第114話 エーベル春ト

 次の日。今日もまた朝から昨日と同じく伐採・加工だ。午後からも変わらず建設作業になる。昨日の段階で骨組みと簡単な屋根程度なら既にできあがっているので、今日は床やら壁やら扉やらを作っていくことになる。予定通りに進めば今日の夕方には完成する筈なので、かなり順調と言えるだろう。一夜城ではないが、かなりのハイスピードだ。流石は効率化を突き詰めた軍隊クオリティである。


 俺達が作っている建物は合計18部屋、完成すれば廊下を挟んで9部屋が向かい合わせになる形になる。部屋割りはまだ未定だが、おそらく男女で別れる形になるだろう。木製の鍵と扉の内側に閂を付ける予定なので、治安上の心配もいらない。寝食を共にすると言っても、やはりプライバシーは必要だからな。特に見ず知らずの異性が一緒に寝る訳にもいかない以上、個室は必須と言えた。


「リリーよ。お主は窓枠と扉の鍵を作れ」

「はい、お師匠さま」


 マリーさんの指示でリリーが小物作成に移動する。彼女はメイほどではないが、かなり器用な方なのでそういう精密な部品を加工するのに向いているのだ。

 俺はといえば、相変わらず魔力と魔刀の性能にモノを言わせて大量に伐採・加工をしていた。コツを覚えてきたので、昨日と比べて加工のペースがかなり早くなっている。


「よーし、取り敢えず木材はこの程度でよいじゃろう。床板と壁の作業に入るぞ」


 気が付けば、かなりの量の木材が溜まっていた。柱はもう要らないので、床や壁になるような板状に近い形に加工された木材が山のように積まれている。今の簡単なものと違ってちゃんとした屋根になる薄いベニヤのようなもの(もちろんベニヤ板ではない)までしっかりとできあがっていた。


 各自で分担して床を張り、壁を付け、屋根をかぶせていく。途中に昼休憩(今日の昼食もまた絶品だった)を挟み、夕方になってようやく宿泊棟が完成したのだった。


「「「「「で、できたーーっ!!」」」」」


 丸二日の突貫工事だったとはいえ、かなりハードな工程を皆で協力して終えたのだ。感動もひとしおである。


「ふむ、初めてにしてはかなり優秀な出来栄えじゃの。時間もかなり早かったし、これなら軍の工兵としてもやっていけるのではないか?」

「マジか」


 工兵は普通の兵士とはまた違ったスキル、専門性が求められる。それと同じくらいの実力ということは、かなり褒められているということだ。


「さて、竣工したからには早速各自の荷物を入れるのじゃ。今日からお主らはここで生活するのじゃからの」

「「はーい」」


 俺とリリー、イリスの荷物はすべてインベントリに入っているのでわざわざ移動させる必要はないが、シュナイダー兄妹はしっかりとバックパックを持ってきていたからな。鞄を持っていくだけとはいえ、引っ越し作業が必要になる。


「部屋割りは妾が決めた。右側が女、左側が男じゃ。じゃがエーベルハルトよ。お主は右側の一番奥にいけ」

「女側?」

「そうじゃ。そしてその隣にリリーを配置する。男女比の関係でどうしてもこうなってしまうのじゃ。まあお主らは婚約者同士じゃし、部屋が隣でも気にならんじゃろ」

「はい、お師匠さま。私は問題ありません」

「俺もリリーがいいなら」


 良いも何も、リリーと同じ屋根の下で眠るなんて既に何度も経験しているし、一緒に風呂に入ったことさえあるのだ。部屋が隣だったところで今更感しかない。

 ……そういえばメイとも一緒に風呂に入ったな。リリーのは、まあ慎ましやかだったが、メイのは爆弾だったな。あと一緒に入ってないのはイリスだけか。ふむ……。


「言っておくが、破廉恥な行為は修行中はえぬじーじゃぞ。発覚したらお仕置きじゃ」

「流石に他の人もいるのにそんなことやんないよ!」

「お、お師匠さま!」


 真っ赤になって照れているリリーは可愛いが、赤の他人もいる環境下でそんなことを堂々とやる度胸は俺には無い。例えプライバシーが確保されていたとして、それで変な勘繰りでもされたら気恥ずかしくて目も当てられない。むしろプライバシーが確保されている分、中で何をしているかわかったものじゃないから、そっちの方が都合が悪いまである。


