第76話 結果発表

 演習場の土煙が晴れ、目に入って来たのは呆然とこちらを眺める試験官達の姿。陥没穴クレーターの中心部からやや外れたところには白目を剥いたジークフリートの姿がある。


「……や、やめ! 急いでジークフリート大尉の状態を確認しろ!」


 ジェットが試験官達に指示を出してジークフリートの容体を確認する。


「脳震盪の症状に骨折やひびが複数見られますが、他は問題ありません」

「直撃は避けたか。流石は最速の男だな……」


 どうやら命に別状は無いようだ。というか、俺としても殺意があった訳ではないのでそれは当たり前なのだが。

 しかしジークフリートの凄いところは、あの面攻撃のダメージを最小限に済ませようと、爆心地からやや外れた位置にまで一瞬で退避していたことだろう。おかげで想像よりもよっぽど少ないダメージしか彼は負っていなかった。


「しかし、ジークフリートにも避けられない攻撃とはな」

「え?」


 ジェットがぼそっと呟いたのが聞こえてきたので、俺は訊き返す。


「お前にまさか範囲攻撃の手段があるとは思わなかった。近接、防御、遠距離に加えて範囲攻撃か。もう人間要塞だな」

「に、人間要塞って」


 そんな大層なものじゃないと思うけどな。俺よりも速い人、俺よりも火力の高い人、俺よりも打たれ強い人はまだそれなりに存在している。特に特魔師団クラスになってくると、そういう連中はゴロゴロ転がっていたりする。

 ……だが、そんな彼らをも超えてもっと強くならなければならない。魔人の噂もあるし、もしかしたら将来的にどこかの国と戦争が起こったりするかもしれない。ここは平和な世界ではないのだ。一丁「人間要塞」を目指してみるのもありかな、と実技試験を終えて疲れた俺はひとつ深呼吸しながら思うのだった。



     ✳︎



「……それでは面接は以上になります。お疲れ様でした」

「はい、ありがとうございました」

「結果発表は17時から行いますので、それまでは施設内でしたら自由に過ごしていて構いません。何か質問は?」

「いえ、大丈夫です。失礼します」


 面接官に礼を言って、俺は面接室を出る。色々と質問されたが、まあつつがなく答えられた筈だ。面接は合格基準には達しているとみていいだろう。


 試験結果に想いを馳せながら廊下を歩いていると、中庭に通じる扉があったのでチラリと覗いてみる。


「あ」

「ん、おつかれ」


 どうやら先客イリスがいたようだ。彼女は清々しいまでの真顔で、小さく手を振って挨拶してくる。


「よっ。面接どうだった?」

「んー、わからない」

「そりゃそうだよな。でもあれだけ凄い魔法があるなら、よっぽど人格か思想に問題が無い限り落とされはしないだろ」


 宮廷魔法師団や近衛騎士団のように対外的な面子も重んじる師団ならともかく、特別魔法師団はどちらかと言うと実戦に出てナンボなところがあるので、一番肝心な要素である実技試験の点が高ければ受かると思うのだ。

 現に、ジークフリート大尉みたいな危ない奴がいるのだし。コミュ力に自信が無くてもそこまで心配はいらないと思う。


「ハルトの魔法もすごかった」

「ン、ありがとう」


 『烈風』を使うのはぶっつけ本番だったが、我ながらなかなか良い技だったと思う。


「興奮した」

「そ、そう」


 まったく興奮したように見えないのは、やはり表情筋が乏しいからだろうか?


「ハルトは間違いなく受かる。流石、団長が推薦しただけはあると思う」

「まあ、落ちる気はしないかな」


 むしろ俺を落とすなら誰が受かるというのだろうか。自己肯定感高めにいこうぜ。


「私は微妙」

「筆記3割がネックだよなぁ……」


 見た感じ俺とほぼ同い年っぽいし、12歳程度で皇立学院の問題を解けというのが難しいのは理解できる。小学生に難関高校の入試問題を解けというようなものだ。よほど頭のいい子じゃないと厳しいだろう。3割でも取れれば充分優秀な方だ。


「イリスはなんで特魔師団に入ろうと思ったの?」

「……私の家は下級士族だから」


 士族とは、貴族を先祖に持つ平民の通称だ。身分的には平民に分類されるが、生活水準や社会的地位なんかは普通の平民よりもそこそこ良かったりする。有力な士族なら諸侯の陪臣として、没落した下級貴族をも上回るような権勢を誇っていたりするくらいだ。「兄に継承権を譲って弟は貴族籍から分離した」といったように、場合によっては爵位の継承権も持っていることもあり、その時は貴族に成り上がることができるのでやはり普通の平民とは格が違うのだった。

