第23話 ゴブリン大虐◯

 ゴブリンの群れに囲まれた。総数は約50匹。特に戦闘訓練を積んでいない普通の成人男性50人に囲まれたと言えば、どの程度の脅威度かはっきり伝わるだろうか。


「これはひょっとして人生で一番の危機かもな」


 これだけの数を相手取るのは正直なところ、骨が折れそうだ。魔力には自信があるので火力重視でいけば押し切られることはまず無いとは思うが、それでは討伐証明部位の確保が難しくなってしまう。ゴブリンの討伐報酬は4000エルだ。魔石も合わせたら5000エル。25万エルの報酬は捨てがたい。


「取り敢えず『衝撃弾』の威力はもう少し抑える必要があるよな」


 硬式野球ボールほどのサイズで頭部爆散だったのだ。次からはピンポン球程度……いや、もっと小さく拳銃弾――9ミリパラベラム弾程度で十分だろう。9ミリなので、だいたい直径は人差し指の太さくらいだ。某霊◯よろしく、指をピストルの形っぽくして撃てばそれっぽくなるだろう。まさに指鉄砲だ。

 拳銃弾サイズのミニマム衝撃弾……。そうだな、技名は『デリンジャー』にしよう。


 新しい技名を考えている間にもゴブリン達はどんどん近づいてくる。そろそろ視界に入る頃だ。

 それにしてもたった一人の人間――それも幼児を相手に50匹の群れで襲ってくるのだからゴブリンも頭が悪い。効率という概念をまるで理解していなさそうだ。仮に俺を仕留めたとして、50匹でどうやって分割すると言うんだろうか。体重20キロも無い俺を50分割したら、一匹あたりの分け前などたかが知れているだろうに……。


「ゴギャアアッ!」

「「ガッ! ガアアッ!」」

「「「ギィィーッ!」」」

「「グアッグアッ!!」」


 獲物を目の前にしたゴブリン達が勝鬨を上げている。まだ仕留めてすらいないのに、だ。取らぬ狸の皮算用とはまさにこのことだな。


「ま、それを言うなら俺もなんだけど……『デリンジャー』!」


 ゴブリンの報酬について考えていたのだから俺も人……ゴブリンのことを言えた立場ではない。

 しかし、それと戦闘これは別だ。攻撃を手加減するつもりはない。

 俺の指から放たれた9ミリサイズのミニ・衝撃弾こと『デリンジャー』が亜音速で先頭を走っていたゴブリンの頭に吸い込まれていく。


「ゴッ……」


 悲鳴とも取れない一瞬の鳴き声を上げたゴブリンはドシャ、と音を立てて走る勢いのまま崩れ落ちた。左目周辺から側頭部にかけてが吹っ飛んでいるが、今度は右耳はしっかり残っているようだ。


「よし、これならいけるぞ」


 『デリンジャー』に自信を得た俺は、そのまま近い個体から順に連射していく。


「ギャッ」

「グギョッ……」

「グアァ……ッ」


 次々と倒れ伏すゴブリン達。まだ群れとの距離は30メートル以上離れているが、既に10匹近くは倒している。


「ギエッ」

「ゴギャアッ」


 彼我の距離が残り10メートルを切ってしまった。だがまだ30匹ほどのゴブリンが生き残っている。近接戦闘でこれを捌くのは正直ごめんこうむりたい。


「……っ!」


 どうにかして、一度に奴らを殲滅したい。どうすれば……。

 次の瞬間、俺の頭に閃きが舞い降りた。なるほど、確かにこれなら一度にゴブリンの群れを倒せるだろう。こうなったら、できるかわからないが……やってみるしかないよな。

 俺は『ソナー』と『デリンジャー』を順に発動してリンクさせるイメージをする。

 まずは『ソナー』で敵を捕捉。同時に、捕捉した敵に向かって『デリンジャー』の弾丸が向かっていくイメージ……。

 名付けて……


「『絶対領域キリング・ゾーン』!」


 ピストルの形に構えた俺の指先から、マシンガンの如く毎秒10発以上の小型の『衝撃弾』が連射される。実体を持たない半エネルギー状の弾丸は一発たりとも外れることなく、亜音速でゴブリンどもの頭部目掛けて飛んでいく。


 ――ドパパパパパパパンッッッ!


