第65話 怪しい筋肉男

 ワイバーンを討伐してから数日後。俺は一人で魔の森近くまで『飛翼』で飛んで来ていた。

 例の集落からはやや離れているので周囲に人気ひとけは無い。リリーやメイを連れて来なかったのは、一人でないと危ないかもしれないからだった。


 実は依頼を受けた後、俺は実家の書斎や、ギルドのBランク未満立入禁止の機密資料室などに通ってワイバーンの性質について調べてみたのだ。そこでわかったことが何点かある。


 まず、ワイバーンは基本的に縄張り意識が強く、余程のことがない限り自分の生まれた地域からはそう遠くまで離れない生態がある。これはAランクという高位の魔物ならではというべきか、わざわざ移動しなくても天敵のいない環境でぬくぬくと獲物を独占できるかららしい。

 そして、そんなワイバーンが移動する「余程の」理由とは、考えられる限り三つ。


 一つは食料となる獲物が絶滅してしまった場合。栄養の少ない枯れた土地とかだと、元から僅かしか動物や魔物が住んでいないので大食のワイバーンが二、三匹いればすぐに狩り尽くしてしまうのだそうだ。いくら高位の魔物とはいえ、霞を食って生きている訳でない以上、獲物を食わなければ生きてはいけない。そのような時は大抵、凶暴化して人里を襲ったりするそうだ。しかし今回のワイバーンの群れは魔の森からやって来ていた。魔の森は文字通り魔物の巣窟。ワイバーンにとっては獲物だらけの桃源郷のような環境の筈だ。わざわざ食料の乏しい地域に遠出してくる理由にはならない。


 二つ目は自身の脅威となる存在に襲われた場合。だがこれもまた考えにくい。ワイバーンは縄張りを共有する数匹〜十数匹単位の集団で獲物や天敵と戦う習性を持っている。そしてAランクの魔物の群れともなれば、その脅威度など考えるだけで恐ろしいものになるだろう。そんな群れを相手に、ワイバーン達が逃げ出すほど一方的に襲うことのできる天敵が果たして存在するのだろうか。ドラゴンのようなSランク以上の魔物ならあるいは可能だろう。だがそれでは他の魔物が逃げ出していない——魔物暴走スタンピードが起きていない理由が説明できない。ワイバーンだけを都合よく襲う魔物がいるとも考えにくいことから、このパターンも没。


 最後に考えられるのが、考えうる限り最も厄介で、そうであって欲しくない理由。人の手が絡んでいるパターンだ。いにしえの魔法文明時代には魔物を操る手段が存在していたという。現在でも魔獣契約や魔獣召喚など、魔物を使役できる術がまったく無い訳ではない。もちろん今の世界に存在しているのは理性ある魔物に対価を支払って初めて成立するような劣化版の契約魔法でしかないが、それでも魔物を使役できなくはないのだ。もしかしたらどこかの研究者が古代魔文明の遺産を復活させているかもしれないしな。


 要するに何が原因かがわからない上に、いずれのパターンでも危険度がかなり高いので、実際に何があったのかを確かめるためにこうして一人で魔の森くんだりまでやってきているという訳だった。



     ✳︎



「ん……?」


 しばらくの間、範囲を絞り精度を高めた状態の「ソナー」を放ちながら数日前かつてのワイバーン群生地の周辺を低空飛行していると、ふと捜索網に強力な魔力反応が引っかかった。動いてはいないので生物ではなさそうだ。……生物ではない魔力反応。何だろうか。魔道具かな?


 反応のあった場所に着陸して、周囲を警戒しながら魔力の発生源を捜索してみる。もしかしたら「ソナー」に引っかからない罠とかが仕掛けられているかもしれない。警戒するに越したことない。

 草むらの中、木の陰、切り株の穴の中などを探していくと、10メートルくらいの高さの木の根元あたりから魔力波が発せられているのを発見した。


「……これが原因か?」


 見ると、そこだけ不自然に土の色が変わっている。まるでつい最近に地面を掘り返して何かを埋めたばかり、と言わんばかりだ。俺はインベントリから一抱えもあるシャベルを取り出して、怪しい部分を掘り起こしていく。思った通り一度掘られていて柔らかいので、どんどん掘り進められる。


「……見つけた」


 土の中から出てきたのは、ルービックキューブのような形をしたケースの中に、拳大の魔石が嵌め込まれている謎の魔道具だった。魔石は脈動するように怪しく明滅しており、赤黒い光を放っている。光る度に魔力の波が発せられていて、端的に言ってめちゃくちゃ怪しかった。


「に、匂うぜ……」


 事件の香りだ。数千年も埋まっていた古代魔法文明時代の遺産ということはありえない。最近になってワイバーンが移動してきたことの説明がつかないからだ。何らかの人物が意図的に魔道具を埋めたことは確実と見て良さそうだった。


「これは帰ってオヤジに相談だな……」


 6年前の奴隷商人の件といい、今回のワイバーン騒動といい、どうも辺境伯領は悪い輩に狙われやすいみたいだな。皇国の辺境に位置しているから、中央よりも攻めやすいと思われているのだろうか?

