第291話 大好きだよ
「イリス、お前が好きだ」
柔らかいその両手をギュッと握り締めて、そう告白する俺。イリスはといえば、何も言わずにただ真っ直ぐ俺のことを見つめ返している。
「…………」
「………………」
永遠に近い時間が流れているような気がした。一瞬なのに、とても長い。返事を待つのがこんなにも長くて――――こんなにも怖いなんて。最強の皇国騎士が聞いて呆れるな。
俺は今まで直接イリスに好意を伝えたことがなかった。もちろんお互いがお互いを意識していることは暗黙の了解で通じ合っていたし、それとなく好意を示唆したこともある。でも、ここまで直接的に愛の言葉をぶつけたのはこれが初めてだ。
今こうしてイリスに告白してみて、改めて自分の心の奥に
――――そうか。俺は、こんなにイリスのことが好きだったのか。
――――ああ、怖い。もし拒絶されたどうなってしまうんだろう。イリスが俺を嫌っている筈はないし、なんだったら俺のことを異性として好いているのは流石にわかっている。でも、もし、万が一……。
そんなことを思っていたら、ピクッとイリスの手が震えるのを感じた。
「イリス?」
見れば、――――イリスは涙を流していた。
「イ、イリス⁉︎」
俺は何を間違えたんだ。もう絶対に好きな人を泣かせないと誓った筈なのに。
「ごめん。イリス、そんな、泣かせるつもりじゃ」
「ん、ふぐっ、……ううん、違う。……悲しくて、うっ、泣いてるんじゃないよ」
「イリス」
そこでイリスはガバッと俺に抱き着いてきた。引っ込み思案で滅多に自分から抱き着くことのないイリスが、だ。
「……ハルト。わたし、嬉しいよ。ぐすっ……嬉しい。好きだよ。大好きだよ。ううぅ……ひぐっ」
耳元で号泣するイリスの背中に腕を回して、優しく、きつく抱き締め返す俺。シトラスの甘酸っぱい香りが鼻腔に満ち、胸いっぱいにイリスを感じる。
「わたし、こんな性格だから……自分からは好きって言えなかった。リリーとメイルがハルトと結ばれたことには気づいていた。気づいてたけど、でも勇気が出なかった」
イリスは泣きながら続ける。
「わたしは、二人と違ってハルトと出会ったのがちょっと遅いから。……幼い頃の思い出を共有してないから、本当の意味でハルトを知らないんじゃないかって。そう思って、少し諦めていた」
「イリス……」
「でも、特魔師団で一緒に生活して、大変だけど楽しい時間を過ごして、気づいたら自分でも抑えられないくらいにハルトの存在がわたしの中で大きくなっていた」
そこでイリスはようやく泣き止み、抱き締めていた体勢から直って俺を正面から見つめる。
「わたしも、ハルトが好き。大好き。自分でも信じられないくらいに、好き」
思いっきりイリスを泣かせてしまった俺ではあったが……どうやら悲しみの涙ではなかったみたいだ。
「イリス……」
「……ハルト」
どちらからともなく、引き寄せられるようにしてキスを交わす俺達。こうして俺とイリスは、ようやく想いを伝え合って恋人になったのだった。
✳︎
「まったく、ハル君は待たせ過ぎなのよ」
「私の時もそうだったであります。ハル殿がリリー殿と結婚してしまったら今の関係が終わっちゃうような気がして、正直絶望しかなかったでありますから」
「ちゃんと伝えられてなかったのは今でも悪いと思ってるよ。でも、一晩だけでもいいからって迫ってきたのはちょっと引いたぞ」
「あっ、あれは! その! 決してハル殿の身体が目当てだったわけじゃなくてですね! そう、お情けが欲しかったんであります!」
「考えてみればハルトは辺境伯家の嫡男で次期当主なんだから、側室はいて当たり前」
「むしろ貴族的にはいないほうが問題なのよね」
イリスと想いを伝え合った後、流石に真っ昼間から致すのも猿すぎるので二人で大人の階段を上るのはまた別の機会にお預けとなり、こうして顛末を伝えるべくファーレンハイト家の皇都邸宅に全員集合と相成ったわけだが……そこでリリーとメイに掛けられた言葉が先のセリフである。なかなか手厳しいお言葉ではあるが、男として甘んじて受け入れよう。
まあ何はともあれ、色々と波瀾万丈な展開は挟んだにせよ、すったもんだの末にこうして無事に決着したことは素直に喜ばしいことだ。これで後顧の憂いもなく陛下立ち合いの下、結婚式ができるというものである。
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