第158話 レベッカさん

「聞いたよ〜、今年は凄い受験生がいるって! あなたがそうなのかな?」


 およそ教師には相応しくない煌びやかなイブニングドレスに身を包んだ美女――20代前半くらいだろうか。派手な格好の割にはかなり若い――が扇子をパタパタさせながら話し掛けてくる。


 ここは戦闘試験の会場。闘技場・屋内・森林の好きなエリアから会場を選択して、学院の戦技指導教官を相手に試合を行うのが試験の内容だ。勝敗は必ずしも重要ではなく、いかに自分の魔法を使いこなせているか、どれだけ伸び代があるかといった点を評価される試験である。

 だが、俺はこの試験で手を抜くつもりは欠片も無かった。首席を目指しているのだ。全員倒すくらいの気持ちで取り組みたい。


「でも、ここは甘くないよ。頑張ってね」


 パチン、と扇子を閉じて、声のトーンをワンオクターブ下げて告げる美女。何だか格好いいな。俺も「パチン」ってやってみたい……。


 それによく見たら、ドレスの美女が持っている扇子もただの扇子ではなく鉄扇のようであった。なるほど、この人も戦技指導教官という訳か。


「受験番号1851番、エーベルハルトです」

「中・近距離戦闘技能指導教官のレベッカ・ヴァレンシュタインだよ。さて、あなたはどのステージで試験を行うのかな?」

「ンー迷うな。特に得意不得意も無いしな……。あ、じゃあ屋内で」


 理由は簡単。寒いからだ。受験シーズンである今は冬なので、当然お外はとても寒い。たとえそれが皇国の中では比較的温暖と言われている皇都だろうと、冬は寒いものだ。


「ほほおん、ちなみに何故屋内を選んだか訊ねても?」

「外が寒いからですね」

「ほえ? ……っあは、あはは」


 むしろそんな格好イブニングドレスをしている貴女は寒くないのですか、と訊き返したいくらいだ。

 ちなみに冬がクソ寒い準豪雪地帯であるハイトブルク出身なのに何故俺が寒がりなのかという話だが、別に北国出身だからといって冬に強い訳では決してない。むしろ北国は屋内を温かくする工夫が生活のあちこちに生きているので、屋内限定なら皇都の冬の方が寒いくらいだ。

 そもそも、種族は同じ人間なのだ。南部の人間が寒いと感じるなら、北部の人間も寒いと感じるに決まってるだろ!!


「ひーっ、あはははっ」

「いい加減笑うのやめましょうよ。服がはだけて白い綺麗なお肌が見えちゃいますよ」


 俺としては別に全然構わないのだが、正妻リリーがうるさいのでできれば危なっかしい橋は渡りたくないのだ。気が付けば立派に尻にひかれている俺である。


「ごめんね、いやほんとごめんて。ぼくがこれまで見てきた中でも、そんな理由で屋内戦を選ぶ人なんていなかったからさ、つい……。……というか、わかってる? 屋内では弓も、長い剣も、槍も、魔法士が使う長杖すらもまともに使えないんだよ。だから後衛をやることの多い魔法士が特に苦手としがちな近距離戦闘が必然的に求められるんだ。それでも本当にいいのかい?」

「別に近接戦は苦手じゃないので」


 北将武神流を扱う俺はゼネラリストだ。たかだか戦う半径レンジが変わったくらいで弱音を吐いていたら、『北将』の名が泣く。


「そうかい。なら存分に力を発揮できるよう頑張るんだね。……試験官はぼくだよ。よろしくね」

「よろしくお願いします、レベッカさん」

「よし。では会場に行こう」


 それにしてもレベッカさん、ぼくっ娘だったんだな。現実世界で一人称が「ぼく」の女の人を初めて見た気がするね。なかなかどうして新鮮で良いじゃないか。



     ✳︎



「さて、ではルールを説明するよ。まず、相手に致命傷を負わせる魔法は使用禁止だ。だから威力が高すぎると失格になるから注意してね。次に制限時間は10分。たくさんの受験生を見なくてはいけないから、一人一人にあまり長い時間を掛けてはいられないんだ。最後に、事前に提出して認められているもの以外の武器の使用は禁止だよ。さて、何か質問はあるかな?」

「いや、大丈夫です」

「まあ、あなたなら問題ないと思うけどね〜。それじゃあ今から120秒後に試験を開始するからね。建物の指定された開始位置に向かってね」

「はーい」


 レベッカさんと別れた俺は、魔力を練り上げながら開始位置へと歩いていく。試合開始時刻になったら即座に『アクティブ・ソナー』で敵情を把握、そして『纏衣』による突撃力を活かして一気に制圧だ。


「……7、8、9、120。よし、試験開始だ」


 きっかり120秒数えきった俺は、『纏衣』を展開しつつ『アクティブ・ソナー』を最大強度で展開した。自分の潜伏位置を敵に教えるも同然の『アクティブ・ソナー』ではあるが、今回のように突撃戦を選ぶ場合にはあまり気にする必要もない。加えて、使いようによっては相手の魔力酔いを誘うこともできる。魔力波を垂れ流すので消費魔力は地味に多いが、なかなか便利な魔法だ。


「……見つけた。三階か」


 三階の一番右奥の部屋。そこにレベッカさんはいる。

 レベッカさん目掛けて駆け出すと、階段を上って二階に差し掛かった辺りで『パッシブ・ソナー』に急速接近する飛来物の反応があった。


「っ!?」


 ダガーナイフ(今回は魔刀ライキリは封印だ。性能が規格外すぎて試験に使えなかったのだ。インベントリも同じく試験官に預けてある。なので今の俺の武器はダガーナイフと投げナイフだけである)を腰から引き抜いて正体不明の飛来物を弾き飛ばす。

 壁にぶつかって床に落ちたそれは、先ほど見たレベッカさんの鉄扇の一部だった。試験用なので流石に先端は丸められているものの、生身に突き刺さったらかなり痛そうなのは否めない。


「なるほど、あの鉄扇はそういう使い方をするのか……む」


 すると次々に鉄扇の矢が飛来してくる。速度はだいたい低空を飛行するツバメと同じくらい。俺なら反応は難しくないが、連続して飽和攻撃されるとなかなか対処に苦しむスピードだ。


「何回も叩き落としてるのに、明らかに数が多いな。さてはあの鉄扇……複数所持してたな!?」


 叩き落とした破片の一部は既に百を超える。明らかに一つの鉄扇あたりの数をオーバーしているので、何かしらのカラクリがあることは間違いない。


「うわっ、何だこれ」


 一瞬、腕が引っ張られるような感触があり、反応が遅れてしまった。何とか攻撃は叩き落としたが、鉄扇を弾き飛ばすタイミングの時だけ、ダガーナイフがやけに重たい。

 試しに何も無い空中でダガーを振り回してみるが、まったく違和感がないので不可解だ。


 不可解なことはもう一つある。レベッカさんは階段を上った曲がり角のさらに向こう側にいるのに、なぜここまで正確かつ高速に鉄扇を操れるのだろうか。

 『念動力』ではなさそうだ。あれは対象を直接視認している必要がある。同様の理由で、魔力の糸による遠隔操作の線もナシだ。そもそもぐねぐねと入り組んだ部屋の奥から真っ直ぐ糸を伸ばして、しかもそれを操るだなんて不可能に近い。

 何か別のカラクリがある筈。


「……ひょっとして、あれかな?」


 俺は地面に叩き落とされた無数の鉄扇の一つを慎重に手に取り、ダガーナイフに近付けてみる。









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