第22話 ゴブリンの浅略 VS 人間の知恵
案の定一騒動はあったものの、無事(腕力で)解決したのでそれほど気分を害することもなく街道を進む俺。ぽかぽかとした陽気が心地よい。風も穏やかで、絶好の冒険者日和だ。
両手で荷車を牽きつつ、一応辺りを警戒しておく。この辺りはまだハイトブルクの街から2キロも離れていないので魔物も皆無に近いのだが、警戒しておくに越したことはない。例え交通量のそれなりに多い街道であっても、稀にはぐれゴブリンやはぐれスライムなどが湧くこともあるのだ。とは言ってもゴブリンならともかく、スライムは最弱の魔物の一つであり、塩をかけると途端に萎びて活動が鈍くなるのでほとんど警戒する必要はなかったりする。移動速度も大したことはないし、戦闘力がなくても塩さえあれば撃退できるので、商隊などはよく塩を常備して自衛しているようだ。
ただ、内陸のファーレンハイト辺境伯領では塩はまあまあ貴重品なので、できる限り塩を使わずに倒したい。農業の盛んなこの地では塩害にも繋がりかねないので、領政側からは推奨はされていない倒し方だ。
ではどうやって倒すのかと言えば、方法はいくつかあるが、一番確実なのは火で
他にも、核となる魔石を砕いたり、あるいはスライムの身体を構成している粘液を全て核から引き剥がしたりと、色々な倒し方があるようだ。ただ、魔石はスライムの素材の中でも一番高く売れる部分なので、魔石を攻撃する冒険者はほぼいないと言ってもいい。粘液の部分も売れるには売れるが、せいぜいが湧き水よりやや高く買い取ってもらえる程度だし、スライムの養殖業者から大量の粘液が素材として既に市場に流れているため、買い叩かれて終わるだけだ。
しかし、異世界も面白いものだ。所変われば品変わる、とは言うが、まさかスライムの養殖業者が存在しているとはなぁ。もちろん食用ではないが、錬金術の素材になったり、土壌改善に利用されたり、あるいは金属を腐食させるので建物の解体に使われたりするみたいだ。珍しいパターンでは、ペットとして飼っている人もいるらしい。好事家とはどこの世界にも一定数いるようで、何でも、あの感情を感じさせないむにょむにょした感じが良いんだそうだ。さしずめ、陸棲版のクラゲみたいなものだろうか。
俺にはいまいち理解が難しいが、まあそういう需要もあるんだな、程度に思っておけばいいだろう。魔物愛護団体とかが「スライムの生きる権利を!」などとしゃしゃり出てこないだけまだマシというものだ。
そんなことをボヤボヤ考えて歩いている内に、気が付けば随分と街から遠いところまで来ていたようだ。4,5キロは来たかもしれない。
「ふむ、そろそろ警戒を強めておくかな」
無属性魔法には「ソナー」という探知型の魔法もある。一定の周波数の魔力の波を発して、ソナーのようにして敵や地形を判断するというCランクの魔法だ。当然俺も使えるが、まだ視界は十分開けているし、ここでその魔法を使う必要はないだろう。そもそもそこまで強力な魔物がいないこの辺りでは、発見しにくいスライムは脅威にはならないし、危険性のあるゴブリンはとても目立つ。もっと街から離れれば発見しにくく強い魔物なども増えてくるが、郊外に村や集落の多いこの辺りは安全地帯と言ってもよかった。
とはいえ全く魔物が出ない訳ではない。ゴブリンは、それはそれは多く湧くし、稀にグリーンボアのような凶暴な魔物が発生することもある。だからこそこうして冒険者という職が成り立っているのだし、未だに街には城壁が必要なのだ。
そうしてしばらく歩いていると、50メートルほど向こうの林の中に、小さなシルエットを発見した。
シルエットの大きさはだいたい1メートル前後で、それが三つ、木の陰に隠れている。ゴブリンだ。
「出たな……ゴブリンめ。一丁前に闇討ちなんて図りやがって。人間様を騙そうなんざ、百万年早いぞ」
