第172話 制圧

「第一会議室、制圧完了! 次だ!」

「オラァアアアッ!!」


 中央委員会は各種委員会の調整役にして統括役であるという性質上、他の委員会と比べて設備が充実しているという特徴がある。わかりやすく言い換えれば、立て籠もるスペースには困らないということだ。

 一番手前に位置する第一会議室は突破したとはいえ、まだ二部屋残っている。その隙に証拠の書類を破棄されでもしたら面倒なことになるだろう。もっとも、新しい生徒会会則を施行したことによって、書類提出を求められた際に拒否した団体は解体されても文句を言えない制度を導入したので、仮に破棄されたところで中央委員会は解体処分を免れない訳だが。それでも、証拠不十分となってしまい停学処分やら退学処分に追い込むことはできなくなる。学院に不穏分子を残しておきたくはない以上、ここが正念場と言えた。


「オスカー、俺がバリケードを突き破る!」

「任せたぜ!」


 俺は久々に『纏衣まとい』を展開すると、魔刀ライキリを一旦納刀して大量の魔力を注入する。


「――『鎌鼬かまいたち』!」


 刀身に【衝撃】の魔力を纏わせて、鋭利な刃状の衝撃波を放つ『鎌鼬』。魔刀ライキリに付与された【衝撃】を最大限に引き出す抜刀技で、鋼鉄のバリケードを易々と斬り裂く。


「ひいいいっ、我らが解放区がっ!!」

「何をしている! 早く、も、燃やせ!!」

「させるかよ!」


 資料を燃やして証拠隠滅を図ろうとする中央委員。たとえ燃やす現場を見られても、証拠さえ残らなければ奴らの勝ち――とまでは流石に言えないが、それでもこちらとしては攻めきれずに終わってしまう。当然、そんな結末にはさせない。

 オスカーが何やら魔法陣を展開した途端、中央委員の男が発動していた火種が一気に搔き消える。


「火が!」

「嘗めるなよ、こちとら『豪炎』のオスカー様だぞ!」


 いつの間に二つ名を得ていたのかは知らないが、まあこれだけの実力を持つオスカーのことだ。皇国公認の二つ名ではないだろうが、冒険者や魔法士界隈ではそれらしい二つ名が流布することもあるだろう。


「流石、火に関しては消す方もプロフェッショナルってことか」

「実はな、火は空気中に漂う目に見えないエネルギーを使って燃えているって説が、最近の火属性魔法研究者の間では支持されてんのさ。だから、火が燃えるために必要な要素を無くしてやれば鎮火だって思いのままなんだぜ」


 驚いた。もうこの時代に酸素の概念があるのか。いや、まあそりゃああるか。実際に酸素の存在を直接観測しなくても、物が燃える時に空気が無くなれば火が消えるというのは経験則として誰もが知っていることだ。そして、そのあとに息をすれば呼吸が苦しくなるということも。

 だとすれば、そこに何らかの要素を見出す人間がいてもおかしくはない。この世界は地球に比べたら科学が遅れているというだけで、別に住んでいる人間の知能が低い訳ではないのだ。ただ、その大部分が馬鹿であるというのは地球と変わらないが。


「『絶対領域キリング・ゾーン』」

「きゃあーっ」

「ぎゃふっ」

「ぐえっ」


 進退窮まってパニックに陥っていた残りの中央委員を殲滅した俺は、最後の部屋へと向かう。軽く目を通してみたが、立件に必要な証拠はこれだけだとまだ足りないので、何とか残りの会計簿などを確保したいのだが。


 そう思いつつバリケードを破壊して第三会議室へと足を踏み入れると……。


「ハンス?」

「あっ、エーベルハルトか、よかった……。はいこれ、会計資料」


 そこには床に倒れて目を回している上級生の中央委員数人と、水塊をプカプカと念動力テレキネシスで浮かべたハンス、そして所在なさげに立ち尽くしている一年生の中央委員が二人ほどいたのだった。



     *



「ぼくたち三人は中央委員の過激思想とは縁が無かったからね。組織としての自浄作用があるってことで、彼らの処分は無しにして欲しいんだけど……」


 なるほど。裏で俺と通じていたハンスはともかく、事情を知らない彼らからしたら意味のわからない騒動に巻き込まれたような感覚だろう。しかも中央委員だからという理由だけで周囲から距離を置かれて学院内でも孤立してしまっているらしいし、真の意味での被害者は彼らかもしれない。


「うーん、とりあえず中央委員会は一旦解散させられると思うよ。んで、また臨時で生徒総会を開いて、組織を再編するしかないな」

「だよねえ。ところでエーベルハルト、ぼくたちは内部から中央委員会を改革しようとした善なる中央委員ってことで、名誉回復の機会をくれないかな」


 一旦失った信用を取り戻すのは、なかなか難しい。それが自分に責任が無かったとしても、だ。


「そこはアフターケアは万全にするつもりだよ。うちには優秀な広報兼副会長がいるからね」


 今こそリーゼロッテ副会長お得意の精神魔法で彼らの冤罪を晴らす時だ。もちろん彼らを除く主犯格の中央委員達は学院裁判および職員会議の判決に従ってもらうことになるだろうが。果たしてどんな処分が下されるのか、タノシミダナー!


 こうして、入学早々に学院を騒がせた学院内闘争は収束に向かうのだった。

 しかしまあ、これでスパッと終わりそうにない気がしてならないのはどうしてだろうね。勅任武官の肩書きが重くのしかかってくるのをひしひしと感じる俺であった。



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