第235話 会食
アーレンダール家の屋敷に備え付けの温泉(なんと源泉かけ流しだった。ノルド首長国は日本と同じくらい温泉大国のようだ)をゆったりと堪能させてもらった後、部屋でくつろぎながら火照った身体を覚ましていると、アガータが夕食の準備ができたことを伝えにやってきた。
「アガータも旅を終えたばっかりで疲れてるだろうに、なんか悪いな」
「お気になさらないでください。お二人に無理を言ったのは私のほうなのですから」
「あれだけ魅力的な報酬があるんだから、気にしないでいいよ」
浴衣のようなゆったりとした部屋着姿のままつっかけを履き、アガータについていく。通された場所は、ちょっとした講堂ほどもありそうな広間だった。広いテーブルにズラリと美味しそうな料理が並んでいる。
「あ、これ何回か食べたことがあるであります! お父さんが作ってました」
「こちらはノルドの郷土料理になります。お二人は皇国の方ですから、ぜひ我が国の味を楽しんでいただきたいと思いましてご用意させていただきました」
「おもてなしの精神だ!」
服装や街の景観こそ洋風ではあるが、どことなく日本らしさを感じる。漂ってくる匂いも美味しそうだし、これは期待大だ。
「お待たせいたしました。それでは夕餉といたしましょうか」
並んだ料理を眺めていると、上品なイブニングドレス風の衣装に着替えたカリンがやってきて、俺達に席に着くよう促してきた。彼女にとっては家の命運を懸けた
「では、自然に感謝を」
「自然に感謝を、であります」
「母なる大地の
へえ、面白いな。ノルドでは食事前の祈りの言葉も皇国とは少し違うのか。土精霊に感謝を捧げるあたり、ドワーフらしくて興味深い。
「そういえばメイの家は皇国式の祈りだよな。なんでだ? 親方、ノルドの出身だろ?」
「いえ、皇国式なのは私だけでありますよ。お父さんは普通にドワーフ族の形式でいつも祈ってるであります。まあ半分くらい省略した適当な感じですけど」
「へえ……、普通は親の影響を受けそうなもんだけど……」
なんと、メイの家庭は父子で祈りの形態が違ったようだ。親の文化が家庭内で世代を超えて引き継がれないのは、なかなか珍しいパターンなのではなかろうか。
「まあ、私は皇国しか知らないでありますからね。工房の鍛冶師達も半分くらいは人族の方ですし」
「なるほどね」
まあ片親が外国出身でも日本語しか話せないってハーフの人もいるくらいだしな。似たようなもんだろう。
「お、これ美味しいな」
「出汁がよく効いてるであります」
「うふふ、自慢の味でございます」
他愛もない談笑を楽しみながら、穏やかな夕食の時間は過ぎてゆく。
✳︎
「さて、それでは本題といこうか」
「お気遣いありがとうございます」
ゆったりと食事を楽しんだ後は、真面目な話し合いの時間だ。会食というものは、その後の会談まで含めて会食なのだから。
アガータが淹れた茶を飲んで一息ついたところで、俺はカリンに話をするよう促す。自分からは切り出しづらいだろうという、ある種の配慮だ。カリンは軽く頭を下げてから、口を開く。
「それでは改めて、この度は我が宗家の味方についてくださり、ありがとうございます。現状、二つある港町のうちの一つで領政の中心地でもあるここ領都アーレンダールと、ローロス鉱山をはじめとした一部鉱山地域はまだ宗家が押さえていますが、このままではそれすらも分家に奪われかねない勢いでした。このタイミングでこちら側にご協力いただけなかったら、宗家は完全に詰んでいたことでしょう」
カリンのその台詞に呼応して、アガータをはじめカリンの背後に控えていた家臣達が一斉に深く頭を下げる。
「いや、宗家に協力するというのはこちらにとってもメリットのある話だったんだ。気にするなとは言わないが、そこまで気負う必要も無いよ。宗家にはしっかりと領政を引き継いでもらって、これからも皇国と良い関係を築いてくれればウチとしてはそれが一番良いんだ」
「そのお言葉、しかと胸に刻んでおきます」
――――協力するからには、皇国の国益にかなうような見返りを期待しているぞ。
――――もちろん約束は違えませんとも。
副音声をつけるならこんなところだろうか。敢えてお互い明言こそしないが、認識としてはつまりはこういうことだ。まあ条件面の
「一つ、気になることがあるんだが、いいか?」
条件面の交渉はこれで終わり。ここからはお互いに納得したという前提で、具体的な協力の内容に入っていく。
「はい、何でしょうか?」
「ノルド沖に出没していた、デルラント王国の私掠船についてだ」
「サーペント海賊団でございますね」
「ああ」
先ほどまでの和やかな雰囲気とは打って変わって、食堂の空気がピリッ……と張り詰めたものへと切り替わる。
「もともとノルド首長国とデルラント王国の仲があまり良くないのは俺も知っている。だからこそ、デルラントを挟んだノルドと皇国が友好国なわけだからね」
「ええ、そうですね。あの、何をするにもまず碌なことをしないデルラント王国に唯一感謝する点があるとすれば、ハイラント皇国と友好関係を結ぶきっかけをくれたところくらいでしょうね」
デルラント王国は、立地的にはハイラント皇国の西側、そしてノルド首長国の南側に位置する国だ。デルラント王国を挟んで二つの国がある感じになる。そしてデルラント王国という国は領土的な野心をあまり隠そうとしない厄介な国でもある。当然、隣国二ヶ国とは折り合いも悪い。だからこそ、一応は陸続きなのにもかかわらず俺達は海路でノルドを訪れたのだ。
それにしてもカリンのやつ、デルラント王国を評する台詞にガッツリと皮肉が効いていてなかなか愉快だな。ノルドでも三本指に入る有力部族の次期当主(暫定ではなく、俺が味方になると決めた時点で半ば確定したようなものだ)として、それだけデルラント王国には手を焼いているということだろう。なんというか、お疲れ様といった感じである。
「まだそうと確定したわけではないが、まず間違いなくデルラント王国の後ろ盾を得ていたであろうサーペント海賊団が、なぜこのタイミングでノルド近海に出没するようになったのか。それも、北島と半島、そして皇国との航路を塞ぐような水域に限定して……だ。ここが、とにかく臭うんだよ」
「……ファーレンハイト様は、デルラント王国が今回のお家騒動に首を突っ込んできているとお考えなのですか?」
眉一つ動かすことなく、カリンが俺の目を見返してくる。
「ああ。宗家の方々には悪いが、俺はそう疑ってる」
「なっ⁉︎」
「そんなまさか!」
背後の家臣達が目を見開いて驚いている。あのしっかり者のアガータですら、だ。だがカリンだけは驚いてはいなかった。……なるほど、どうやら彼女もまた、既にそこまで読んでいたらしい。なら話は早いな。
「もちろん宗家を疑ってるわけじゃない。俺が怪しいと睨んでいるのは、分家のほうだ」
「まあ、目先の利益しか考えないゲオルグのことですから、そのくらいはしていてもおかしくはないでしょうね」
当主になってアーレンダール家を乗っ取ることしか考えていない奴が、どうしてここまで宗家を追い詰めることができたのか。奴らを突き動かす勢いは一体どこから生まれてきたのか。
考えるまでもない。強力な後ろ盾がいたのだ。
「これ、普通に国家に対する背信行為では?」
メイが率直な感想を一言漏らす。その台詞にある通り、分家の当主であるゲオルグが、外患誘致の大罪を犯していた疑惑が浮上した。
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