第77話 入団

「さて、それではエーベルハルト新兵にシュタインフェルト新兵。諸君らを新米特魔師団員として歓迎しよう! 皆!」


 ジェットがそう言って大声を上げると、部屋の扉がガラリと開いて先ほどの試験官達がぞろぞろと入ってきた。中にはさっきまではいなかった新しい顔もある。


「あ」


 入ってきた人達の中にはなんと、ジークフリート大尉の姿もあった。結構な怪我だったと思うが、もう大丈夫なんだろうか?


「あの。ジークフリート大尉」

「呼び捨てでいい」


 ぶっきらぼうに言われてしまったが、不思議と距離は感じない。


「じゃあジークフリート。怪我はもう良いのか?」

「ウチの医療班は優秀なンだよ。もう全快だ」

「もっとも今日明日は安静にする必要があるがな!」

「団長うるせェ! 俺は元気だ!!」

「はははは!」


 とにかく問題は無いようだ。流石は特魔師団の回復魔法だ。怪我の治療に関しては地球よりも随分と先を進んでいるな。


「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。お前達、新米特魔師団員を歓迎するためだ。二人とも、前へ」


 ジェットに呼ばれて、俺達は皆に注目されながら部屋の前に出る。


「まずはエーベルハルト新兵からだ。これを」


 そう言いながらジェットが渡してきたのは、立派な箱に入れられた金属製の徽章バッジ。銀色に輝く徽章には、特魔師団の象徴シンボルであるフェニックスの意匠が凝らされている。


「ありがとうございます」


 指でつまめるくらいには小さいが、この徽章はとても。皇国を背負って立つに相応しい人間であると認められた証だ。なのできちんと礼儀作法に則って拝領する。


「では次にシュタインフェルト新兵」

「はい」


 同じくイリスにもフェニックスのデザインをした徽章が手渡される。


「……さて、これで君達は正式に特魔師団の仲間だ。これから共に任務に励んでいこう」

「「はい」」


 試験官……特魔師団の先輩達が拍手で祝ってくれる。なんとジークフリート大尉もこちらを向いてこそいないものの、パチパチと手を叩いているではないか!

 似合わないなぁと思いつつ、どこか微笑ましいその光景を見て俺は特魔師団に入団できたんだなぁと強く実感するのだった。



     ✳︎



「さて、今日は長い間ご苦労だったな。明日から早速任務に就いてもらうから、今後の予定について簡単な説明だけしておこう」

「うん」

「お願い」


 入団式……のような式典が終わり、部屋の人間は朝と同じジェットと俺とイリスの三人だけに戻っていた。今は明日からの任務に備えてジェットから説明を受けているところだ。


「まずは皇国軍内でのお前達の立ち位置だ。お前達は明日から皇国軍特別魔法師団所属の新米曹長として入団することになる」

「曹長?」

「なんで?」


 二等兵からじゃないのか。

 俺がおうむ返しに訊ね、イリスがその理由を問う。


「三大師団の団員は豊かな教養・確かな実力・高邁こうまいな精神を兼ね備えたエリートだからな。お前達が受けた入団試験は、通常の師団の幹部試験を兼ねていると見做されるのだ。故に三大師団員はもれなく曹長からスタートすることになる」


 なるほど、地球の軍隊でも幹部登用試験に受かったらだいたい曹長とか少尉とかからスタートするもんな。皇国軍も同じようなシステムを採用しているらしい。


「通常の幹部なら何年もかけて昇進するが、特魔師団はエリートだからな。はじめの方は基本、一〜二年で一階級昇進する。さらにジークフリート大尉のように騎士爵や勲章等を賦与されたり、それに匹敵する功績を挙げると二階級特進するぞ。他にも退役する傷痍軍人には一階級、殉職者には二階級特進が保証されている」

「なんつーか……凄いな」


 某少年漫画に出てきた大佐もあの若さで大佐なんだから相当に凄いが、ジェットも負けず劣らず凄いんだな。確かジェットは中将って話だったし、オヤジとほぼ同年齢であることを考えても異例の出世スピードだろう。


