第20話 I want to be a 冒険者.

 次の日。家庭教師とのお勉強を終えた俺は昼食を食べながらオヤジに訊ねてみた。


「父さん」

「ン、どうした」


 爪楊枝を咥えながらオヤジ臭く返すオヤジ。


「僕、冒険者をやってみたいんだけど、冒険者って6歳児でもなれるもんなの?」

「ああ、お前もついに冒険者に興味を持ったか」


 そう呟くオヤジは、しかしどこかニヤニヤと楽しげだ。危ないことには否定的な母ちゃんの反応も何故か悪くない。


「?」

「結論から言えばなれる。冒険者に必要なのは実力のみで、年齢性別身分は一切関係ない。強いて言えば皇国の国籍を有しているか否か、だけだな。それも、申請すれば外国籍枠ですんなり登録できたりする」

「なんだか潔いね」

「冒険者は基本、自己責任だからな。何があってもギルドは関与しない代わりに、登録自体はかなり簡単に行える」

「お父さんとお母さんも昔は一緒にパーティーを組んで皇国を冒険して回ったものよ〜」


 そう話す母ちゃんの顔はどこか楽しげだ。懐かしい青春の日々を思い返しているのだろう。


「……ああ、言い忘れていたが犯罪者は駄目だ。社会復帰した前科者はともかく、現役の囚人はギルドを除名の上、皇国法に従って投獄されるからな。そもそも投獄されている時点で強制労働を課されているから、冒険者として活動することは物理的に不可能だ」

「そりゃそうだな」

「とは言え犯罪者スレスレの破落戸ゴロツキはかなり多い。荒っぽい職業であるがゆえの必然ということだ」

「なるほどね……」

「だからトラブルに巻き込まれる可能性はそれなりに高い。特にお前みたいな子供はよく駆け出しの対象になりやすい」


 冒険者登録時の定番ネタだな。まあ、新人いびりは他の職場でもよくある話だ。


「無事に登録できたとして、なんだか一悶着ありそうだなぁ……」

「まあ、それに関しては諦めた方がいいな。冒険者になるなら誰もが通る道だ」

「そうだね。父さん達はどうだったの?」


 そう訊くとオヤジと母ちゃんは顔を見合わせて何やらニヤケだす。


「返り討ちよ」


 そう言い切った母ちゃんは、たいそう悪い笑顔を浮かべていた。母ちゃんのそんな顔、初めて見たよ……。


「お前も男なら、やられたらビシッとやり返すことだな。冒険者同士の争いにギルドは不干渉だ。降りかかる火の粉を振り落とすのも、殺伐とした社会を生き残るのに必要な力だ」

「ハル君なら大丈夫よ。だって私達の自慢の息子なんだもの」


 どうやら「好きにしろ」ということらしい。これで両親の許可は下りたというわけだ。


「ありがとう。早速この後登録してくるよ」

「身分証明があった方が登録はすんなり済むだろう。一応、家紋を持っていけ」

「うん、わかった」


 確か、去年の暮れ頃にオヤジに「大事なものだ」と手渡された家紋入りのミスリル製キータグが俺の部屋に保管してあった筈だ。渡された時は「そこは印籠じゃないのかよ」と思ったものだが、まさかこの世界で時代劇のネタが通じる訳もない。

 一応、貴い身分を示すやんごとなきアイテムなので、キータグは俺達家族以外が触れることはできない。アリサには持ってこいと頼めないので、面倒だが後で自分で探しに行くとしよう。はて、どこに仕舞ったっけなぁ……。



     ✳︎



 30分ほどかけて何とかキータグを無事探し出すことに成功した俺は、領都ハイトブルクの西側の端に位置する冒険者ギルド・ハイトブルク支部へと来ていた。

 「質実剛健」という言葉が相応しい、四階建ての立派な建物だ。敷地面積も随分と広いようで、冒険者ギルドという組織の巨大さを実感させられる。

 ところで、なぜ商業ギルドや職人ギルド、農業ギルドなどの他ギルドが街の中心部にあるにもかかわらず、冒険者ギルドだけが西の端に位置しているのかと言えば、単純に素材の搬入の関係だった。他のギルドはそれほど多くの物資の輸送を伴わないのに対し、冒険者ギルドではほぼ毎日のように大量の素材という名の魔物の死体が運び込まれてくる。場合によっては人間の遺体も……なんてことも無い訳ではないらしいので、到底市街地の中心部に施設を構えることはできないのだ。

