第33話 俺の婚約者と幼なじみが修羅場すぎる
リリーが来るという話を聞いて、俺は急いで適当な部屋着から来客用のシャキッとした服へと着替える。貴族だから常日頃から綺麗でお洒落な服を着ているのかと言えば、とんでもない。ぶっちゃけ家にいる時はほとんどワイシャツとチノパンみたいな、ウニクロで売ってそうな簡単な服で過ごしている。これは何も俺に限らず、オヤジも母ちゃんもノエルも一緒だった。まだ幼い(言うて俺もまだ充分幼い年齢なのだが)弟や妹に至っては言うに及ばず、だ。
だいたい、何が悲しくて誰に見られている訳でもないのに窮屈な正装を着なければならないのか。貴族は見栄を張る生き物だが、見栄を張る相手がいなけりゃ別に張らなくても構わないのだ。
そんな訳で、リリーみたいに急な来客がある時は、大抵は客を待たせることになる。ただ、それはもはや様式美のようなところがあるし、相手の格によってどの程度待たせるか、あるいは直に出迎えるかなども変わってくる。オヤジも今日は商人を接待するために正装をしていたようだが、着ている服のランクはそこまで高いものではなかったし、おそらくそれなりに長い時間待たせていたのだろう。大人は……というか貴族は細かいところで色々と面倒なやりとりがあるようだ。俺が唯一、将来的に不安を覚えている部分である。
まあその辺は儀礼に詳しい専門の使用人を雇うなどすれば解決する話だ。ルールに縛られず、俺は自由に生きるぜ!
汚れても構わない木綿のワイシャツから、そこそこ見栄えのするシルクのワイシャツに着替え、下もその辺の店で買ったカーキのチノパンからオーダーメイドの紺色のズボンに履き替える。鉄角牛の革のベルトを巻いて、ようやく身なりが整った。婚約者とは言え相手は公爵家の令嬢だ。身分的には俺よりも上になるから、粗末な格好を見せる訳にはいかない。どうも俺は自由に生きられないらしい。
「ハル様、リリー様がお見えになられましたよ」
俺の着替えを手伝おうとしたので部屋から追い出したメイドのアリサが扉を開けて伝えに来る。
「もう来たのか、けっこうギリギリだったな」
俺はアリサとともに急いで玄関に向かう。ロビーに面した玄関には、数ヶ月振りに会う可愛らしい白ワンピ姿のリリーと、昨日振りに会うノースリーブ姿のメイがいた。
「リリー、久し振り。メイも来てたのか」
そう声を掛けるが、どうも返事が芳しくない。
「リリー?」
よく見るとメイもいつになくローテンションだ。
「え? 二人ともどうしたの」
「……ひさしぶりに会ったのに」
「ひどいであります……」
「……?」
不穏な気配がする。
リリーがズカズカと近寄ってきて俺の肩を掴み、目をかっ開いて叫んだ。
「この女はなに!?」
「ええっ!?」
ただの友達ですが、と返そうとした矢先、そこへメイが余計な茶々を入れる。
「わたしとはあそびだったのでありますか!?」
だからお前はどこでそういうのを覚えてくるんだ! そもそも俺とお前は遊びしかしてないだろ!……と言いたくなるのを必死に抑えて、二人を見る。リリーは怒っているし、メイは悲しそうだ。さっきのは茶々を入れたのではなく、本当に悲しんでいたのか。
「な、何これ」
「ハルくんのばかぁ!」
「ハルどののせっそうなし!」
どうやら齢六つにして、俺は修羅場に巻き込まれてしまったようだ。
✳︎
「だから俺とメイはただの友達で、別に何の問題も起こしてないんだって」
「それはほんとうなのね? うわきしたとかじゃのいのね?」
「
「それもそうね」
取り敢えずその場で言い訳をしようものなら余計に場が拗れそうな予感がしたので、まずメイにありったけの串焼き肉を用意させて、工房に閉じ篭ってもらった。流石に公爵令嬢相手では、天才鍛治師少女も分が悪いと見たのか、「後で行くから」と伝えるとメイは渋々引き下がってくれた。
