第173話 軍靴の足音

「……背任行為、外患誘致、器物破損、傷害など、これらの校則および生徒会会則にもとる罪により、以上七名を除籍処分とする」

「並びに、勅任武官たるファーレンハイト卿に対する不服従と、度重なる皇族批判により、同七名を不敬罪で逮捕する」

「い、意義を申し立てます!! 我々は己の信念に従ったまで! この腐った国を変えるには今立ち上がらねばならないのです!」

「被告人の異議申し立てを棄却する。諸君らの処遇は厳正なる審議に基づいているものであって、これを覆すことはできない。……それではこれにて閉廷とする」

「ファーレンハイトォオオオオッ! 貴様が来てから、全てがおかしくなったんだ! 許さんぞオオオ!!」


 名前も知らない元中央委員が喚いている。別に命まで取られる訳ではないのだ。もとから中央委員会に所属していた時点でろくな就職先も望めないだろうし、ここで中途退学したところでそこまで人生に大きな影響が出るとも思えないんだけどなぁ。おっと、中退じゃなくて除籍だから学歴的にはダメージが大きいのか。


「では参考人の方々、ご退室して下さい。ご協力感謝します」


 学院の上層部の偉い人達がこちらに一礼して退室を促してくるので、こちらも一礼して退室する。


「あー、肩凝ったな」

「今回はお前の肩書きの面目躍如だったな」

「堅苦しいだけかと思ってたけど、なかなかどうしてこれが便利な肩書きなんだよな」


 何をしようが、俺の行動には全て皇帝陛下の後ろ盾があるのだから、ハイラント皇国内においては過ごしやすいことこの上ない。もちろん、道義に悖る行為をすれば、それがそのまま陛下の、巡り巡って皇国全体の信用を失墜させる原因になるので責任は重大なのだが、元から俺にはそのような不義理な行動などするつもりも予定もない。むしろ様々な手続きやら縦割りの権力構造やらをガン無視できるので、以前よりも過ごしやすくなったくらいだ。気がつけば俺も大貴族の次期当主で、Sランク冒険者で、皇国軍少佐で、勅任武官でと、随分と出世したものである。この調子なら将来の大将も夢ではない。

 そう言えば、俺は魔法学院に入学するのとタイミングを同じくして、大尉から少佐へと昇進していた。かれこれ三年近く特魔師団員として頑張っているので、団長ジェットが査定の際に一筆書いてくれたのだ。仕事内容は何も変わっていないが、給料と権限が増えたのは良いことだ。別に今さら少々給料が増えようが、かつてのランタン遺跡の一件で総資産額が恐ろしいことになっている俺からしてみれば何も変わらないのだが、まあ功績に応じて報いてくれるのはこの国の良いところだ。その姿勢が失われない限りは、ハイラント皇国もまた不滅だろう。


「あ、ハルト。いいところに」

「イリス?」


 俺と同じく参考人として招致されていたオスカーと別れ、羽を伸ばすべく中庭のベンチへと向かう俺。事件も終わり、緩やかな午後の日差しを浴びてまったりとしていると、防衛委員会の会議に出席していた筈のイリスが俺の元に近寄ってきた。そのまま俺の隣に座ってこちらをじっと見つめてくるイリス。


「どうしたのさ」


 中央委員会の不正会計によって尋常でない予算の減らされ方に困っていた防衛委員会も、事件の収束を受けてようやく元通り(+補償としてある程度のオマケも)の額が支給され、活動を再開していた。基幹メンバーの一人であるイリスもまた、その活動方針を決める会議に出席しなければいけない義務があった筈だが。


「実は、それどころじゃなくなった」

「何?」


 やはり嫌な予感は的中するというか、何というか。


「これ」


 そう言ってイリスが手渡してきたのは、「特別魔法師団第201分隊 隊長殿」とだけ書かれた封筒だ。軍からの指令書は大抵こういう形で届けられる。今回は俺が参考人として学院内裁判に出席していたので、代理で副官のイリスが受け取ったのだろう。


