第137話 リリー VS リーゼロッテ(2020/9/26 23:40 改稿済み)

 第3試合は、リリー VS リーゼロッテだ。時空間魔法と氷魔法を駆使するリリーは、この一年間で更に魔法のコントロールに磨きをかけ、加えて対人戦の戦い方も学んでいる。実力はありつつも実戦経験の少なさから思うように戦えなかった以前とは異なり、今のリリーは自分の実力を余すところなく発揮できる凄腕魔法士に成長を遂げている。伸びた魔法力以上になったリリーを倒すのは至難の業だろう。


 対するリーゼロッテは、相変わらず何を考えているのかよくわからない不気味な人だ。ただ、少々感性や発言が独特なだけで、別に悪い人ではないんだろうな、というのがこの一年間共に過ごしてきて感じた率直な感想だ。

 幻覚魔法という直接的な攻撃力を持たない魔法が得意な彼女だが、使いようによってはどんな高火力の魔法よりも恐ろしい効果をもたらしかねない、かなりえげつない魔法である。幻影、錯乱は序の口で、相手を催眠で暗示にかけたり、気が付いたら魅了によって思考誘導されていたりと、いつ攻撃されたのか気付かない内に味方に被害が出ている……なんてことも起こりうるのだ。


 属性こそ珍しいものの、魔法士としてはオーソドックスな高火力の魔法で敵を正面から叩き潰すスタイルのリリーに、火力こそ高くはないものの、搦め手を器用に用いて相手を自分の土俵に引きずり込むリーゼロッテ。

 ……この勝負、面白いことになりそうだ。もちろん俺は婚約者のリリーを応援するけどね!


「リリー、勝てそう?」


 俺のリリーなら問題ないとは思うが、やはり相手は珍しい搦め手タイプだ。高火力の魔法をぶつけ合うような真っ向勝負が成立するとは、二重の意味で思えない。成立しないんじゃない。のだ。


「安心して、ハル君」

「リリー」

「私に秘策があるの」


 そう言って自信ありげに『精神聖域』の中へと入っていくリリー。彼女がそう言うなら、俺は信じてあげるだけだ。


「それでは始め!」

「いくわよ。『氷雪の監獄ブリザード・プリズン』」


 早速リリーの必殺範囲攻撃魔法が炸裂した。一年間の修行で基礎魔力量をぐっと伸ばしたリリーだからこそ発動できる、初手で相手を封殺するAランク氷魔法の『氷雪の監獄ブリザード・プリズン』だ。自身の周囲数十〜数百メートルを吹雪で覆い尽くし、相手を立ち往生させてそのまま低体温症に追い込む範囲攻撃である。

 どうやら今回は試合場の広さもあって、半径数十メートル圏内に収めているようだった。

 ちなみに魔法の行使者であるリリーの周囲には暖かい空気のベールが用意されているので、彼女が自滅する心配はない。相手はリリーを攻撃しようとすれば必ず大寒波の吹雪く暴風圏に立ち入らねばならないため、絶対に回避は不可能という恐ろしい技である。


「うふふ……。青いわねぇ」


 しかしリーゼロッテもただではやられない。その程度でしてやられるようでは、彼女もまたこの厳しい修行に食らいついてはいけなかっただろうから。


「本当に青いわぁ。世間には直接的な力ではどうやってもねじ伏せることのできない相手がいるってことを教えてあげる」


 不気味に笑いながら吹雪の中に突入していくリーゼロッテ。彼女の服装は夏用の薄いラフなドレスであり、マイナス気温の寒波の中を耐えられるようには到底見えないのだが……。


「うわ! 何だあれ!」

「なな、何が起こってるんでしょうかっ!」

「奇怪ですわね」

「こいつぁたまげたな。リリーの認識を阻害してんのか?」

「いや、阻害というよりはむしろ、積極的に意識を操作しにかかっているのでしょう。でなければあのような光景はあり得ませんから」


 先程の戦いによる疲労から多少は復活したヘムルートが、冷静に試合を見て考察する。

 そう、彼の予想通り、認識阻害ではこの光景はあり得ない。何故ならリリーは認識阻害をされても必ずダメージが相手に届くように、敢えて消耗覚悟で的を絞らずに範囲攻撃を選択したのだから。


 ――――まさか、自分が気付かない内にリーゼロッテの周囲だけ吹雪を消すだなんて、リリーも予想だにしていなかっただろう。


 平然とした顔で猛吹雪の中を歩いていくリーゼロッテ。不思議と彼女の周りにだけ、吹雪の影響が存在しない無風地帯が広がっている。


「……っ」


 対するリリーだが、何とも恐ろしいことに、彼女の周りには無風域が用意されていなかった。自分の展開している魔法にもかかわらず、リリーは吹雪によって継続的なダメージを受けていたのだ。


