第79話 初任務
「まあ立ち話を延々とするのも何ですから、まずは実際に任務に挑戦してみましょうか」
そうオイレンベルク准将は言って、俺達について来るよう指示する。
「特魔師団のイロハを教わってこい」
ジェットがそう言うので、俺達は彼の後ろについて行く。
「最近、どうも皇都の治安が良くなくてねぇ」
「そうなんですか」
どこに向かっているのかは知らないが、歩く道すがらオイレンベルク准将が話し掛けてくるので相槌を打つ俺。イリスはコミュ障が発動したのか(それともただの面倒くさがりか)積極的には会話に混じってこないので、その分俺が会話を保たせなくてはならない。
あまりよく知らない年配の人間と初対面で会話を続けるのはどうも得意ではないが、まあ准将も指導役として距離を詰めてくれようとしているのだろう。その辺は流石に理解しているので、別段煩わしいとは思わない。
「ええ。特に西側城壁外のスラム地区。あそこがどうも臭います。厳密には皇都じゃないから行政も何も言えなくてね。ほとほと困っていると中央の文官が
「へぇ……」
こうしてベテランならではの横の繋がりと、そこから得られる情報も決して馬鹿にはできない貴重な経験だ。世代を超えて受け継がれる人脈というのもある訳だし、こうして大先輩に指導してもらえるというのは教育機会という意味で考えればかなり大きな意味を持つのだ。
「皇都の管区は城壁の内側なんですね」
「そうです。壁の外は、言ってみれば非合法な集落ですからね。当然納税もなされていません。なので行政は基本放置ですね」
「まあ、武官でもないのに関わりたくはないですからね」
スラムは危険がいっぱいだ。そんなところに金持ちエリートの文官がノコノコ出向いていけば、身ぐるみ剥がされてハイお終いである。
「そこで特魔師団の出番……とはなりません。通常なら警邏隊がいますから」
「そうですね。ってことは今回は何かあったんですね?」
「察しが良いですね。そうです。今回、君達には初任務としてスラムの調査を命じます。どうも他国から流れてきたと思われる不審な人物が増えているみたいです。上は難民を装ったスパイではないかと踏んでいます」
なんだか急にキナ臭くなってきたな。他国のスパイか。まだそうと確定した訳ではないが、もしそうだとしたら戦いは避けられないだろうな。こりゃ治安が悪化すると分かっていても行政が手を付けられない訳だ。
「あと、最近スラムの生活水準が向上していることが商業ギルドの報告からも分かっています」
一見すると良いことのように思えるが、こういう言い方をするということは裏があるということだ。
「……それは?」
「何者かの支援か、あるいは闇取引が行われている可能性がありますね。まあ、端的に言ってしまえば、貧困層を金で抱き込んで都合の良いように煽動しているという訳です」
……何だか、どこかで聞いたような話だな。その結果スラムの住人が厄介な活動家になったりでもしたら目も当てられない。
格差を無くすことができない以上、スラムが生まれてしまうのは非常に残念な話だが、だからといって非合法な状況を見過ごす訳にもいかない。それとこれはまた別の話だ。国は彼らスラムの住人に職業訓練を施すなり仕事を斡旋するなりして自立支援はするべきだとは思うが、犯罪を野放しにすることは認められない。そんなもの認めてしまえばキリがないからだ。
同情の余地はあるかもしれないが、悪は悪としてしっかりと断罪することも社会の統治には必要なことだ。次期ファーレンハイト家の当主である俺はそう考えている。
「初っ端からこんな任務で嫌になりますか?」
「いえ、全然」
「むしろやりがいを感じる」
ここで珍しくイリスが会話に参加してくる。ずっと聞いているだけだったのに、どうしたんだ?
「私の故郷でもスラムが凶悪犯罪の温床になっていた。昔、それで罪のない子供が殺されて問題になったことを覚えてる」
「それは何とも痛ましい事件だな……」
「仕事がしたくてもできない人もいる。けどそうじゃない悪い奴もたくさんいる。スラムはそういう奴ばっかり」
厳密には元犯罪者が多い。刑期を終えて牢から出所してきても、まともな仕事に就こうとしないので結果的に犯罪に手を染めるパターンが多いのだ。
ちなみに持病や怪我などで働きたくても働けない人はどうするかというと、社院で下働きをするケースが多いようだ。神官とは違うが、社院の業務を支えることで生活を保証してもらえるようである。逆に健康な人はその手の仕事には就けない(就こうと思ったら神官にならなければいけない)ので、きちんと受け皿は存在しているのだ。
「まあ、ほとんどの人間は出所後はちゃんと反省して真面目に働いていますよ。冒険者なんかに多いですね」
冒険者は良くも悪くも実力のみが評価される世界。評判が悪かろうが信用が無かろうが、実力があって獲物を狩ってこれるなら充分生きていけるのだ。その点はフェアでとても良い職業だと俺は思っている。
「さて、世間話をしている間に西門に着いてしまいましたね」
「ええ」
西門。ハイラント皇国のほぼ中心に位置する皇都から西方へと向かう時に利用される、北西地方への玄関口である。利用者はとても多く、数多くの旅人や商隊が列をなして入城審査を受けている光景は一種の風物詩となっていた。
そんな西門だが、城壁沿いに1〜2キロほど南に進むと様子は一変する。
暗い物陰。雑多な建物。漂う異臭にそこら中に転がる謎の廃棄物。まさしく「退廃」といった表現が相応しいスラム街が広がっているのだ。
スラムの人口は数百人。人口が100万近い皇都からすれば非常に小さな規模だが、それでも数百人の犯罪者集団というのは市民にとってはなかなか脅威だろう。皇国はまだ良い方で、隣国の公国連邦なんかだとスラムの人口は万単位でいるそうだ。もはや町と呼んでも差し支えないような規模だが、そういう現実も他国にはあるようだ。
「お勤めお疲れ様です」
「そちらこそお疲れ様です」
オイレンベルク准将が門番の衛兵と挨拶を交わしている。准将からすれば門番など下っ端もいいところだろうに、こうしてきちんと(所属こそ違えど)部下にも丁寧に接するのだから立派な紳士だ。俺もこういう気高くも気配りを忘れない紳士になりたいものだ。
「さて、それでは行きますか。準備はよろしいかな?」
「はい」
「ちょっと不安」
俺は実戦経験豊富だから何の問題も無いが、戦闘に関しては完全に素人のイリスは少々不安なようだ。
「では私はシュタインフェルト曹長のカバーに回ります。不測の出来事への対応はハルト曹長に任せましょうか」
「わかりました」
「お、お願いします」
こうして俺達の初任務が始まったのだった。
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