第19話 メイル・アーレンダールの隠れた才能

「うおおおおおっ!!」


 圧倒的に性能の良くなった荷車をガラガラ牽きながら俺は広大な裏庭を駆け回る。


「うひゃああああ〜〜っ!」


 荷台にはメイが乗っていて、赤い髪を振り乱して叫んでいた。


「はやい、はやいでありますぅぅぅ!!」

「まだまだだぜ! 俺は限界を超えるッ!」

「ひぇえええええ」


 まさかメイがあそこまで器用だとは思わなかった。いくら親方という優秀な師匠とドワーフという鍛治に秀でた種族的特性に恵まれているとは言え、数日前に修行を開始したばかりなのだ。全く未経験の俺よりはマシだろうくらいにしか思っていなかったのに、結果はこの出来栄えである。ぶっちゃけ、メイは天才だ。


「軽い……荷車が軽い……!」


 メイとて6歳の女の子なのだから、20キロ近い体重がある筈だ。麻袋の米20キロ分と考えたらそれなりに重いことが伝わるだろう。なのにこの軽さである! まるで何も乗っていないかのような牽きの軽さ、そして快適な挙動。坂道を自転車で駆け下りるかのような爽快感だ。


 時刻は夕暮れ。日がだいぶ傾いてきており、そろそろお開きになってもおかしくはない頃合いだ。しかし数時間かけて完成したこの喜びはいかんともし難く、こうしてメイを乗せて駆け回ることで発散しているのだ。



     ✳︎



 時刻は昼。メイを呼んで、作業工程を説明した俺はメイを秘密基地の辺りまで案内した。相変わらず立派な竪穴住居に着いた俺達は、そこで作業を開始する。

 まずは材料の確保。使うのは金属だ。ただ、一言で金属と言っても鉛や銅では話にならない。圧倒的な強度と耐久性を持つ鉄が必要だった。

 いくら広いファーレンハイト家の屋敷とは言えど、貴族の邸宅なので工房のように設備が整っている訳ではない。あるのはパンを焼くような小さな窯とゴミを燃やす焼却炉くらいだ。鉄塊などという代物は存在しない。ましてや鉄を溶かす炉などあろう筈もなかった。

 まずは材料確保だ、とメイに伝えると、メイは「おまかせください!」と何やら自信ありげな様子だったので、取り敢えず好きにさせてみた。

 そこからがヤバかった。「ヤバかった」なんて語彙力のヤバい感想しか出てこないくらいにはヤバかった。

 まず、メイはその場でドワーフとしての種族的特性を遺憾なく発揮した。ドワーフとは、本来は皇国北方の海を隔てた先にあるノルド半島と呼ばれる地に土着している種族だ。半島と言うだけあってノルド半島と皇国は一応陸続きではあるのだが、その間に他国を挟むため、直通ルートとしては海運しかないのである。

 そのノルド半島に住まうドワーフは、俺のような人族と呼ばれる種族とは違い「男女共に背が低い」、「男性は筋骨隆々で毛深く、女性は発育著しくいつまでも若々しい」という特徴の他にもう一つ、「ノームと呼ばれる精霊に愛されている」という特徴がある。

 ノームとは、大地に棲まう精霊の総称だ。土属性の魔法を司ると言われており、世界中に存在しているらしい。このノームの親玉を地母神と言うらしいが、土属性に関しては俺はそこまで詳しくはないので詳細は省く。

 それで、ドワーフという種族はこのノームとの親和性が高いため、種族全体が土属性魔法に非常に高い適性を持つのだ。そしてそれは特に魔法を極めている訳でもない6歳児のドワーフにも適用される普遍の性質。説明が長くなったが、ドワーフの娘メイル・アーレンダールは、生まれながらの本能と直感によって土属性魔法を行使したのだ!


