第74話 『雷光』のジークフリート

「では次に二つ目の魔法を」


 千切れた人形を新しいものに交換している間に一つ目の「レーザービーム」魔法の採点が終わったのか、試験官全員から問題なしのジェスチャーが出たのでジェットがイリスに指示を出す。


「わかった」

「準備は良いか?」

「大丈夫」

「それでは……始め!」


 掛け声と同時に、またもやイリスの周りに魔法陣が展開される。今度の魔法陣は足元だ。

 数秒待つと、ゆっくりと回転している魔法陣がだんだんと足首から頭に向かって浮かび上がってきた。そして魔法陣が太ももの辺りまで上ってきたところで、試験会場は騒然とした――皆、特魔師団の一流魔法士なので実際にはしていないが――そんな感じの空気に包まれた。


「あ、足が消えてる……!」


 イリスの身体の魔法陣が通過した部分が透明になっていたのだ。試しに『パッシブ・ソナー』(『ソナー』の応用魔法で、自分から探知魔力波を発することなく、周囲から飛んでくる魔力の波を受動的に解析する魔法だ。簡単に言うと魔力に超敏感になる魔法である。魔力波を出さないので試験を妨害しなくて済むのだ)で探ってみたら足の部分の反応はちゃんとあるので、本当に消えている訳ではなさそうだ。


「光学迷彩……」


 これもまた米軍の最新兵器まとめサイトで見たことがあるような無いような。まあSF映画プレデターでは定番の技術だ。

 しかし何ともチートな技である。人間は知覚情報の8割以上を視覚から得ている生き物だ。聴覚もそこそこ重要だが、視覚ほど致命的ではない。その視覚に感知されないのだから、どれだけ待ち伏せ攻撃や潜入捜査に有効なのかもはや計り知れない。世界中の暗殺者や冒険者パーティの盗賊職が泣いて欲しがるぶっ壊れ魔法である。


「あ、全身消えた」


 そしてものの20秒ほどでイリスは完全に姿を消してしまった。流石に皆一流の魔法師なのでそこにいること自体はわかるが、何をしているかまではわからないようだ。斯く言う俺も『パッシブ・ソナー』がなければそこにいることにすら気付けないだろう。

 そこにいると知っていてこれなのだ。もし知らないで気を抜いているところを狙われたら攻撃を防ぎきる自信は正直無い。


「……ふむ、これも直接的な攻撃魔法ではないが、かなり有用だな」


 そして一分間めいっぱい透明人間をやり遂げたイリスは魔法を解除した。

 と、そこへ一人の試験官から質問が投げかけられる。


「シュタインフェルト受験生。今の魔法はあとどれだけ維持できる?」

「あと10分は続けられる」

「ふむ……。わかった」


 試験官が目配せして、ジェットが再びイリスに話し掛ける。


「それでは最後の魔法だが、準備は良いか?」

「はい」

「では、始め」


 合図と同時に三回目の魔法陣が展開される。今度はイリスの足もとと、イリスの正面の地面に二ヶ所だ。

 イリスの足もとの魔法陣が先ほどと同様に足首から頭に向かって浮かび上がっていくが、今回はイリスの姿は消えない。続いてもう一つの魔法陣が輝いて、イリスと全く同じ姿の幻影が生み出された。まるでイリスが二人いるみたいだ。


「……」


 ジェットは真剣な顔をしてイリスのことを見ている。これら三つの魔法の組み合わせを考えて、その有用性に考えを馳せているのだろう。

 例えば、イリスが『幻影』を生み出す。そしてイリス自身は『光学迷彩』で姿を消す。そして本来の居場所を敵に悟らせぬまま、『レーザービーム』で一方的に攻撃してしまえばそれで戦闘終了だ。

 この三連コンボに初見で立ち向かうのは相当難しいだろう。なるほど、筆記が3割でも受かる自信がある訳だ。


 そうしてまた一分きっかりでイリスは『幻影』を解いてこちらに向き直った。


「……よし、では下がってくれ。試験結果は追って伝える。次はエーベルハルト受験生だ」

「うっす」


 イリスがこちらに向かってきて、俺と入れ違いで場所を交代する。


「頑張って」

「ああ。俺も負けてらんないな」

「ん」


 イリスは口数は少ないが、話はちゃんと通じるし気遣いもできる。そして何より良い子だ。この調子なら面接もギリギリ通過するだろう。実技試験は文句無しで合格だろうから、俺がヘマさえしなければ同僚として一緒に働くことになる筈だ。


