第21話 困った時の拳頼み

 冒険者登録を終えた俺は、早速依頼の張り出されたボードに向かう。そこには様々なランク向けの依頼が数多く貼られていて、ザ・冒険者ギルド、という雰囲気がバッチリ漂っていた。


「うーむ、いいね」


 当然、数は少ないもののAランク以上が対象の依頼なども貼られていて、他の依頼に比べて際立って高い報酬が記載されていた。


「最北の町カナイにて、大山脈より下りてきたはぐれランドドラゴンの討伐依頼……。討伐報酬は500万エル、か」


 何だか遠い世界の話みたいだ。討伐報酬が日本円にして約500万円というのも凄いが、亜種とはいえドラゴンを討伐できる人間がいるということの方が凄い。まあオヤジみたいな人間やめてる人間がいる世界だから、ランドドラゴンを討伐できるような冒険者も全くいない訳ではないのだろうが……。

 果たして、そんなドラゴンを相手に500万エルとは安いのか高いのか、いまいち判断がつかないな。素材を売った金が自分のものになるのであれば、適正価格のような気もする。ドラゴンと言うくらいだから、素材の買い取り額もものすごく良いんだろうし。


 そんなことを考えながら、俺は自分のランクに合った内容の依頼を探す。俺もいつかドラゴン相手にバカ稼ぎしたみたいものだ。広大な領地と豊かな産業を誇る辺境伯領、そこを治める大貴族たるファーレンハイト家の当主の座を継いだらどうせ金なんて余るほど手に入るのだから、純粋に自分だけの力で金を稼げるのはもう二十年も無いかもしれないのだ。

 若い内から金のことばかり考えているのはどうかとも思うが、金はあるに越したことはない。金に執心してしまっては元も子もないが、金を有効活用できる道筋は既に立てているのだから問題はない筈だ。

 俺は天才鍛治師、メイル・アーレンダールに投資して、その恐るべき才能を青田買いするのだ。そして将来は便利な道具で楽々ウハウハ生活を満喫する所存である!


 密かにそんな野望を胸に抱えつつ、俺は一枚の依頼用紙に目を向ける。その紙には大きく「常設依頼。剥がさないで下さい」と書かれていて、その下には「求む、ゴブリン討伐。討伐証明部位を持ってカウンターまで来られたし。報酬金、1体につき4000エル」とだけ記されていた。


「ゴブリンかぁ」


 見たことないな。聞いた話では、緑色の肌と醜悪な容姿、人間の子供くらいの背丈をしている人型の魔物のようだ。女性や子供を襲って犯したり殺したりする悪質な魔物で、知性はほぼ無く、繁殖力がとても強いらしい。その辺りの予備知識は日本にいる頃に読んだファンタジー小説やゲームのものとほぼ同じだ。

 肝心の強さは、まあ一般の女性や子供を殺せる程度。ある程度鍛えている武装した成人男性なら特に苦労なく倒せる程度の相手でしかないらしい。Eランク魔物として、駆け出し冒険者にはよい訓練相手である。

 とは言え一つだけ注意しなければならないことがあるらしく、それがゴブリンの群れに遭遇した時だ。ゴブリン一匹一匹は雑魚と表現して差し支えないほどの低級魔物だが、数は力だ。足は全力疾走した人間の方が速いので逃げられれば問題ないが、もし転けたり怪我をしていたりしたら危ない。繁殖力の強いゴブリンはそれなりの頻度で群れを作るので、そこだけは注意する必要がありそうだ。


「まずはゴブリンだな」


 ゴブリン討伐はEランク向けの依頼だが、Fランクの俺でも問題なく受けられる。さっさとランクを上げたい俺にとってFランクの街中での雑用やら採取依頼は時間の無駄でしかない。

 「剥がさないで下さい」とあるので、そのまま紙を剥がすことなく俺はギルドを後にする。今日はハイトブルク周辺のゴブリンを根絶やしにするとしよう。



     ✳︎



 冒険者ギルドの外に出た俺は、ギルド脇の荷車駐車スペースに停めてあった自分の荷車の元へ向かう。一応、性能があまりにも高い、貴重品と言ってもいい大切な荷車なので、ちゃんと南京錠で鍵をかけてある。ゆえに公共の駐車スペースに放置していても盗まれる心配はないのだ。


「……………………」


 ――ご覧のようにね。

 俺は正直、目を疑った。確かに俺の荷車は盗まれてはいなかった。ただ、思いっきり盗もうと画策している連中が三人、俺の荷車に群がって何やらゴソゴソしていた。

 まさか、真っ昼間からこんな人の多い往来の目の前で堂々と盗みを働こうとしている奴が何人もいるとは、根が善良な元日本人で、更には豊かなへんきょうはく家でのびのびと育った俺には到底信じられなかった。なので、まずはじめに俺は自分の目を疑った。次に精神を疑った。そこまでして最後にようやく、俺の荷車に群がっている野郎どもの人間性を疑った。

 危うくデカルト的懐疑論に目覚めるところであった。俺は実在論者であると言うのにだ!