 とはいえ北将の抑止力はかなり効いている筈なので、仕掛けてくるのは彼我の戦力差やリスクすら認識できないような雑魚か、あるいは――――。


「――――北将相手に大立ち回りを演じる自信のある強敵か、だな」


 「ソナー」で敵の存在を感知できなかったのはこれが初めてだ。気が付けば、俺はかなりと思われる相手に背後を取られていた。


「俺もまだまだってことか。けど間合いの外だから及第点かな?」


 現時点で俺はオヤジよりも戦闘力では上だ。北将武神流は「表/裏」ともにマスターしたし、加えて俺には莫大な量の魔力と固有魔法【衝撃】がある。

 しかし気配察知や観察眼といった、経験による対人スキルに関して言えば俺はまだオヤジには及ばなかった。

 俺は早い段階から「ソナー」が使えたからなぁ……。あんまり危機感を覚えなかったというのも大きいだろう。スカウターに頼り切って、を感知できなかった某宇宙の帝王様みたいなものだ。これは反省が必要だな。


「やあ、これを埋めたのはあんたか?」


 俺は振り返って敵さんの姿を確認しようとする。Sランク冒険者の俺を欺いたのだ。きっと隠密に特化した異世界版忍者みたいな奴なんだろう……。

 そう思いながら振り向いた俺の視界に飛び込んできたのは、しかし予想に反して身長2メートルはありそうな筋骨隆々の大男であった。「ソナー」を無効化した手練れの刺客はムキムキの筋肉男だったのだ。


「えっ?」


 極限まで鍛え上げられた筋肉と、その筋肉が醸し出す堂々とした佇まいは、まるで百の獣を従える王者のような風格を漂わせている。全身に纏う覇気が周囲の魔物を寄せ付けず、魔の森に近いというのに辺りは静まり返っていた。

 年の頃は30代後半くらいだろうか。おそらくオヤジと同世代だろう。若者には出せない肉体の厚み、気圧されるほどの迫力を感じる。一年や二年では到底再現不可能であろう完成された肉体が、圧倒的なまでの存在感で以って俺を威圧してきていた。


「ふむ、お前かなり強いな」


 筋肉男が角刈りの金髪頭をポリポリ掻きながらこちらを見定めてくる。こちらが向こうを見定めていたのと同様に、向こうもまたこちらを見定めていた訳だ。

 こちらはスピード・技術を極めた北将武神流。対して、相手はパワーとスタミナを極めた戦士だ。『纏衣まとい』を使えば相当なパワーアップが望めるが、それでもおそらく純粋な膂力だけなら、『纏衣』発動時の俺やオヤジをも超えるだろう。接近戦に持ち込むのは危うい。

 なら、かつてのフェリックス戦と同様、遠距離から仕掛けるしかない。『衝撃弾』によるスタンドオフ攻撃は俺の十八番だ。


「その魔道具を渡してもらおう」


 髪型がスキンヘッドならドウェイン・ジョンソンそっくりの筋肉男が警戒しながらこちらに近付いてくる。だがこれは渡せない。我が辺境伯領、ひいては皇国内で起きつつある重大な事件を探るための貴重な資料なのだ。


「悪いけどそれはできないよ。俺にはこれを持ち帰って調べる責任がある」


 ルービックキューブ型の魔道具をインベントリに入れて、俺は筋肉男に向き直る。奴はインベントリを見ても微塵も動揺した様子を見せない。

 ……これは戦いは避けられそうにないな。

 それに仮に向こうが見逃してくれたとしても、こちらが奴を見逃す理由にはならない。奴は我が辺境伯領内で怪しい動きをしていた最重要容疑者なのだ。


「……そうか、残念だ。なら力づくで奪うまで」

「そうはさせないよ」


 筋肉男が足を一歩引き、半身になって構える。

 ……一気に奴の威圧感が増した。どうやら戦闘態勢に入ったようだ。

 俺もまた、心臓で「血魔混合」し、北将武神流「裏」・内の型『纏衣』を発動させていく。

 ――ドクッ、ドクッ……と、拍動を経る毎に全身を巡る魔力が増し、肉体を細胞単位で強化していく。


「……なるほど、段階的に強くなるタイプなんだな」


 筋肉男が早速『纏衣』の特徴を見抜いて告げてくる。正体までは掴めていないようだが、恐るべき観察眼だ。


「そういうお前は瞬間的な増強タイプだな。魔力消費の関係で継続的な強化はできないと見た」


 今度は俺が筋肉男の戦闘スタイルを看破してみせる。それを聞いた筋肉男は表情を引き締め、ただでさえ一部の隙も無かった構えの状態から更に攻撃的な構えへと移り、臨戦態勢を取る。


 筋肉男の戦闘力はおそらくSランク。実力的には俺とどっこいどっこいくらいだろうか。少なくとも本気でぶつかれば、どちらかが死ぬ戦いになる筈だ。

 お互いあまり戦いたくない相手。しかしここで戦わなければ領民達に更なる被害が出る。俺は引くわけにはいかない。


「――――行くぞ」

「ふむ、では俺も行くとする」


 戦いの火蓋が今、切って落とされようとしていた。

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