「よっしゃ、俺も本気出すぞ」

「いや待て、エーベルハルト受験生。くれぐれも演習場は破壊するなよ」

「ええっ、俺そんな信用無い?」

「いや、お前の場合は戦闘だろう。相手が相手だからな」

「え、ジェットが相手じゃないんだ?」

「推薦人は自身の推薦した受験生を採点できないんだよ」

「へえ」


 不正が蔓延はびこるってのもあるんだろうが、一番は推薦人が本気で採点できないからだろうな。やはり心のどこかで受かって欲しいと思っていたら、わざとではなくとも採点は甘くなるものだ。落とす気で厳しく採点しないと師団はだんだんと衰退していくだろうから。


「そこでお前の相手には、特魔師団でも指折りの戦闘狂バーサーカーを用意した」

「ちょっと待てぇぇえ! 何だ戦闘狂バーサーカーって!! 俺は真っ当な人間なんだけど!?」

「真っ当な人間にお前の相手が務まる訳がないだろう」

「何か罵倒されてる?」

「いや、褒めているぞ」


 何だか納得いかないが……、試験は試験だ。嫌だからといってハイ辞めますとは言えない。


「怪我させても知らないからね」

「ほう、あくまで怪我をさせる側という気か。強気で結構!」

「?」


 その口振りだとまるで俺が怪我をしてもおかしくない相手のように聞こえるな。まあ、特魔師団の戦闘狂と言うだけあって、Sランクそれくらいの実力は普通にあるのか。これは気を引き締めてかかる必要がありそうだ。元より気を抜くつもりは欠片も無いが。


「ジークフリート大尉!」

「ァス!」


 試験官の一人が返事をしてこちらにズカズカ近付いてくる。若い男だ。多分20かそこらの年齢だろう。身長は180センチとこの世界の男性基準では平均より少しだけ大きい程度。しかし引き締まった肉体から放たれる覇気は非常に好戦的で威圧感があった。


「テメェが死合の相手か」

「死合!? 大丈夫かこの試験官!?」

「ははは、大丈夫だ。心配は要らない。少し頭がおかしいだけだ」

「特魔師団的にどうなのよ? それ」


 とは言え、狂っていても師団にいるということは、それだけ実力がずば抜けているということの裏返しでもあるのだ。流石にジェットより強いなんてことはないと思うが、それなりに苦戦は強いられるだろう。


「安心しろ、殺しはしねえ。少し殺すだけだ」

「殺……、ん? あ?」


 狂人の思考は常人にはわからないんだなぁ、はるを。


 てかこいつ、特魔師団員ってことは筆記試験の最低3割の基準突破してんだよな。嘘だろ……?


「ジークフリート大尉」

「うス」

「殺す気でかかれ。でないとお前が危ない」

「…………うス」


 自分の方が下だと暗に言われたジークフリートがこちらを睨みつけてくる。相手方の戦意は既に臨界点に達しているようだ。参ったなぁ……。


「エーベルハルト受験生よ。ジークフリート大尉は騎士爵を賦与された皇国騎士だ。二つ名は『雷光』」

「……マジか」


 皇国騎士。皇国には男爵・子爵・伯爵・辺境伯・侯爵・公爵の6つの爵位があるが、それとは別に騎士爵・準男爵という爵位が存在している。

 男・子・伯・辺境伯・侯・公は世襲であるのに対し、騎士爵と準男爵は世襲ではない。騎士爵は武の面で、準男爵は経済や政治面で国家に勲功のあった者を一代限りで貴族待遇とする制度で、総じて彼らは「本当に実力のある者」として出自に関係なく尊敬されている。

 騎士爵は既に爵位持ちだろうと身分に関係なく賦与されるので、貴族の拍付けに利用されることも多い。領地開発や改革に成功して、より多くの税を納めれば準男爵の爵位が皇帝陛下から賦与される。そうしたらその領主は有能な領主であると対外的に広くアピールできる訳だ。同じことは騎士爵にも言える。皇帝陛下から認められるだけの強さ。これ以上にわかりやすい強さの指標はない。


「では両者、位置について」


 俺とジークフリート大尉は演習場の開始線の位置にまで移動する。俺もそれなりに死線はくぐってきたが、相手も同じかそれ以上には経験しているだろう。雰囲気だけでない、強者特有のがビシビシと伝わってくる。


「始め!」


 俺の合否を分ける実技試験がスタートした。

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