 その分、冒険者には搬入が楽だと好評であるし、まあそれで問題は無いんだろう。

 ちなみに、同じように大量の作物を扱うイメージのある農業ギルドは、実は主な業務内容は流通量・価格調整や土地生産力調査などで、徴税や販売などは直接ギルドでは行わないため市街地の中心部にあっても問題ないのだそうだ。予想と違ったのでやや驚いたが、どうもそういうものらしい。


 さて、取り敢えず中に入って冒険者登録をするとしよう。登録しなければいくら魔物を狩っても買い取ってはくれない。親に世話をかけずに自分で金を稼ぎたければ、冒険者に登録することが一番の近道だ。


 木製の両開きの扉を開けると、ギィ……、と音が鳴った。ただ、それで中の人間全員から注目を浴びる……かと思えば、そんなことはなかった。

 地球の市役所とかと一緒だ。わざわざ入ってきた人間をジロジロ見るような文化は存在しないらしい。

 ただ、やはり明らかな子供の俺は若干目立つようで、スタスタと受付目指して歩く俺を見て戸惑うような視線(声を掛けるべきか迷っている感じだ)は感じた。

 まあ、今の俺はまだ冒険者ではないからな。自己責任という前提は俺には当てはまらない。だから声を掛けるべきか迷っているんだろう。


「あのー」

「はい、どうしたのかな?」


 一番近くにあった受付のお姉さんに話しかける。お姉さんは子供に対する話し方で応対してきた。

 うーん、何だかこういう反応は慣れないな。家では好き勝手に振る舞っているせいか、オヤジも母ちゃんもあまり俺のことを子供扱いはしないからな。


「冒険者登録したいんですけど」

「あー、両親の許可は貰ってるかしら?」


 ちょっと困り顔でそう返してくる受付嬢。気持ちはわからんでもない。もし俺がハローワークの職員で、6歳くらいの子供が「仕事下さい」とか言って来たら同じ反応をする自信がある。

 けどな姉ちゃん、こちとら見た目は子供だけど中身は大人なんでサァ……。


「貰ってるよ。あとこれ。効果あるかはわからないけど」


 そう言ってポケットからファーレンハイト辺境伯家の家紋入りキータグを取り出す。一応、スラム街の人間ならともかく、社院で初等教育を受けて育ったこの街の人間なら庶民であっても皆この家紋は知っている筈だ。他の貴族家の家紋はどうかは知らないが、皇族とファーレンハイト家を示す家紋だけは確実に習うからな。


「……? あっ、これは失礼いたしました」

「騒ぎになるのは嫌だから、普通にしてくれて構わないよ。冒険者登録がしたいだけだから」

「かしこまりました。それではお手続きに入らせていただきますね」


 流石はキータグ。「この紋所が目に入らぬか!」とばかりに覿面てきめんな効果を発揮する。普通、家紋とは当主に判断能力を――外でその家の貴族の代表として振る舞うことを認められた者だけが当主から手渡される。つまり、俺がここで家紋入りキータグを見せるということは、俺がファーレンハイト辺境伯家当主のオヤジから一人前の人間だと認められた状態で、己の判断でここにいるということを意味しているのだ。

 であれば、全ての責任は俺にあることになる。もし何か問題が浮上しても、それは貴族の権限を利用して問題を引き起こすことになった俺の責任になるため、受付嬢がそしりを受けることはない。