「ちゃんと真面目に節度ある集団生活を送りますよ」


 そもそもいくら婚約者とはいえ、俺達はまだ12歳なのだ。そろそろお互いそういうことに興味が出てきてもおかしくない年頃ではあるが(俺の場合は既にメイで〇通しているが……)、まだ未成年。社会通念上、そういうことが許される年齢ではない。そういった行為が黙認されるようになるのはこの国の成人の基準である15歳を迎えてからだ。


「そう考えるとあと三年か。短いな」


 三年後に【ワーオ(自主規制)】な行為が解禁されると考えたら、なんだかたかぶってきたな。……そう考えると、15の年に入学する学院ってのは前世の大学ばりに無法地帯なんだろうか? 恋愛結婚も存在するとはいえ、そこは貴族。あくまで基本はお見合い、あるいは政略結婚だ。つまりは余程の事情が無い限り非リア充は生まれにくい訳で……。


「ックソがああああああ!!」

「えっ、なんじゃ? エーベルハルトに何があったのじゃ」

「安心してください、お師匠さま。ハル君はたまに変になるんです」

「本当にたまにだけど」


 何やら外野がうるさいが、これは内なる自分との戦いなのだ。非リア充で人生を終えた前世の俺が、鎌首をもたげてエーベルハルトとしての俺にささやくのだ。「リア充爆発しろ」と!


 だがしかし、今世では俺も女の子達に囲まれて着実にリア充への道を進んでいるのだ。これはもうかつての自分を克服したといってよいのではなかろうか。エーベルハルトよ。春はすぐそこまで近付いてきているのだ……。



     *



「ほれほれ、右足が疎かになっておるぞ!」

「ひいいいっ、足がるっ!」


 宿泊棟が完成した次の日。俺達はマリーさん直々に個別で組手の稽古をつけてもらっていた。今はちょうど俺の番だ。『纏衣まとい』を発動してしまうと流石にマリーさんでも対応に苦しむらしいので、今の俺は『纏衣』も『身体強化』も使っていない素の状態である。

 しかし流石は皇国最強というだけあって、マリーさんは組手もまた相当に手練れだったのだ。もちろん全力を出していいなら俺やジェットの方が強いのだが、なんというか彼女の戦い方はのだ。柔よく剛を制す、みたいな感じで、こちらがどれだけ威力の高い攻撃を繰り出しても技を駆使してうまいこといなされてしまう。その隙に打撃技やら関節技やらを叩き込んでくるので相当やりにくいのだ。

 現に、今も右足を掬われて見事に転倒してしまったところだ。見えてはいるのだが、反応ができない。まだマリーさんのような戦い方に身体が慣れていないんだろう。


 ちなみに北将武神流の戦い方は「柔も剛も併せ持つ」だ。俺もいずれはその境地へと辿り着かなければならない。そのあたりはまだ俺よりもオヤジの方が随分と巧くて、伊達に『北将』やってないなぁと思い知らされるのだ。

 まあ、武道における高段者みたいなものだ。剣道でも七段とか八段のおじいちゃん先生と五段六段くらいの若い選手が戦ったら、流石に身体スペックが違い過ぎるので勝つのは若い選手の方だ。しかしどちらが武を極めているかと訊かれたら十人中十人が八段の先生と答えるだろう。マリーさんやオヤジと俺との間には、そういう壁がまだあるのだ。

 できるなら柔としての技も修めつつ、剛の圧倒的火力も温存しておきたいものだ。まだまだ俺の目指す先は遥か彼方だということを再確認させられる組手修行であった。


「……それにしても足が痛い!」


 攣った足が元気を取り戻したのはそれから約二分後。どうやら水分補給が足りていないようだった。

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