ゴブリンに知性など無いに等しいとは言うが、それは別に何も考えないという訳ではない。スライムと違って脳ミソがある以上、ああして騙し討ちを狙う個体も存在しない訳ではない。
ただ、あまりにもそれがお粗末なのだ。ゴブリンが物陰に隠れて隙を狙うというのは魔物図鑑にも載っているし、冒険者でなくとも知っている常識である。当然そんな隠れんぼが成功する筈もなく、逆に背後から襲撃されて4000エルの報酬金に化けるのが世のゴブリンの常だった。何ともまあ、悲しい生き物である。
さて、林の陰にゴブリンがいるのがわかっていてノコノコと目の前を通ってやる義理もないが、どうするかな。林の中を通って背後から奇襲するのもいいが、わざわざ草木の生い茂った林を進むというのもあまり気が進まない。
うーん、面倒なので普通に真正面から叩き潰そう。ゴブリン相手にこうして悩んでいる時間の方が勿体ない。
荷車をその場に置いた俺は腰に挿したナイフをポンと叩き、いつでも抜けるように意識してからそのまま林に向かって歩いていく。ただ、ナイフで攻撃するつもりはない。ナイフはあくまで気休めだ。普通に考えて、6歳児がゴブリンに敵う筈がない。まあ『身体強化』すればその限りではないだろうが、俺の場合はそんなことをしなくとももっと優れた攻撃手段がある。
「ゴギャギャッ!」
「「ガァーッ!」」
俺が林に差し掛かった途端、汚い鳴き声を上げて飛び掛かってくる三匹のゴブリン。一番奥にいるのが親玉だろうか。せっかくの奇襲のチャンスだったのに、わざわざ号令をかけて気づかせてしまうのだから手に負えない。厳しい軍隊なら処刑モノだな。
「『衝撃弾』×3だ」
ドドドッ、と硬式野球ボールサイズの『衝撃弾』が3発、メジャーリーガーばりの豪速球でゴブリンの頭目掛けて飛んでいく。
当然ゴブリン達にそれらを避けることなどできる筈もなく、哀れなゴブリン達は鳴き声を上げる間もなく頭部を爆散させて天に召されていった。
「一瞬だったな……。さて、討伐証明部位を…………あっ、しまった。やらかしたな」
ゴブリンの討伐証明部位は右耳なのだが、俺の『衝撃弾』の威力が強すぎたのか、頭部を爆散させた際に右耳まで粉々に吹き飛んでしまったようだ。これではゴブリンを討伐した証明ができない。
「んー、まあ魔石が無事なだけいいか」
仕方がないのでゴブリン達の胸にナイフを突き刺して、そのまま心臓の周囲を露出させる。魔物の特徴として、心臓付近に魔力の結晶体である魔石があることが挙げられる。この特徴は普通の動物には見られない。ゴブリンの魔石は最低ランクではあるが、市販の魔道具なんかであれば起動させるのには十分なので、乾電池感覚で市販されていたりする。値段もそこまで高くはないので、庶民にも売れ行きが良い。まあその分、買い取りの値段も一つ1000エルもしないのだが……。
取り敢えず、ゴソゴソと胸に手を突っ込んで魔石を3つ確保する。3000エルの収入は馬鹿にはできない。飲み代1回分だ。まあ酒は飲んだことないから味とかはわからないけども。
そんな風に悠長に構えていたからだろう。気がつけば、周囲にたくさんの魔物の気配を感じた。
「――ん、『ソナー』」
無属性魔法『ソナー』を使って確かめてみると、半径100メートル以内にゴブリンと思しき反応が約50体ほど。
これは囲まれたな。
ゴブリンは所詮脅威にはなりえない、とは言ったが、それには例外があった。それがゴブリンの群れだ。戦いは数だよ、とは誰の言葉だったか。
徐々に距離を詰めてくるゴブリンの群れに備えて立ち上がりながら、俺はどう相手取ろうか考える。負けることはないだろう。ただ、これだけの数だ。手間取るかもしれない。
――これは面白くなってきたな。
バトルジャンキーみたいなことを思いながら、俺はゴブリン達を待ち構える。
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