第443話 愛妻にセクハラをされるエーベルハルト
「鉄道敷設工事の特許が通ったなら、あとはもう早いわね」
「そうだな。当面の間は運河だけを使うことになるだろうけど……それも鉄道が開通したら、一気に輸送効率が跳ね上がるぞ」
現状、カルヴァドス・ロジスティクスは運河を利用した大規模輸送を中心に行っている。
北方の職人や商人達から直接仕入れた商品を、元請け会社であるカルヴァドス・ロジスティクス自身が自社保有の輸送船で下流まで輸送。皇都郊外の物流倉庫に集積した後は、零細商人達に高単価で仕事を割り振る商人ギルドのような業務形態を取っている。
提携を行うのは、馬車を自前で持っている既存の商人だけではない。組合のせいで収入が激減したり、カルヴァドス・ロジスティクスの大規模輸送で長距離輸送の仕事を奪われた商人達を相手に、運送用の自動車や馬車なんかを貸し出すリース事業も同時に展開したのだ。
彼らの多くは仕事を失ったせいで、維持費の嵩む馬車を手放していることが多い。こちらとしても仕事なので、時代の変化に対応できず職にあぶれた人間のために改革を中止する————なんてことはしないが、それでもある程度の救済策くらいはあって良いだろう。変に恨まれても面倒だし、それなら儲け話に同乗してもらうほうがよっぽどお互いにとってウィンウィンだ。
ちなみに、このリース事業もなかなかの収益を上げているらしい。リース料をそこまで高くは設定していないのにそうだというんだから、おそらくこれまでは業界に参入していなかった新規商人層も提携パートナーとして獲得しているんだろう。おかげで組合とのパイの奪い合いには大勝利。まだ設立からほんのわずかな期間しか経っていないのに、皇都北部方面の物流ニーズはもうそのほとんどをカルヴァドス・ロジスティクスが掌握することに成功していた。
また、それにあわせて運河の整備事業も始めている。例えば川底の
それもすべて、地域住民の取り込みが目的だ。川沿いに暮らす人々は、長い歴史の中で何度も洪水被害に遭ってきた。その度に国が堤防を築いたり、あるいは「
そこで今後、地域の経済を牛耳る予定のカルヴァドス・ロジスティクスが率先して洪水対策へと乗り出すことで、住民感情を取り込むことにしたのだ。
もちろん始動したばかりの一企業にそれをなすだけの資金的余裕があるわけではない。だからこの運河整備プロジェクトには、公金がふんだんに投入されていた。まさに官民一体となった国土強靭化事業である。ズブズブに癒着しているともいう。
ただまあ、この事業のおかげで随分と運河の使い勝手は良くなった。壮大な計画なのでまだまだ一部でしか効果を実感できてはいないが、少なくとも緊急性の高かった場所なんかでは大雨の後にいきなり船が座礁することもなくなったし、川幅の都合でこれまでは通れなかった大型船も通行できるようになった。
もちろんその大型船は、アーレンダール重工業製である。ハイトブルクは内陸の都市だが、カルヴァンと同じく市街地を大河川が流れているので、ある程度は水運も盛んなのだ。大穀倉地帯のファーレンハイト辺境伯領からは、南方の諸都市へと大量の小麦が船で出荷されてゆく。その時に積み込む船は、最近ではそのほとんどがアーレンダール重工業製なのだ。
ちなみにそんなハイトブルクの下流には、リリーの地元であるベルンシュタットだってある。「西のハーフェン、東のカルヴァン」とまで言われた往年のカルヴァンほどではないが、ベルンシュタットも水運で栄えた皇国有数の大都市だ。同じ川の上流と下流で歴史的に深い付き合いがあったからこそ、俺とリリーの縁談が速やかに決まったともいえる。おかげで俺は最高の嫁を迎え入れることができたわけだから、地政学的な巡り合わせに感謝だな。
「あっ! ……ハル君?」
北部諸侯とのやり取りをまとめた資料を整理していたリリーを後ろからふんわりと抱き締めると、リリーが少し驚いたような声を上げて振り返る。
「俺は幸せ者だなーと思ってな」
「奇遇ね。私もそう思ってるの」
そう言ってリリーが正面を向いて、俺の背中に腕を回してくる。そのままその腕がススス……と下のほうに移動して、やがて俺の尻のあたりで止まった。さわさわと撫で回すようにセクハラをかましてくる我が愛妻リリー嬢。
俺に対するセクハラといえばマリーさんかイリスという印象が強いが、実はリリーも普通にスケベなんだよなぁ……などと益体もないことを思いながら、いいようにされ続ける俺なのであった。
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