第113話 基地建設訓練
「ほれほれ、まだ木材が足りておらんぞ! これでは
マリーさんの叱咤が飛ぶ。魔の森に生えている木は普通の木と違って濃密な魔素を豊富に取り込んで育った木だから、何の変哲も無い木でも非常に頑丈でめちゃくちゃ硬い。ただ木を伐採するだけなのに、これだけ疲れるなんて想像だにしていなかった。
あとピーター君はウサギでも超デカいウサギだ。人間よりもデカいウサギの小屋が建てられるなら、それでもう良いのでは!?……と思わなくもない。
「くっ……、これは何と重労働……!」
「ああーっ、疲れるぜー!」
シュナイダー兄妹は自分達の魔剣で次々と木を切っていくが、その過程でかなりの魔力を消費しているようだ。特にエミリア――彼女の魔剣はやや短めのショートソードの二刀流だ――は剣の本数ゆえに魔力消費も二倍だから、かなりしんどそうである。しかしその分の働きはしっかりとしているようで、彼ら兄妹の周囲には何十本もの材木が揃っていた。
「形を揃える作業もなかなか疲れるわね。かなり神経を使うわ」
「細かい作業は疲れる」
リリーとイリスは、シュナイダー兄妹が伐採した木材を加工して規格を統一する作業をしている。メイ特製のミスリルナイフを使っているが、それでも地味に大変な作業らしい。とはいえしっかりと形の揃った木材に加工しているので、流石は二人といった感じだ。
俺はといえば、魔刀・ライキリでスパスパと伐採しながらついでに形も整えるという実質二人分の働きをしていた。魔力が他の皆よりもかなり多いからこそできる力技ではあるが、これがなかなかどうしてしんどいのだ。一つ一つの作業は大した負担ではないが、塵も積もれば山となる。既に数時間の作業をこなしたことで俺はだいぶ疲労を感じていた。
「よーし、午前はこれで終了じゃ! 飯を食って休憩したらまた作業を開始するのじゃぞ!」
マリーさんの号令で皆が作業をやめて集合する。屋敷の前の庭に用意されたテーブルの上には、冷たく冷えた水と美味しそうなグリル焼きの肉が並んでいた。
「これは魔力を豊富に含んだ七色雉の肉じゃ。筋肉が疲労した時に食べると、いい具合に魔力が補給されて魔力量が増えるのを助けるのじゃ。もちろん味も絶品じゃぞ」
「「おおお……」」
毎度のごとく思うが、マリーさんの作る料理って味と栄養のバランスが完璧なんだよな。もちろん宮廷に仕える料理人とかに比べたら多少は劣るのだろうが、逆に言えば一流の料理人と比較できるくらいのクオリティをこんな辺境の大森林のド真ん中で味わえるのだから、冷静に考えれば凄いことだ。修行は厳しいが、こういうところでご褒美があるから頑張れる。人間、適度な休息と衣食住がしっかりしていれば、案外どんな環境にだって適応できるのかもしれないな。
*
さて、午後からは午前中に伐採・加工した木材を使っての前線基地——もとい宿泊棟の建設作業だ。めちゃくちゃ頑張ったおかげか、思いのほか伐採・加工できた木材が多かったので、午後からは建設作業に入っても問題ないと判断されたらしい。もちろんこれだけで宿泊棟を建てるのに必要な資材を全て賄える訳ではないので、後日また伐採・加工作業は必要となるのだが。
「そうじゃな。まず実際に建てる前に設計図を理解するところから始めなければの。よいか、まず木材を利用した建物には何種類かあっての。代表的なのが————」
マリーさんによる高速・高密度な建築に関する授業が始まる。
ところで、なぜこのような直接強くなる修業とは関係のない訓練を行うのかといえば、それには軍隊の有する、他の民間組織とは一線を画す特徴が関わっていたりする。その特徴というのが完全な自己完結性だ。
普通、経済というものは貨幣のやり取りを介して、人々が各々の得意分野を担当すること——要するに分業によって成り立っている。そうすることで高度な専門技術を持った