 受付嬢の態度が変わったのにはそういう裏もあったのだ。


「それではこちらにお名前と年齢、出身地などをお書き下さい」

「はーい」


 上質そうな紙に俺の個人情報を登録していく。貴族特有のやたら長い名前を見て、受付嬢の顔が若干強張っている。

 まあそうだろうな。一般人の名前はもっと短い。基本、苗字と名前だけ。あるいは人によっては名前だけという場合すらあるのだから。まあ最近では名前だけというのは滅多に見なくなった。代わりに苗字の役割を果たしていた屋号なども廃れていっているようだが、それが良いのか悪いのかは俺にはわからない。


 そんな皇国庶民の名前事情はさておき、ひとまず俺は個人情報を登録し終える。次はおそらく定番のアレだ。魔力登録だ!


「はい。ありがとうございます。それでは説明に入らせていただきますね」


 あれ?


「冒険者には、下からF、E、D、C、B−、B、B+、A−、A、A+、Sという11のランクがあります。このランクというのは、冒険者を保護し、かつ依頼の成功率を上げるために存在します。これは依頼を受ける冒険者にとって適切な難易度の依頼が受けられるよう判断するための基準となるものです。そのため昇級には複数回に渡って試験が課されることがあります」


 どうやら魔力登録などはしないらしい。少し残念に思いつつも、大人しく説明を聞くことにする。


「そして冒険者は、自身のランクに応じて受けられる依頼に制限があります。具体的には、自分のランクの一つ上までしか受けることができません。下には制限はないですが、あまり下の依頼ばかり狙っていてもランクは上がりませんのでご注意下さい」


 当たり前だな。俺としても、早く上のランクに上がりたいので下ばかり狙うことは特殊な事情でもない限り、まずないだろう。


「万が一依頼に失敗してしまった場合は、報酬金の約一割分の違約金が課せられますのでご注意下さい。なお、正規の手続きによって依頼の引継ぎがなされた場合はこの限りではありません」


 この辺も納得だな。特に疑問に思うことはない。


「今回、エーベルハルト様はFランクからスタートになりますが、Fランクだけは他と少し違った制度になっていまして、Fランクは基本的に街や村の中でのみ行えるような雑用や、危険度の低い薬草採取などが主な仕事内容となっています。戦闘を伴う討伐依頼などはEランクからとなっておりますのでご注意下さい。なので危険のあるEランクの依頼を受注する際は自己責任でお願いします。……何か質問はございますか?」

「Eランクにはどうすればなれるの?」

「Fランクの簡単な採取依頼を数十回こなすか、あるいは一つ上のEランクの依頼を複数回達成していただければ、自動的にランクが上がるシステムとなっております。他には?」

「いや、とりあえず大丈夫」

「かしこまりました。それではこちらがギルドカードになります。失くされますと再発行になり、再発行には別の身分証明と手数料1万エルが必要となりますので、ご注意下さいね」

「あ、これ落としたり奪われたりしたらどうなるの?」

「その場合は最寄りのギルドまで出向いていただいて、カードの利用停止を申請していただくことになります。利用停止している間は例え本人であっても預金の引き出しなどはできなくなりますので、ご注意下さい。別の身分証明をお持ちいただければ利用停止は解除されますのでご安心下さい」

「なるほどね」


 クレジットカードみたいなものだろう。顔写真が付いている訳ではないから悪用しようと思えば他人に悪用されてしまうけれど、落としたことに気づいたらスマホアプリや電話一本で利用停止ができる。

 原始的なようでいて、なかなか優れたシステムだ。これなら魔力登録が要らないのも納得できる話だな。


「それでは以上になります。依頼の結果報告はこちらのカウンターか、或いは隣に併設されている搬入倉庫でお願いします。素材の買い取りも隣の倉庫で行なっておりますので、依頼が終わった際にはそちらへよろしくお願いします」

「うん」

「それでは、以降は冒険者としての活動を我々ギルド職員がサポートさせていただきます。ギルド職員一同、エーベルハルト様のご活躍を期待しております」

「ありがとう。今後ともよろしく」


 こうして俺は冒険者になった。さて、たくさん魔物を狩って早くランクを上げるぞ!

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