第75話 新技『烈風』

「始め!」


 ジェットの合図と同時に『纏衣』と『将の鎧 -白銀装甲イージス-』を展開する俺。心臓が拍動する度に一段、また一段と全身に力がみなぎり、視界が冴え渡っていく。と同時に【衝撃】の魔力を帯びた白銀色の魔力の巨人が俺の全身を包み込んでいく。


 そしてジークフリート大尉もまた、合図と同時に飛び込むことはなく、両腕の手甲ガントレットに仕込まれた刃を展開して、この世界では比較的珍しい雷属性の魔力を纏わせ始めた。刃渡り30センチほどの刃が徐々に帯電していくのがわかる。

 ――バチバチ……と音を立てて、青白く刃が明滅し出す。


「……『雷光』と言うだけあって、珍しい雷属性とはな」

「オレの雷は速え。ナメてっと火傷すンぞ」

「騎士相手に嘗めてかかるほど弱くも強くもないよ」

「まだガキなのに慢心しねえのは褒めてやる。……だがそれだけだ。刺す!」

「穏やかじゃないなぁ〜!!」


 雷属性の魔力による『身体強化』の特徴は、とにかく素早いことが挙げられる。パワーは普通の『身体強化』と変わらないが、神経伝達速度が桁違いに上昇するため反射神経と運動神経が異常に活性化するのだ。

 二つ名が「雷光」というくらいだし、実際かなり速いのだろう。


 まだお互い開始線から動いていないので、遠距離からスタンドオフ攻撃を仕掛けてやろうと『衝撃弾』を放とうと思った瞬間。


 雷光を纏った刃が目の前に迫っていた。


「……ッ!!」


 ――――バヂヂチチッッ!!


 間一髪、『将の鎧 -白銀装甲イージス-』の展開が間に合い、攻撃を防ぐことに成功する。あまりの速さに反応することができなかった。

 紫電を纏う刃は、厚さ1メートルはある魔力の壁に深々と刺さっている。刃の長さ分まるまるだ。つまり『将の鎧』は奴の攻撃を全く防げていない。


「……へぇ、やるじゃねえか」


 冷や汗が背中を流れ落ちる。全く反応できずに、ただ『将の鎧』の厚さだけに救われた形だ。

 ……いや、厳密には視認自体はできていた。だが身体が全く追いつかなかった。


 こいつは――『雷光』は


 それだけではない。一見地味な今の攻撃は、全防御系魔法の中でもトップクラスの防御力を誇る『将の鎧』、それも上位互換版の『白銀装甲イージス』の装甲を易々と貫いた。

 総合的な破壊力・威力はともかく、貫通力に関しては奴の攻撃は皇国最強クラスだろう。


「初見で防がれたのはそこの団長以来だぜ」

「ジェットはこれを防いだのか……」


 ノリと勢いだけで生きていそうな脳筋ジェットだが、こと戦闘センスに関して言えばピカイチだ。それは実際に刃を交えた俺だからよくわかる。魔の森近くで戦った時はお互い最後まで力を出し切っていなかったとはいえ、それは別に本気でなかったという訳ではない。お互い様子を探りつつ全力の出しどころを窺っていたのだ。

 結局、ジェットが俺の正体に気が付いてくれたおかげで事なきを得たが、もしあのまま戦闘を続行していたら、あるいは負けていたのは俺だったのかもしれない。あの状況である程度優位に戦闘を進められていたのは奇跡に近いのだ。


 そして、そんなジェットがかつては『雷光こいつ』の初見殺しを防いでいるという事実は、俺にジェットの特魔師団団長としての凄さを再認識させると同時に、一筋の光明を見出す切っ掛けを与えてくれていた。


 ジェットはパワータイプの戦士だ。スピードも技術もトップクラスだが、やはり彼の戦闘スタイルを一言で表現するならば「怪力」こそがもっとも相応しい。決して「柔よく剛を制す」や「相手よりも更に速く」といった搦め手タイプではない。そんな彼がジークフリート大尉の超速突撃を防ぐことができた理由。それはすなわち————。


「——『浮遊機雷エア・マイン』」

「ぐゥッッ……!」


 どうやら俺の読みは当たったようだ。再度突撃してきたジークフリートが俺に攻撃を加えようとした直前に、俺が最小限の動きで設置した据置型衝撃弾エア・マインは見事、ジークフリートの突進攻撃を防ぐと同時に奴にダメージを与えることに成功した。


「ははァ、やはり気付いたか!」


 ジェットが腕を組みながら野次を飛ばしてくる。チラリと見えたその顔は心底面白いといった笑みで歪んでいた。


 そう、なぜ搦め手タイプでないジェットがジークフリートの攻撃を防ぐことができたのか。それは


「ッソ……。なかなか痛ェ一撃だったぜ……」


 ————『浮遊機雷エア・マイン』。『地雷原』の応用で、待ち伏せるように空中に『衝撃弾』を設置するこの技は、威力こそあまり高くないもののカウンターに持ってこいの技であった。これもこの数年間で開発した技の一つで、今回のような自分よりも速い敵を相手にする時のために開発しておいた技である。