そしてそこからはリリーにひたすら言い訳タイムだ。いかに俺がリリーを大切に思っているか、そしてメイはあくまでも仲のいい友達に過ぎず、俺が無実である旨を懇切丁寧に説明させていただいたところ、お転婆娘は何とか俺を許して下さった。代わりに今度はお前が公爵領に遊びに来いと言われたので「喜んで」と返させていただいた。
「わたしはね、何ヶ月もハルくんとあそんでなかったのよ。それなのにあのどろぼうねこは毎日あそんでいたなんて、そこだけはゆるしがたいわ」
「平にご容赦を……。今日一日ぶっ倒れるまで遊びに付き合うからさ」
「……しかたないわ。それでゆるしてあげる」
唇を尖らせてそう呟くリリーは「ツンデレ」という言葉がぴったり当てはまるような態度で、何とも言えない可愛らしさがそこにはあった。うーん、俺はロリコンじゃない筈なんだけどなぁ……。
その後、リリーが来た報せを聞きつけてやってきた
「メイ」
「……ハルどの」
「ごめん、今日は遊べなくなっちゃった」
「……しかたないであります。わたしもわかってるのです。おきぞく様にはこんやく者がいるものであります」
「代わりと言っちゃ何だけど、俺がいなくてもここは自由に使っていいからさ。使用人にも言っておく」
「……いや、だいじょうぶであります。あそべる日がきたらうちまできてください」
「メイ……」
もうあんたなんて知らない、と言われないだけ俺は幸せ者だ。
「わかったよ」
「それではしつれいするであります」
そう言い残してメイは自宅に帰っていった。タイミングが悪かったとはいえ、何だか申し訳ないことをしてしまったな。近い内に何か埋め合わせをしてやらなくては。
そうして不完全燃焼気味の気持ちを抱えつつ、せっかくリリーが来てくれたことが嬉しいことには違いないので、俺はリリーを連れて目一杯楽しむことにした。
綺麗な庭園を散歩したり、裏山を探索したり、庶民に変装してから街を巡って屋台の食事を楽しんだりした。リリーが悲しむといけないので、工房や秘密基地には行かないことにした。
「あー、つかれたわ……」
「たくさん歩いたからな……」
俺も、鍛えているから体力的には問題ないが、精神的には随分と疲れてしまった。やはり気を遣いながら行動するのは精神に良くない。外もそれなりに暑かったし、風呂に入ってサッパリしたい気分だ。
「おふろに入りたい」
「奇遇だな、俺もだ」
「いっしょに入りましょ」
「そうだな、一緒に……って、えええっ!?」
思わず「いいの!?」と訊き返したくなってそれを抑えた俺は紳士の鑑である。あるいは自制心の塊か。というかまず俺はロリコンではない。ないったらない。リリーが可愛いのがいけない。
「リリー、忘れてるかもしれないけど、俺は男だよ」
「しってるわよ。いやなの?」
「いや、嫌じゃない。嫌じゃないよ!」
「ならいいじゃない。行きましょ」
お転婆なのか傍若無人なのか、しかしノエルほどではないから微笑ましい。
こうして俺はリリーと一緒にお風呂イベントをこなすことになってしまった。……婚約者と混浴じゃ、なんつって。
✳︎
シルクのワンピースがはだけて、きめ細かい白磁の肌が露わになる。ほんのりと汗の滲んだ首筋から芳しい花の香りが漂ってきて、俺の未だ目覚めぬ男の部分を刺激する。子供特有の柔らかそうな腹と、可愛らしい桃のようなお尻が俺を誘惑し――と、これ以上はマズイ!!!!! いくら婚約者とはいえ、俺は犯罪者にはなりたくない!!
でも俺もまた同じく6歳児だし、そもそも俺の婚約者なんだし、責任を取るという意味では別に問題ないのでは? でも俺、中身は大人だし、日本の倫理観的に子供を舐めるように見回すとか思いっきり犯罪だし、でもここは
「ほあああああああっ」
「えっ、きも、なになに、いきなりどうしたのよ?」
6歳女児からの「きもっ」頂きました。婚約者からの罵倒、悪くないね。
どうやら俺の頭は暑さと疲労でおかしくなってしまったようだった。
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