第341話 襲撃者

「ここが『閉じた世界』というのであれば、妾らも同じく結界を張ってやればよいわけじゃな」

「なるほど賢い」


 世界樹イグドラシル内を探索すること十数時間。昼も夜も無いこの不思議空間ではあるが、人間の俺達はそうもいかない。危険と隣り合わせであることは承知の上で、こうして野営を行うことになったわけである。

 そこで出てきたのが先ほどのマリーさんのセリフだ。何が起こるかわからない亜空間なら、自分達もまた亜空間内部を侵食して結界を生成してやればよいのだ。


「結界とは言っても、リリーのように本格的な亜空間を生成するわけではないぞ。妾に時空間魔法は使えんからの。呪術的に空間を区切る、といったほうが近いかもしれん」


 そう言いながら地面に魔法陣を描いていくマリーさん。そのへんに落ちていた木の枝を使って模様を描いていく様子は、なんだかまるで子供が遊んでいるように見えなくもない。


「……お主、何か失礼なことを考えてはおるまいな?」

「ぎくっ」

「くっ……わかっておるとも! 妾がこうしておったら幼子に見えるということくらいなぁ!」

「うわっ、危ねえ!」


 ぷんすこ憤慨したマリーさんが木の枝を物凄いスピードで放り投げてきたので、慌てて『意識加速アクセラレート』を発動して受け流す俺。逆位相の衝撃波を放って威力を相殺しつつ斜め後ろに受け流してやれば、木の枝は遠くのほうの地面に「グッサァァッ!」と突き刺さったのだった。受け流してこれって……どんだけ高威力なんだよ!


「危ないじゃないか、マリーさん」

「エーベルハルトならこのくらい、なんてことないじゃろ」

「いや、まあそれはそうなんだけどさ」


 これもまた、俺達なりのコミュニケーションだ。ちょっとばかし亜音速の物体や魔法が飛び交ったりするくらいで、微笑ましい師弟のやりとりである! 多分!



     *



 それからしばらく世界樹イグドラシル内を探索し続け、二日ほど経ったところでガラッと周囲の雰囲気が変わったのを俺達は感じていた。


「これは————」

「ついに到着したようじゃな。……最深部じゃ」


 これまでに通ってきた場所のように、白い枯れ木の林や魔力を吸い取ってくる濃霧、薄暗い太陽といった摩訶不思議要素はすっかり消え失せている。

 代わりにあるのは、だだっ広い神殿のような空間と謎のオブジェだ。何かの祭壇のようにも見える。


「あれが、世界樹に封印されている代物か?」

「わからぬ。……ここからでは何の力も感じられぬ」


 警戒を怠らないよう留意しつつ、オブジェへと近づいていく俺とマリーさん。数メートルの位置に近づいても何も起こらない。


「これは……古代文字か? にしては文字に見覚えがないな」

「どうやらエルフ族に伝わる古代エルフ文字のようじゃな。古代魔法文明の系譜に連なる言語じゃから、文法的にはそう離れてもおるまい。時間を掛ければ解読も不可能ではなかろう」


 そう言ってカメラのような魔道具を取り出して、記録を取り出すマリーさん。持ち帰って軍務省の研究機関に回すのだろうか。


「一部なら妾にも読めそうじゃ。……どれ、『禍い……魔……王族』? うーむ、ようわからんの。断片的な単語しか読み取れん」

「マリーさんでもダメなんだ」

「一応、一通りの魔法学と古代文字には触れておるとはいえ、妾は学問畑の人間ではないからの。その割にはたまに研究者もどきの仕事もさせられておるが……」


 研究者ではないのに研究者としても働けるという時点で既に異常な気がするが、まあだからこそ最強の魔法士の名をほしいままにしているとも言える。

 だがそのマリーさんですら解読は難しいときた。ここには何か大きな秘密が隠されているのかもしれない。


「……む? そうか。これは認識阻害の古代魔法じゃな」

「認識阻害?」

「うむ、そうじゃ。この碑文は、何か特殊な解読のための鍵がなければ原理上判読ができんようになっておるようじゃ。……認識阻害の魔法がかけられていることにすらここまで時間を掛けないと気付けんとは、このオブジェを作った古代人は恐ろしいまでの魔法の使い手だったのやもしれんの」


 当代一の魔法士をしてそう言わしめる、このオブジェの製作者である古代人。彼ないし彼女は、いったい何者だったのだろうか。

 そしてその人物がそうまでして封印したかったものとはいったい――――


「よけろエーベルハルト!!」

「ッ……!」


 恐ろしく密度の高い魔力の光線が、脇腹の数センチ横をすり抜けてゆく。

 すんでのところで俺を蹴飛ばして助けてくれたマリーさんのほうを見れば、彼女は反動で空中に身を投げ出していた。……マズい!


「エーベルハルト、気を付けよ」

「マリーさんッッ」

「敵は、強いぞ」


 空中で身動きの取れないマリーさん目掛けて、今のと同じ魔力光線が飛来してくる。今度は直撃コースだ。この体勢からあれを回避するのは不可能に近い。……すなわち、マリーさんの命が危ない!

 しかしマリーさんは残されたコンマゼロ数秒の時間で極小の『飛翼』を片方だけに展開し、僅かに体幹を逸らすことに成功する。


「――――ぁぐッ!」


 そのまま指向性のエネルギー波に腹部を貫かれるマリーさん。小さな身体が勢いよく吹っ飛んでゆく。


「ッッ!! マリーさん!」


 バッと攻撃の飛来してきた方向を振り返ると、そこには二つの人影があった。


 片方の気配には覚えがある。あれは……かつて特魔師団の任務で訪れたカサンドラの街。反乱分子の鎮圧に赴いた際に現地で感じた、禍々しく澱んだ魔力の気配と同じだ。

 そしてもう一つのほう。こちらは初めて感じる気配だが…………その恐ろしく巨大な気配はまるでぽっかりと空いた闇のように深く、底がまったく見えない。

 間違いない。

 こいつは強い。

 俺よりも、ジェットよりも、マリーさんよりも、だ。


「何者であるか。……否、何者であるかはどうでもよい。我らが聖地に土足で踏み入るとは――――万死に値する」


 気配も音沙汰もなく突如として現れた謎の二人組。魔人と思しき気配を濃厚に漂わせるこいつらを相手に、俺は負傷したマリーさんを庇いつつ戦わなくてはならないのか。


「聖地だと?」


 向こう側の発言に疑問を呈するフリをしつつ、『意識加速アクセラレート』と『纏衣』を同時並行で展開して戦闘準備を整える俺。

 チラリと一瞬だけマリーさんのほうを確認すれば、彼女は意識こそ失っているが、魔力の波形はそこまで乱れてはいなかった。……どうやら直前で身体をズラすことに成功したおかげか、致命傷ではなさそうだ。


「魔人が二人。うち一人は明らかに自分より強いぞ。……さて、どうする? エーベルハルト」


 自分にそう問い掛けて、解決策を模索する。果たしてどうやってこの窮地を切り抜けるべきか。






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