「ひょっとしたらエーベルハルト新兵は俺を超えるかもしれないな」

「それは流石に……どうだろ?」

「あながちあり得ん話でもないぞ。事実、特魔師団合格者の中でも歴代最年少だしな」

「え?」


 それならイリスはどうなんだ? 俺がイリスを振り返ると、彼女は相変わらず真顔でこちらを見つめ返してくるだけだった。


「シュタインフェルト新兵は13歳で、お前の一つ上だな」

「そうだったんだ」

「ン、私年上」


 ……まったくもって年上という感じがしないが、まあそれは気にしないでおこう。


「シュタインフェルト新兵も、単体で見ると史上稀に見る期待の新星なんだがな。申し訳ないがエーベルハルト新兵と同期だとどうしてもな……」

「ハルトは規格外。気にしない方がいい」

「新米なのによくわかってるじゃないか」


 なんだか俺を置いて、俺を化け物扱いする方向に話が進んでいる。褒められている筈なのに釈然としない。


「まあ、詳しくことはおいおい通達する。取り敢えず今日は帰って休むといい。気付かない内にそれなりに疲れも溜まっているだろう。明日からの任務のためにもしっかりと体力をつけておけ」

「うん。了解」

「いっぱいご飯食べる」


 そうして俺達の入団試験は、どちらも落ちることなく無事に終了したのだった。



     ✳︎



「そういやイリスは今どこに住んでるの?」


 駐屯地を出て、いざ帰路につかんというところでふと気になった俺はイリスに訊ねてみる。


「今は駐屯地に近いアパートに住んでる。皇都の家賃は高いから風呂無しトイレ共同の2坪半部屋が限界」

「オオウ……、世知辛い……」


 2坪半とは要するに四畳半と同じくらいの広さのことだ。風呂は駐屯地にあるのを自由に使えるから問題ないが、四畳半というのはなかなか衝撃的だ。かなり狭いが、まあ新卒……いや、卒業してないから新任か……の一人暮らしなんてそんなもんよな、と一人納得する。それに特魔師団に入団した後は俸給も桁違いなので、今後はもっと良いところに住めるだろう。

 そんなことを考えながら、俺は再度イリスに訊ねる。


「両親はいないの?」

「実家は皇都じゃない。……同じ皇家直轄領内だけど。カルヴァンってわかる?」

「わかるよ。皇都北西の街だよな」

「うん。そこが私の実家」


 カルヴァンは皇都北西にある地方都市だ。ハイトブルクやベルンシュタットほどではないが人口もそこそこ多く、皇都周辺地方の主要都市の一つである。とはいえそこはまだ皇家直轄領の中。巨大なハイラント皇国を治める皇家の直轄領は非常に広大なのだ。

 皇都北東からベルンシュタットを経由して来た俺のルートとは反対の方角なので行ったことはないが、そのうち行ってみたい街の一つではある。

 そんなカルヴァンは、皇都に向かって流れる二つの河川がちょうど合流して一つの大河川になる場所に位置する街である。交通の要衝なので、それなりに古くから発展している街の一つらしい。


「じゃあ今日は帰ったら一人で食事か」

「うん。疲れてて作るのは面倒くさいけど仕方がない」


 労働後の自炊。一人暮らしの若者に襲い掛かる試練の一つだよな。俺は帰ったら使用人達がいるから食事には困らないが……。ん、そうだ。


「もしよかったらどこか寄っていこうよ」

「ん?」

「合格祝いさ。二人しかいない同期、仲良くしようぜ」

「……うんっ」


 試験合格を祝して打ち上げパーティーだ。まだ子供だからお酒は飲めないが、ちょっと良さげなディナーをいただくくらいなら問題ない。


「あの店、良い雰囲気だな」

「良い」


 駐屯地から歩いて数分。目抜き通りから少し奥まったところにあった店は、窓から店内の賑やかな明かりが溢れていてとても良さそうだった。


「いい匂い」

「夕暮れの和み亭、か……。よし、ここにしよう」


 扉を開けると、給仕のお姉さんが忙しそうに店内を歩き回っていた。


「いらっしゃーい! 二名様?」

「うん。二人です」

「こちらの席にどうぞー!」


 店内の奥の、比較的落ち着いたテーブルに案内された俺達はメニューを広げて注文を考える。


「なかなか盛況みたいだね」

「それだけ美味しいんだと思う。私これにする」

「ルミア牛のステーキか。この辺でも食べられてるんだな。じゃあ俺もそれにしよう。すみませーん」

「はーい! 少々お待ちをー」


 少し待ってやってきた給仕のお姉さんが注文を訊いてくる。


「何になさいますか?」

「ルミア牛のステーキと果実水を二つずつで」

「はーい、かしこまりましたー」


 数分して、とても美味しそうに焼かれたステーキとパン、果実水が運ばれてくる。石皿の上でジュウジュウと煙を立てながら肉が焼かれており、今にも肉汁が溢れ出そうだ。


「それじゃ、合格を祝して……乾杯!」

「乾杯」


 素朴だけども温かい。この日、皇都で初めて食べた「夕暮れの和み亭」のステーキの味は、後の思い出の味になるのだった。

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