「『ノームさん、てつをください』!」


 そんないい加減な呪文でノームが反応するか、と内心で突っ込みを入れた次の瞬間、俺はそんな反応をしてしまった俺自身に再び突っ込みを入れることになる。

 メイが真面目とも不真面目とも言えないような呪文を唱えた途端、ボコボコボコ……と地面が隆起し、やがて地中から見覚えのある黒い砂粒が湧いてきたのだ。


「ウッソオオオォォォ!?」


 某・木に擬態した岩タイプの魔物みたいな声を上げてしまう俺。

 適当な呪文でメイが地中から調達したのは、還元の必要すらない、紛れもなく純粋な砂鉄であった。


「メ、メイ。何だ今のは」

「? さあ。たぶんドワーフならみんなできるでありますよ」


 本人もイマイチわかっていなかったらしいが、今のはおそらく精霊魔法だ。魔法の素養がない人間が使えるとしたらそれ以外にはあり得ない。大地の精霊ノームに愛されていることからもそういう風に考えられる。

 というか、そもそもメイの魔力はそれほど多くない。その辺の6歳児よりは多そうだが、俺と比べたらあってないようなものだ。精霊魔法は少ない魔力でも最高効率で精霊が魔法を行使してくれるので、消費魔力が少なくて済むのだ。


 メイの恐ろしい片鱗はこれに留まらなかった。砂鉄を調達したと思ったら、次は別の呪文(?)を唱え出したのだ。


「『ノームさん、このてつをまるくしてください。あとわっかにしてください』」


 もう俺は驚かない。ドワーフとはそういうものだという風に考えることにした。

 案の定、地面に散らばっていた砂鉄の山がズズズ……と形を変えて丸くなっていく。熱で溶かしている訳でもないのに、鉄が綺麗に形を整えていく。


「これぞまさしくだな……」


 まあこの世界では魔法が日常の一部になっているからおかしくはないんだろうが。やっぱり元日本人としては違和感が少しある。


「さいごに、これをくっつけるであります……」


 メイは出来上がった部品をガチャガチャ弄って、だんだんベアリングの形へと組み上げていく。それを横から眺めて十数分。ついに念願のボールベアリングが完成した。


「できたであります!」

「なんか凄かった……」


 きちんと動作するか確認してみると、驚くほど滑らかに回転する。精霊魔法で作り上げたために、手作りの時と比べて誤差が著しく小さいのだろう。何故これで文明が発展しないのか心の底から謎である。


 その後、この作業をあと3回繰り返して全ての車輪分のベアリングを用意する。荷車の木製の車輪は正確な円ではなかったので、ベアリングがきちんとはまるように二人で削ったりヤスリがけをしたりして、結局荷車が完成したのは夕方近かった。


「「できたーーーー!」」


 さほど苦労はしなかったが、出来たものは嬉しい。俺はメイと完成の喜びを分かち合う。そして冒頭のシーンに戻る訳だ。



     ✳︎



 散々走り回って疲れた俺と、揺られまくって吐き気を催したメイは秘密基地のゴザ敷きの床にぐったりと横たわる。


「う、うおぇ……、し、しんどいであります……」

「…………疲れた……………………」


 子供は馬鹿なことをするものだが、流石に今回ばかりは馬鹿すぎたように思う。次回からはもう少し落ち着いて行動するとしよう。


 しばらく休んで回復した俺達は、今後の展望について話し合う。


「今回こうして荷車を作ったことで、俺の収入はもっと増えると思うんだ。それで、また作ってもらいたいものも出てくるかもしれない。そこでどうだろう。ここの秘密基地にメイ専用の工房を作ってはどうかな?」

「わたしせんようの工ぼうでありますか!?」


 自分の部分で目を輝かせるメイ。やはり職人にとって自分の工房を持つことは夢の一つなのだろう。それが例え子供であったとしても、だ。


「俺はメイの作った道具で魔物を狩り、金を稼いでくる。メイは俺の稼いだ金で新しい道具をたくさん作る。そうしてどんどん便利な発明品が増えていくんだ。なんだかとても楽しそうじゃない?」

「すごいすごいすごい! すごいはっそうであります! ハルどのは天才です!」


 俺としては6歳であの技術力を誇るメイの方が天才な気がするが、それはまあ言っても伝わらないんだろうな。


「さーて、じゃあ早速明日から俺は街の外へ魔物を狩ってくるとしよう。メイはここに建てる工房について色々考えててくれ。材料費なんかは俺が出すから、気にせず好きにしてくれて構わないよ」

「たのしみであります! うーん、どんなのにしようかな〜!」


 あれだけの魔法を見せつけたメイだが、ウキウキワクワクし出した姿は年齢相応で、何とも心が温まる光景だ。

 ここにいればメイは好き放題に修行に取り組めるし、俺から細かい魔法の知識も学べるし、何より現代日本の科学知識を得ることができる。果たしてどんな鍛治師になるのか、メイの将来が楽しみでもあり、末恐ろしくもある俺だった。

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