第321話 アーレンダール『M一五〇八』

 ファーレンハイト辺境伯領の領都ハイトブルク。その北部、郊外に位置する小高い丘――――通称「裏山」にて、俺は弟のアルベールと向かい合っていた。


「それでは兄上、胸をお借りいたします」

「全力で掛かっておいで」

「はい!」


 かつて俺が幼い頃に一人で【衝撃】の使い方を試行錯誤しつつマスターした、思い出の山だ。あの頃はまだ魔力の練り方や放出の仕方も不完全で、色々大変な思いをしたっけな。


「はあっ!」


 アルベールが勢いよく飛びかかってくる。明らかに通常の動きで出せる速度ではない。これは――――


「『縮地』か」

「ええ、最近ようやく会得しました!」

「やるじゃないか」


 北将武神流「表」の技の中でも、『縮地』は相当難易度の高い技だ。通常の肉体の動きだけではこの爆発的な加速は生み出せない。複雑な魔力コントロールを維持した上で、瞬時に高出力の魔力を放出する必要がある。

 俺が言うのも変かもしれないが、まだ一〇歳だというのによく会得したものだ。


「兄上のような立派な戦士になるのが僕の目標ですから!」

「健気なことを言ってくれるじゃないか。どれ、何が得意で何が苦手か、アドバイスしてやる。もっと色々な技を使ってこい」

「はい!」


 アルベールの『縮地』による攻撃を同じく『縮地』で躱した俺は、そのままお互いの勢いを利用して合気道のようにアルベールを放り投げる。だがアルベールは空中で身をひねって難なく着地すると、腰の部分から拳銃を取り出し、こちらを狙い撃ちしてきた。

 凄いな。魔法を使わない素の状態での運動神経は俺よりも上かもしれない。俺の強さは、ありあまる無尽蔵の魔力で自分をズブズブに魔法漬けにした結果の産物だからな。フラットな状態だけの話ならば、俺は基本的に凡才なのだ。

 もし【継続は力なり】の固有技能が無ければ、今頃はしがない無能な次期当主として、今とは違う意味でその名前を皇国社交界に轟かせていたことだろう。

 まあそんなの話はどうでもよろしい。今はアルベールの撃ってきた弾丸への対処が先だ。


「それはアーレンダール工房製『M一五〇八』!」


 身体の正面のみを部分的に『白銀装甲イージス』で覆って『衝撃弾』を受け止める。いくらアーレンダール工房謹製の新型魔導拳銃とて、この重装甲を貫くことは不可能だ。


「なるほど、見せたいと言っていたのはこれのことか」


 アーレンダール『M一五〇八』。主な開発者は『ノーム=ジェネラル』、つまりは俺とメイだ。俺の『衝撃弾』を参考に、メイが理論を組み立てた半自動式セミオート魔導拳銃である。ちなみに『M一五〇八』のMは「メイル」のMである。そう思うと無骨な拳銃もなんだか可愛く見えるな。


「これは僕専用の特注なんです。既製品と違って、エネルギー供給源が魔石ではなく僕になっています」

「ほう」


 それはつまり、使用者であるアルベール自身が魔力を篭める必要があるということだ。一見すると無駄に魔力を消費するだけに思えるが、言い換えれば本人の魔力が尽きない限りは弾切れが起こらないということでもある。

 一瞬の隙も許されない激しい戦いの最中にあって、弾切れというのはまさに命取りだ。その点、ある程度の魔力量を持つ人間がこの特注品の銃を使えば、弾切れの心配が要らなくなる。

 確かにこれは凄まじい改良点だ。


「それだけじゃありません。この『M一五〇八改』は、威力の調節だってできるんです」


 そう言って再びこちらを狙い撃ちしてくるアルベール。今度はもう一丁取り出して、二丁拳銃の構えだ。先ほどと同じく『白銀装甲』を展開して受け止めるが――――


「さっきよりも威力が上がっている!」


 魔導拳銃から撃ち出される『衝撃弾』の威力が、つい今しがた受け止めた時よりも五割増しくらいになっている。これなら、薄い鉄板くらいなら軽く撃ち抜けてしまうに違いない。二丁拳銃ならではの連続射撃で、次々と『衝撃弾』を撃ち続けるアルベール。


