最大限に発揮できるタイミングでダガーナイフを操るつもりなのだろう。
徐々に追い詰められるようにして『分身』に距離を詰められるレベッカさん。実際、作戦の過程ではあるにせよ一旦は追い詰められているのだから、彼女にとっても賭けである訳だ。
「……ぐっ、もう他に手が…………なんてね」
鉄扇を撃ち尽くした……ように見せかけているレベッカさん目掛けて『分身』がダガーを振りかざした瞬間。彼の持つダガーが大きく外側に逸れた!
『分身』の体勢は大きく崩れる。そしてその瞬間、トドメを刺すべく床に落ちているように見せかけていた鉄扇を『分身』に飛ばすレベッカさん。
しかし、その鉄扇が『分身』に届くことはなかった。
「チェックメイトですよ、レベッカさん」
「………………どうしてあなたが二人いるんだい?」
冷や汗を流してこちらを振り返るレベッカさん。彼女の背中には、王手の『衝撃弾』が突きつけられていた。
✳︎
「『分身』なんて技が使える人を始めて見たよ! あれ確かSランクの魔法じゃなかったかい? いくらぼくが新進気鋭の実力派講師だからって、あんなものを使いこなす人には到底敵わないよ」
試験が終了して、会場から戻る途中の帰り道。俺はレベッカさんと試合のフィードバックならぬ感想会を開催していた。
「いやー、でもレベッカさんも手強かったですよ。特に致命傷を与えちゃいけない条件だと、簡単に相手を吹き飛ばすことができないから。そういう意味では俺もまだまだなんだなって思いました」
「つまり、その気になれば建物ごとぼくを吹き飛ばせちゃうってことだよね……。その台詞を口にしてる時点で既におかしいんだけどね。まあいいや、エーベルハルトくんだったよね。あなたはぼくには敬語を使う必要はないよ」
「どうしてです?」
「だってあなた、ぼくに勝ったでしょう。負けた人に敬語を使われるぼくの身にもなってよ。これでもほとんど負けたことないエリートなんだぞ」
「あー、ごめんなさ、ごめん。挫折した?」
「こんなんで挫折してたまるか! エリートなめんなよ」
そのあとの話を総括すると。
試験結果はすぐには伝えられないが、おそらく俺は実技試験は満点で通過するであろうということ。
合格発表は一週間後に学院内の掲示板に貼り出されるということ。
試験はこれで全て終了なので、帰ってゆっくり休むように、とのこと。
以上の三点を、試験官としてのレベッカさんは俺に伝えてくれた。
続いて試験官ではない、個人としてのレベッカさんのお話だ。
どうやら彼女は四年前に学院に入学して、現在は卒業後一年目の導師過程で学んでいる学生さんなのだそうだ。
ところで「魔法士」という言葉には実は二つの意味があり、一つが「魔法が使える人間」を表す、要するに魔法使いという意味だ。もう一つが「国家や公的機関によって一定水準以上の魔法的実力を有すると認められた、公認の資格としての魔法士」という意味である。軍人や冒険者、学院の卒業生なんかは後者にあたることが多い。
そして公的機関に認められた意味における「魔法士」は、その後もさらに研究・修行を重ねることによって、「魔導師」の資格を得ることもできる。日本の大学の学士と修士、博士のような関係性といえばわかりやすいだろうか。
レベッカさんは、そんな博士号ならぬ導師号を取得するべく、学院を卒業後も講師としての仕事を行いながら、日々研究・修行に励んでいるらしい。
「あなたなら首席入学は間違いないよ! 入学したら、是非ぼくのゼミにおいで! これでも魔法の研究者としてはかなり優秀だという自負があるんだ。むしろ戦闘よりも座学の方が得意なくらいさ。何の因果か、こうして戦技指導教官なんてものをやっているけどね」
こうして俺の、俺達の入学試験は幕を降ろしたのだった。数ヶ月後からの学院生活が波瀾万丈に満ちているような、ほぼ確信にも近い予感を感じて、俺は少々の不安と大いなる期待と、ほんの僅かばかりの諦めのような感情を胸に
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