「どれどれ」


 周囲に人影がいないことを確認してから、俺は封を切って中の指令書に目を通す。


「————特別魔法師団第201分隊隊長ファーレンハイト少佐並びにシュタインフェルト少尉は、至急、特別魔法師団皇都駐屯地に出頭せよ」

「行こう」

「そうだな。午後に授業が無くて良かった」


 急いで学院を出たところで、イリスがこちらに両腕を開いて抱っこを要求し出す。


「ん」

「わかったよ。飛んで行った方が早いもんな」

「そういうこと。役得」


 まったく、出頭命令が出ていて一刻を争うというのにイリスのヤツ、何だか楽しそうだな……。



     ✳︎



「ファーレンハイト少佐、入ります」

「シュタインフェルト少尉、入ります」

「入れ」


 特魔師団、皇都駐屯地に着くと、久し振りに見るジェット・ブレイブハート中将が何やら難しそうな顔をしていた。


「ジェット? 何か嫌なことでもあったの?」

「ああ。お前らが解決した学院の問題とも関係があるぞ。これを見ろ」


 そう言ってジェットから渡されたのは、「極秘」と書かれた分厚い報告書だ。


「えっ、今から読むの?」

「ああいや、それは暇な時にでも読んでくれればいい。重要な点は一ページ目に書いてある」

「どれどれ……、は、反乱!?」

「反乱?」


 イリスも気になったのか、横から覗き込んでくる。しばらく二人で頬を寄せ合って報告書を読みふける。


 報告書曰く。

 皇国東方、フーバー辺境伯家が治める東都とうとエストウィーゼより更に東方のレーゲン子爵領において、反乱の兆し有り。反乱を主導しているのは過激派を構成する下級貴族達と、体制側の資産という撒き餌に釣られた農民達で、総勢二千を超える軍勢を有している。

 レーゲン子爵家は過激派に所属する分家が実権を握っており、本来の当主一族は既にこの世にいないとのこと。レーゲン簒奪子爵は過激派の重鎮であり、背後には公国連邦の介入も予想される。

 現在、過激派の軍勢が続々と集結を続けており、このままいけばひと月以内におよそ一万の軍が皇国に反旗をひるがえす恐れあり。


「……マジかーい」

「ちなみに反乱軍は自分達を革命軍と自称しているようだ」


 革命というのは、体制が民衆を裏切った時に起こる政治運動だ。そもそも、良心的な治世が行われており、諸外国に比べて国民の生活が安定しているハイラント皇国で自然と起こるような運動ではない。まず間違いなく、運動を煽動せんどうしている連中がいる。それは当然、ハイラント皇国の力が削がれることで得をする立場にある連中だ。


「そりゃまあ軍人なんだし国家間の思惑が入り乱れる紛争にも駆り出されるよなぁ……」

「わたし達の他にも派遣される部隊はいるの?」

「いるぞ。ただ、中心となるのはお前達だ」


 そこでジェットは一旦台詞を区切り、大きく深呼吸をした上でこちらに改まったように向き直って言った。


「えー、ハルト少佐。ジェット・ブレイブハート中将の名において、現刻をって貴官を特魔師団隷下の、新設の戦術魔法小隊隊長に任命する。軍籍にある人間であれば誰であっても構わない。お前が適任だと思う人間を部下に組み込んだ上で十数名規模の小隊を組織し、当該区域に潜入して諜報および破壊工作に従事せよ」

「……了解」

「ならびにシュタインフェルト少尉。貴官を中尉に一階級昇進とし、これの副官への着任を命ずる。ハルト少佐を補佐し、部隊をうまくまとめあげろ」

「了解」


 何だか大変なことになってきたぞ……。


「ジェット、ちょっといいかな?」

「何だ? 任官拒否以外であれば何でも聞こう」

「軍籍にある人間って、まだ正式に入隊する前の学生でもいいの?」

「うん? そうだな。士官学校か兵学校かは知らんが、知り合いがいるならそいつを任命しても構わんぞ。ただ、あくまで作戦に従事できるに値するだけの実力者に限るからな。お友達軍隊じゃ困るぞ」

「俺を何だと思ってんだ」

「冗談だ。お前ならちゃんとやると信じてるさ」


 まったく、笑えない冗談だ。戦争ごっこじゃないのだから、真面目にやらないでいられる訳がない。賭かっているのは自分と仲間の命なのだ。


「選考基準を設けてくれれば、こちらから足りない人間を推薦しておくぞ」

「ああ、じゃあ工科兵学校にいるマルクス・コルネリウスって学生と、兵学校の下士官課程にいる魔剣士のシュナイダー兄妹が欲しい。レオン・ホフマイスターって鋼魔法の使い手と、ギルベルト・ハーゲンドルフって騎士の人もいたら是非」

「わかった。他は?」

「他は詳しい選考基準を書いた紙を後で渡すから、その条件に合致する人間と直接面接して決めるよ」

「わかった。選考は数日以内に終えてくれ。一週間以内にはレーゲン子爵領入りできるように頼むぞ」

「了解しましたよ。最悪の場合は小隊メンバーが揃わない状態でも行くからね」

「その方がこちらとしても助かる。大部隊で鎮圧しようにも、大軍を動かすには時間がかかるからな。公国連邦の介入が予想されているから、その対策も必要だ。お前達先行部隊ができるだけ時間を稼いでくれることが肝要だ」

「責任重大だな……」


 こうして、学院内闘争は更に大きな局面へと波及していく。

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