 そして彼女の言う下級士族とは、士族の中でも限りなく平民に近い人達のことをいう。没落した士族と言い換えてもいい。商人や職人のように代々続く家業があるわけでもなければ農民のように先祖から受け継いだ土地があるわけでもない。加えて上級士族のように主君から俸禄を得ている訳でもない以上、自分の力だけで仕事を見つけ、そして稼ぐ必要があった。

 士族は武術の心得があったり、ある程度の教養を修めていることが多い。なので大抵の場合、就職先は軍であったり、文官であったりするようだ。イリスの実家の場合はそれが軍であったらしい。


「でも我が家は決してエリートではないから。父さまは騎士団の小隊長だし」


 騎士団は皇国軍の中でも上位の部隊だ。たとえ平団員だったとしても、通常の兵隊よりかは良い生活ができるだろう。ただ、三大師団のようなエリートかといえばそういう訳でもない。せいぜい平均よりは上といった程度だ。


「でも士族なら、やはり出世はしたい」

「名誉を重んじるのは貴族と変わらないってことだな」

「そう。私には赤い血と青い血の両方が流れている」


 庶民として慎ましく暮らしながらも、貴族としての夢を追い求めずにはいられない。そんな不器用な生き物が士族ってヤツなのかもしれないな。

 まるで日本の武士みたいだな、なんて思ったりしなくもない。


「出世するなら、イイとこの坊ちゃんと結婚するって手もあるんだろうけど……」

「政略結婚は絶対にイヤ」

「だよな」


 貧乏な下級士族は、金銭的な援助を得るために豪商などに娘を輿入れさせたりすることもあるようだ。ただ、士族上がりの嫁など豪商からすれば身分コンプレックスを刺激される目の上のたんこぶでしかない。散々姑などにいびられ、精神を病むこともよくある話なんだそうな。


「何というか……俺が言うのも変だけど、受かるといいな」

「うん」


 柄にもなく、彼女は緊張しているようだった。

 ……というか緊張するくらいなら筆記試験の前に寝なけりゃよかったのに……。



     ✳︎



「それでは結果発表だ。覚悟は良いか」

「うん」

「は、はい」


 指定された時刻になり、俺とイリスは筆記試験の時の部屋に戻ってきていた。正面にはジェットが書類を脇に抱えて立っている。他に人はいないようで、やや緊張した空気が流れていた。


「ではまずエーベルハルト受験生から。…………筆記85点、実技100点、面接82点。合計267点で、文句無しの合格だ」

「よっしゃあ!」


 落ちることはないと思っていたが、やはり受かっていると嬉しいものだ。これで大切なものを守る夢に一歩近づいた気がする。


「続いてシュタインフェルト受験生だ。覚悟は?」

「だ、大丈夫です」


 緊張で拳を握り締め、深呼吸して震えを抑えているイリス。


「それでは…………筆記30点、実技95点、面接55点。合計180点で、ジャスト合格点だ。おめでとう」

「……やったなイリス!」


 俺はイリスを振り返って合格を祝う。当のイリスは最初は呆然としていたが、だんだんと飲み込めてきたのか頬が紅潮してきた。


「〜〜〜〜〜〜っ!!」


 言葉にならない喜び、といった感じだ。先ほどとはまったく別の意味で震えている。


「危なかったな、あと一点低かったら落ちていたぞ」

「ちょっと、ジェット! どっちにしろ合格したんだからそんなことどうでもいいだろ! 水を差すなよ!」

「いやあ、まあそれだけシュタインフェルト新兵の光魔法には皆期待しているということだ。そこは誇っていい」

「……だってさ、イリス」

「うん。光魔法は私が一番得意な魔法。光魔法なら誰にも負けない」

「そうだ、その意気だ。特魔師団に所属するなら一つくらいは誰にも負けないものがないとな!」


 ジェットは大口を開けて笑っている。


「ジェットの場合は筋肉かな?」

「む? 俺の筋肉は世界一だ」

「ふ、ふふ……」

「イリス?」


 今、ほんの少しの間だったがイリスが笑った。表情筋の死んだイリスが笑っている――。


「ハルト、面白いね」


 人形のように整ったその顔は、笑ったらもっと魅力的だった。

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