 辺りに土煙が立ち込める。ゴブリン達の醜い鳴き声はもう聞こえない。


「……新技、成功」


 射程圏内の敵を一網打尽にする多対一の必殺技。どうやら成功したらしい。

 冒険者初日の敵がこれだ。今後の俺の冒険者人生が波瀾万丈に満ちていることを示唆するようなデビューだったが、これもまあ悪くないな、と俺は感じていた。



     ✳︎



「あああああ〜、疲れたぁぁあああ……」


 荷車を牽きながら領都ハイトブルクへの帰路を進む俺。荷台には大量の耳と魔石、そして何匹かの角ウサギが載っていた。

 角ウサギはいい。あれは肉自体が素材になるから血抜きさえすればわざわざ解体しなくてもいいし、倒すのも楽だ。

 だがゴブリン。てめーらは駄目だ。いくら25万エルになるからと言って、人間と似たような姿形をした死体50匹の心臓に腕を突っ込んで魔石をほじくり返す作業を延々と繰り返していたら頭がおかしくなってしまう。

 今日一日で一体どれほどの生命を弄び、死体を冒涜したのか考えたくもない。実入りは悪くないが、精神を病む魔物。それがゴブリンなんだな、と再確認した俺だった。



     ✳︎



「お、お前さん、嘘だろ……」

「おい、見ろよあれ。あんな子供が……ありえねえぞ」

「うわっ、ゴブリンをあんだけ倒したのか!? 信じられねえ」


 西門からハイトブルクの街に入った俺は今、すぐ近くの冒険者ギルドに併設された搬入倉庫兼解体場で荷車の中身をギルド職員に見せていた。

 周囲の視線がすごい。ここにいるほぼ全員が俺に注目しているようだ。

 辺境都市ハイトブルクで活動する冒険者の中にゴブリンの群れを倒してくるパーティーがいないわけではないが、やはりゴブリンは数匹単位で狩るのがセオリーだ。それを6歳の子供が冒険者登録初日にやらかしたのだから、注目の的になるのも仕方ないと言えば仕方なかった。


「坊ちゃん、これ、全部倒したのか?」

「うん。魔石取るの怠かったよ」

「だろうな…………。……ちょっと待ってろ、今から査定する」

「よろしく」


 何やら疲れた顔で素材をチェックしていくギルド職員のおっちゃん。手持ちの紙に何やら書き込みつつ、獲物を品定めしていく。


「……しめて、26万7000エルってとこだな」

「だいたい27万か。一ヶ月分の給料、稼いじゃったな」

「いや、これは一ヶ月分以上だな。坊ちゃん、お前、将来大物になるぞ」

「ははは〜」


 日本円に換算したら40万近い稼ぎだ。冒険者、最高〜。



     ✳︎



 その後、冒険者専用の荷車・馬車の駐車場を契約して荷車をそこに停めた(もちろん鍵はかけた)俺は、角ウサギ2匹を革袋に入れて歩いて帰っていた。明日か明後日の食事にこの肉を使った料理を出してもらおう。

 そう言えば、そろそろグリーンボアの肉が熟成する頃だな。ひょっとしたら今日の夕食にでも出てくるかもしれない。

 グリーンボアは食べたことがないから楽しみだ。豚肉みたいな味がするんだろうか。

 それにしても、同じ魔物でも美味しい魔物と不味い魔物がいるんだから不思議だ。何が味を決めているんだろうか。魔力? それとも食性?

 魔物の謎は深まるばかりだ。

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