しかし軍隊は、味方の支援の望めない敵地のド真ん中や生産設備の無い辺境であっても、任務達成のために出張っていかなければならない。ゆえに作戦を遂行するにあたり必要な全ての設備等を、自分達の手によって賄えなければならないのだ。そしてその中には当然、兵士達が生活するための前線基地の建設も含まれる。そのための基地建設訓練であり、このマリーさんの講義なのだった。
既に軍に所属している俺やイリスはもとより、ここにいる人間は皇国の国家プロジェクト参加者として、国防のための軍事力・抑止力強化のために召集されているのだ。将来的に軍人、あるいは軍属になる可能性はそこそこ高いと思われる。赤紙ではないが、まあ即応予備自衛官みたいなものだ。有事の際にはまず間違いなく召集されるだろう。だから今は軍人ではなかったとしても、この訓練は決して無駄にはならない。
特に俺やリリーなんかは冒険者として一緒に旅に出ることだってある訳だしな。インベントリの中に鋼鉄製の簡易野営ハウスがあるからといって、それが使えない状況だってあるかもしれないし、サバイバル知識を備えておいて無駄になることはない筈だ。
それに何より気分転換になるのが素晴らしい。流石に毎日同じ修行ばかりでは気が滅入るというものだ。こうやってたまに直接強くなるのとは関係のない修行を挟んでくれるというのも、マリーさんなりの気遣いだろう。まあ間違いなく一番の理由は修行参加者の寝泊まりする場所が足りないからなんだろうけど!
*
「イリス、そっち持って」
「うん」
「リリーは氷魔法で踏み台を用意してくれる?」
「任されたわ」
自己完結と言っても流石にプロの職人と同レベルのものを作る訳ではないので、代表的かつ簡易的な建物の構造・作り方だけを教示してもらった俺達はすぐに作業に取り掛かる。ただ教えてもらっただけでは忘れるからな。覚えている内に実践して身体に叩き込まなければいけないのだ。
「ヨハン」
「おう」
エミリアが固定した柱に俺とイリスが梁となる木材を差し込み、リリーが作った踏み台に乗ったヨハンが金槌や釘などを駆使してしっかりと固定していく。似たような作業を何度もこなしていく内に、だんだんと掘っ立て小屋のようなものが出来上がっていく。
「修行参加者の人数的に一階建てで済むから助かったな」
「二階建てだと一気に難易度が上がるものね……」
今回俺達が作る宿泊棟はいわゆる長屋っぽい建物だ。四畳半くらいの部屋が一列に何部屋も並ぶアレである。宿泊棟に南向きもクソもありはしないので、それが廊下を挟んで二列並ぶ感じだ。マリーさん曰く、第一関門である魔の森を踏破して無事ここに辿り着けると思われる人数は、俺達を含めて最大で18人らしい。当初、招集されたのがだいたい50人くらいという話だったから、実に六割以上が魔の森で脱落したということだ。
マリーさんの遠隔監視&サポートの甲斐あって後遺症が残るほどの怪我を負った人は一人もいないらしいが、いずれにせよ相当厳しい関門であったことには違いない。
俺達三人はインベントリに簡易夜営ハウスという半ばズルのような手段を用いて安眠・休息を確保しつつここまでやって来れたが、シュナイダー兄妹なんかは短時間の睡眠を交代で取りつつ何とか来たと言っていたし、それは他の参加者達もおおよそ変わらないだろう。
サバイバルというのは実はかなり大変なのだ。
ともかく、ここへやって来るのはあと13人。彼らがやって来るまでに宿泊棟を完成させなければならない。
「ほれほれ、梁が傾いておるぞ!」
「あっ、ごめん。リリー支えて!」
「わかったわ!」
……完成にはまだ時間がかかりそうだ。
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