「おいコラてめェら、一体何しょうるんじゃア! 我、思わず世界の実在を疑っちまったじゃねえかコラ!」

「ああん? なんだ、このガキ」

「ったく、面倒だな……。おら、ガキはさっさと帰って母ちゃんの乳首でも吸ってな」

「へへ、乳首、乳首」


 一人目と二人目の反応はまあ理解できるが、三人目は何だ。頭、大丈夫か。


「母ちゃんの乳首はもう散々吸ったからな。今は妹に譲ってあげたんだ」

「チッ、なら帰れ」

「そういうわけにもいかない。荷車から離れろ」


 勝手に俺の荷車に触れている時点でだいぶ怒り心頭ではあるのだが、こいつらは更に盗もうとまでしている。許してやる理由はない。ただ、いきなり攻撃を仕掛けて荷車に傷がついてしまっては悲しいので、まず離れて貰わねばならない。


「ん? おいガキ。この荷車はお前のか?」

「そうだよ。人の物に勝手に触るもんじゃないよ」


 俺の返事を聞いたリーダー格の男は何故かニヤリと笑い、そのまま手を差し出してきた。


「出せよ」

「あ?」


 乳首の話だろうか。ひょっとしてこいつは正太郎コンプレックスのがあるのではなかろうか。ちなみにどうでも良いが、正太郎と聞いたら某28号ではなく「さんをつけろよ」の彼を思い浮かべてしまう俺である。


「鍵だよ鍵! てめえがガチガチに鍵かけてるせいで動かねえんだよ」

「鍵かけてるんだから当たり前だよなぁ」


 何のために鍵かけてると思ってんだ。さてはこいつ、頭が悪いな。


「っ、このガキ! 大人をナメてんじゃゴハアァッ!!」

「〝大人〟はこういうことはしないもんだぞ」


 あろうことか逆ギレした男が殴りかかってきたので、死なない程度に【衝撃】を腹パンの要領で食らわせてやる。


「「マルクさんっ!?」」


 おかげで共犯者達にマルクと呼ばれた男は見事に吹っ飛んでいった訳だが……こちとら6歳児だぞ。普通、6歳児に殴りかかるか? まあ普通じゃないから荷車なんて盗もうとしてたんだろうけどさ。こういう奴が家庭内暴力とか児童虐待とかを起こすんだろうなぁ……。


 少しだけ嫌な気持ちになりつつ、チラッとマルクが吹っ飛んでいった方向へと目を向ける。ギルド脇に併設された解体場の壁に突っ込んで瓦礫にまみれているが、ピクピク動いているので死んではいないだろう。まあ、骨の五本十本は折れているかもしれないが……。いずれにせよ、本来なら俺の鶴の一声で不敬罪、かーらーのーリアル首チョンパだったのだ。黙っててやるだけありがたいと思って貰おう。


「お前らは?」

「「ひ、ひいっ!」」


 荷車の側に立ち尽くした取り巻き二人を軽く睨むと、それだけで二人は恐れをなして逃げ出そうとする。


「逃さねぇよ」


 俺は背後から、歩くのに影響の無さそうな腕や肩を狙って『衝撃弾』を撃つ。高速で撃ち出された二発の『衝撃弾』は見事二人の肩と腕に当たり、二人ともその場ですっ転んだ。


「ぎゃあっ」

「痛えよぉ!」


 残念ながら自業自得というものだ。面倒なので憲兵を呼ぶことはしないが、同様に医者を呼んでやることもしない。自分達のしでかしたことは自分達で何とかしてもらおう。というか、憲兵を呼んだら俺の正体がおそらくバレるので、彼らは全員不敬罪で良くて奴隷落ち、最悪斬首だ。呼ばない方が優しいこともあるのだ。


 いつの間にか周囲に人だかりができている。このままでは憲兵が来るのも時間の問題だろう。彼らの蛮行を許すことはできないが、別に俺としても命まで奪いたい訳ではない。

 何とか立ち上がったものの、痛みで未だに喚き続けている二人に向かって声をかけておく。


「あー、何つったっけ、えっと……マルク? フラン? だっけ? まあいいや、あそこで倒れてるお前らの兄貴分な。ちゃんと連れて行けよ。あと壊れた解体場の壁も弁償しとけよ〜」


 返事はない。


「返事は?」

「「は、はい!」」

「よろしい。それではお元気で」


 骨折してるのに元気もクソもあるか、とは自分でも思ったが、他に良い挨拶が思いつかなったので仕方がない。

 無事に回収した荷車を牽きつつ、俺はハイトブルクの東西南北に四つある門の内、すぐ目の前の西門へと向かう。


 ちょっとしたトラブルはあったが、今日は冒険者登録して一日目だ。俺の幸先の良い冒険者ライフを送るためにも、この辺りに住むゴブリンどもを血祭りに上げてやるぜ! 生け贄だ!

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