「……『雷光』さんよ。俺はまだ全くダメージを負っていないぞ」


 皇国騎士とやらが、この程度で終わる筈がない。より見せ場を作り、激しく戦えるように俺はジークフリートを煽りにかかる。

 そしてその煽りは見事に響いたようで、ジークフリートはこめかみをヒクヒクと震わせて静かにブチ切れた。


「……ガキィ、『彗星』だか何だか知らねえが、あんま調子に乗ってっと痛い目みんぞ」

「見せてくれるのなら喜んで見させてもらいたいね」


 我ながらいやらしいとは思うが、これも合格のためだ。戦闘をもっと激しくして、俺の見せ場をたくさん作らなきゃいけない。

 後で謝ろう、と心に決めながら、俺はようやく腰に差していた魔刀・ライキリを抜いて構える。奴が突進してきて再びバランスを崩したところで「ズバッ」だ。


「……百回殺す!」


 既に一度死んでるんだよなぁ、とか思いながら俺は再び『白銀装甲イージス』を全開にして『浮遊機雷エア・マイン』を敷設する。


 しかし奴も伊達に皇国騎士をやっている訳ではない。そう易々と同じ手を使わせてはくれないようだった。


「ッシャオラァ!!」


 両腕の手甲ガントレットを胸の前で交差クロスさせて再び突進してくるジークフリート。相変わらず目で追うのがギリギリのハイスピードだ。


「さあ、『浮遊機雷エア・マイン』をどう躱す……? ————な!」

「甘ェェエエエエんだよ!!」


 まず、ジークフリートの右手の攻撃が振るわれて、『浮遊機雷エア・マイン』が掻き消される。続いて目にも留まらぬ刹那のタイミングで、懐に飛び込んできたジークフリートの左刃が俺の『白銀装甲イージス』を斬り裂かんと振るわれた。————今度の刃は長い。30センチの実体の刃から伸びるようにして展開された、紫電まりょくの刃が俺の装甲を斬り裂いてくる!


「っおおお!」


 足から自ダメージ覚悟で衝撃波を放って無理やり距離を取るとこでギリギリ躱すことに成功するが、頬が少しだけ斬られてしまった!


「——っはああ!」


 思わず息が止まる。全く、恐ろしいスピードだ。刃先だけなら数百キロ近く出てるんじゃないのか?

 それにしても驚いた。まさかカウンター技を使われた次の攻撃でいきなりカウンター破りの攻撃を編み出してくるとは。しかも二撃目の威力を更に増してきており、攻撃半径が伸びているときた。その分消耗も激しいようだが、今みたいに短時間に一撃だけ使用するのであれば何度か使う分には問題がないようだ。

 流石は皇国騎士。強い。


「どうだ!? 流石はオレ様! どんな敵でも必ず貫いてやるぜェエ!」

「……実際、お前は強いよ。めちゃくちゃやりにくい。速さが売りの北将武神流をここまで翻弄するんだから」


 北将武神流は確かに速いが、武神流の強みは速さだけではない。常人を遥かに超えるパワー。老練な達人をも斬り伏せる技術。どんな敵にも対応して相手を翻弄する豊富な技。それらが巧みに作用しあって一つの芸術作品のように全体を形作るのが北将武神流なのだ。

 わば究極のオールラウンダー。ゼネラリストを極めた姿がそこにはある。


 対して、ジェットやジークフリートは、純粋なパワーやスピードのただ一点のみにおいて、他の追随を許さない凄さがある。一つの特技を極めた彼らは、謂わば究極のスペシャリストだ。


 そしてそんなゼネラリストである俺とスペシャリストが、同じ一つの土俵で戦えばどうなるか。答えは言わずもがな、スペシャリストの勝利だ。

 だから俺のようなゼネラリストは本来、スペシャリスト達と同じ土俵で戦ってはいけない。戦わせてはいけない。そのためのオールラウンダーであり、北将武神流なのだ。


 しかしオヤジを超えたとはいえ、俺にはまだそれを上手く成し遂げるだけの実力が足りない。その点においてはまだ俺よりも随分と先を行くオヤジならやるのだろうが、俺はまだその領域に達してはいない。

 俺にできるのは、ただのゴリ押し。それだけだ。


 ————だが、今はそれでいい。どんなに怪力だろうと、どんなに速かろうと、俺には誰にも負けない究極の「魔力」がある!

 俺は魔刀・ライキリを納刀して、大声でジェットに断りを入れる。


「……ジェット、先に謝っておく。すみません! でも負けたくない! 被害は最小限に抑えるけどもし壊れたらゴメンね!!」

「え? ま、待て! エーベルハルト、お前何をするつもりだ!?」


 俺は『飛翼』を展開し、演習場の天井付近にまで浮かび上がる。


 『衝撃弾』は避けられるか斬られるかで通用しない。格闘戦も同様。速さでは奴を捉えられない。

 ————ならば絶対に避けられない面の攻撃で一網打尽にすればいい。点の攻撃に比べれば威力は落ちるが、俺の膨大な魔力を一気に注ぎ込めば充分ジークフリートを倒せる威力になる筈だ。


 俺は空中で『白銀装甲イージス』を右手のみに集中させ、限界まで魔力を込める。『白銀装甲イージス』は『将の鎧』と【衝撃】の複合技。膨大な魔力を蓄えた右手が白銀色に光り輝き、溢れ出す衝撃波が演習場の空気をビリビリと振動させる。


 ……そして余波で演習場を破壊しないよう、せめてもの配慮で拳を地面に向けて、たった今考えた新技を放つ!


「————『烈風』!!!!」


 ————ドゴォォオオオオオオオオッッッ!!


 目を開けていられないほどの凄まじい暴風が吹き荒れ、俺史上最大規模の衝撃波が地面で俺を迎え討とうとしていたジークフリートを吹き飛ばす!


「————————ッ!!」


 呻き声は聞こえない。


 やがて煙が晴れ、地面に降り立った俺の目に入ってきたのは、直径10メートルはありそうな巨大な陥没穴クレーターが空いた演習場の地面と、クレーターからやや離れたところで白目を剥いて気絶しているジークフリート、そして皆一様にあんぐりと口を開けて呆けたようにこちらを見詰めている試験官達の姿だった。


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