 ――――ビシッ ビシィッ……


「まさか、ここまでとはな」


 なんと鉄壁の防御を誇る俺の『白銀装甲』に、ひびが入り始めている。ただ銃を使うだけなら何の自慢にもならないが……ここまでくれば話は別だ。

 アルベールは、全弾を寸分違わぬ位置に撃ち込み続けている。ありえない精度だ。これほどの射撃の腕を持つ人間を、俺は誰一人として知らない。精度だけなら、開発者であるメイや、『衝撃弾』自体の生みの親である俺よりも高いんじゃないだろうか?


「兄上に見てもらいたかったのは、これです」

「凄いぞ、アルベール!」


 自分の魔力量と特技をしっかりと認識した上で、それを一番活かせる戦法を考えているとは! 身内贔屓もあるかもしれないが、天才だと褒めてやりたい。


「これは――――伸びるぞ。将来が楽しみだ」


 まだ一〇歳でこれだけ練られた戦い方を身につけている脅威の天才児だ。これがあと二年、三年したらどれだけ成長するのか楽しみで仕方がない。

 だが……そのためには弱点も教えてやらないとな。


「アルベール」

「はい」


 拳銃を撃ち続けながら、返事をするアルベール。俺の『白銀装甲』もそう長くは保たないだろう。急いでこの戦い方の弱点をアルベールに告げる。


「確かにこの戦い方は強い。だが、同時に一つの弱点も抱えている」

「弱点ですか?」

「ああ」


 俺は『纏衣まとい』と『意識加速アクセラレート』を発動すると同時に『縮地』を連発、更に『飛翼』も展開し、ダメ押しで足裏からの衝撃波も加えて、まさに目にも止まらぬ超スピードで一気に彼我の距離を詰める。

 急加速のせいでかなりの加速Gが俺を襲うが、そこは『纏衣』の身体強化でカバーだ。多少は苦しいが、ある程度は耐えるしかない。

 アルベールはこの動きにまったく反応できていなかった。加速された意識が、この究極版『縮地』とでも言うべき超高速の世界の映像を詳細に脳へと届けてくれる。

 この速度域で乱暴に動くとアルベールが大怪我を負ってしまいかねないので、俺は努めて優しく丁寧に、彼の両手に握られた拳銃を絡め取った。

 と、そこで世界の色が通常に戻る。


「あっ!?」

「――――それは、相手が予想よりも早い動きをした時に攻撃が当たらなくなってしまうことだ。……今みたいにな」


 アルベールから奪った拳銃をくるくると回しながらそう言って、にっこりと笑う俺。アルベールはじっとこちらを見つめてきている。


「返すよ」

「あ、はい」


 アルベールの表情に、悔しそうな色は見えない。むしろ今指摘されたことを咀嚼、反芻して、消化しようと集中しているようだ。


「邪魔するのも悪いな。俺は帰るか」


 アルベールはブツブツと何やら呟きながら、ああでもない、こうでもないと色々考え込んでいるようだ。まあアルベールが正解に辿り着けなければ俺なりの考えを教えてやればいい。もし自分なりの答えを見つけられれば、それは素晴らしいことだ。

 いずれにせよ、今はそっとしておいてやろう。男には、一人になりたい時もあるのだ。


「強くなれよ、アルベール」


 そうしたら、いつかは「最強の兄弟」なんて言われる日も来るかもしれない。オヤジも合わせたら「最強の一族」だな。

 滾る中二心を抑えながら、俺は裏山を後にする。想像以上の成長を見せてくれた弟の未来に幸あれ。

 そして、そんな弟の未来を信じる俺に肌色スケベあれ! 次回、混浴温泉。このあと脱ぐ!








――――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 いつもお世話になります、常石です。

 毎度恒例の宣伝タイムです。応援よろしくお願いします!


『SFオタク建国記』

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