「リリー……、催眠かけられてんのか!」

「多分そう。リリーは自分の身体が寒さに悲鳴を上げていることに気付いていない」


 イリスが吹雪の向こうに薄っすらと見えるリリーの様子を見て指摘する。確かにリリーは吹雪で震えているが、自分では気付いていないのか吹雪を止めることはしない。それどころか更に強くし出す始末である。


「リリー……」

「このままだと負ける」


 なんてことだ。搦め手がこんなにも厄介で、太刀打ちのできないものであったとは。

 俺の学んだ1021の魔法の中にも当然、暗示・催眠系の無属性幻覚魔法は存在していたが、これほど強力で抗い難いものは存在していなかった。いずれも違和感を感じた際に、魔力や気力を振り絞れば自力での解除が可能なものばかりであったのだ。


「流石はリーゼロッテ。幻覚魔法には一家言あるな……」


 残念だが、リリーはこのままだと負けるだろう。しかしあのリリーのことだ。俺の背後うしろではなく横に立って歩いていきたいという一心で、自力で時空間魔法に氷魔法を極めた彼女だ。ここで終わる筈がないと信じたい。

 少なくとも、彼女の婚約者である俺だけはそう信じてあげたい。


 という俺の気持ちが伝わったのだろうか。

 リーゼロッテが吹雪の中央付近にまで近付き、リリーまで残り十数メートルというところで状況に変化が生まれた。


「「「……なっ!!」」」


 観客席オーディエンスが騒つく。あのマリーさんですら一瞬目を見開いた後に、ニヤリと笑って口角を歪ませている。


「……残念ね。青いのはリーゼロッテ、あなたの方よ」


 それまで寒さに凍えていたリリーが、すっかり紫色になってしまった唇をペロリと舐め、不敵な笑みを浮かべたのだ。そんなことをしたら寒さで舌と唇が凍り付いてしまう――――そう思ったが、不思議と唇が凍る気配はない。それどころか、先程まで真っ青だったリリーの顔の血色がどんどん良くなっていくではないか!


「リリー!」

「これ以上、未来の旦那さまハルくんに無様な姿を見せられますかって」

「……な、……こ、これはどういうことかしらぁ?」


 妖艶さを湛えた余裕の笑みが似合うリーゼロッテ(この一年で彼女は更にグラマラスかつアダルティーに成長した。イケない大人の魅力がムンムンである)だが、珍しく今回は狼狽が表に出てしまっている。そんな彼女の周りには、先程までは存在していなかった吹雪を伴う冷気がまとわりついている。


「見事に引っかかってくれて助かったわ。私、公爵令嬢じゃなかったら舞台役者になっていたかもしれないわね」


 ニコッと俺の方こちらを見ながらそう言って笑うリリー。……まったく、強かな女だ。惚れ直してしまうね。


「……な、何をしたのか、教えて、もらえる?」


 寒さで呂律が回らなくなってきたのか、震えながらリリーに問い掛けるリーゼロッテ。リリーはそんな彼女を見ながら、種明かしをする。


「私、最近『未来視』ができるようになったの。とはいってもまだ数分先が限界なのだけど」

「未来視……?」


 未来視。それは世界を揺るがしかねない、人類にとっての夢の一つだ。それができるだけで人の人生や勝敗は大きく変わる。地球でも未来視それを求めて、文字通り桁外れの予算をかけて世界中の国々がスーパーコンピュータや量子コンピュータなどの研究をしていたくらいなのだから。


「私は間違いなくあなたの『催眠』によって思考誘導をされる。これは絶対に防げないことだったわ」

「そう、よ。その筈だっ、たの……。なのに、何故」

「だから私は敢えてそれを受け入れた。あなたの油断を誘うためにね」

「油断って、……まさか」

「そう。あなたを吹雪の中に誘き寄せるためよ。私はあなたが気を緩めるタイミングに合わせて、『催眠』を解くための時限式の覚醒魔法を自分に掛けておいたの。そして身体が限界を迎える前に、こっそりと自分の周囲の気温を上げておいた。相変わらずあなたの周囲には吹雪を消したままの状態でね」

「……して、やられたわ」

「大変だったわ。自分の魔法でこんなに寒い思いをしたのは初めてよ」

「あなた、いい女になるわ」

「残念、もういい女なの。ハル君だけにとっての、だけどね」


 そこで寒さに耐えかね、リーゼロッテが倒れる。


「勝負あり!」


 マリーさんの審判が下り、勝敗は決したのだった。












――――――――――――――――――――――

[あとがき]

 ウルトラ破茶滅茶めっちゃんこ忙しい時期が過ぎて、若干忙しい時期に突入しました。かつてない忙しさだった(最長で1日16時間とか拘束されましたが、何やっていたかは秘密です。プライバシープライバシー)割にはものすごい充実していてとても楽しかったんですが、まあそれはそれ、これはこれです。こうして再び更新できるようになったことを喜びたいと思います。皆さまに再び小説を安定してお届けできるよう、鋭意努力して参ります!




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